「厄介なことになったな……」
 バルトフェルドの言葉に、フラガは正直にこう口にする。
「あいつらが、そこまでするとは思っていなかった……と言ったら嘘になるが、オーブまで敵に回すようなことをしてまでキラを手に入れようとするとは……」
 今の地球軍にその余裕があるか、と考えれば、かなり難しいという結論しか出てこないのではないか。
 だが、と思う。
 奴らには正規の軍人以外の手駒があるのだ。それを使っている、というのであれば話は別だろう。
 そして、何よりも厄介なのは、その中に《コーディネイター》も存在している、と言うことなのだ。
「ナチュラルであれば警戒も出来るが……相手に同胞がいるのであれば難しいだろうね」
 本人の心が読めない限り、種族だけでは区別が付かない。もし、間近まで寄られてしまえば、今のキラでは逃げ出すことは当然のように不可能だろう。
「一番いいのは、彼女をここから出さないことか」
 少なくとも、レセップスの中では全員が顔見知りだ。見知らぬものが紛れ込んでいれば必ずわかると言っていい。
 そう。レセップス――妥協してアークエンジェルか――の中にキラがいれば、の話だ。
「キラ本人が自分からで歩く……とは考えられないがな」
 言外に、誰かに連れ出される可能性はある、とフラガは付け加えた。そうすれば、クルーゼが苦笑を浮かべる。
「それも後数日のことですよ。どうやら、地球駐留部隊は、パナマへ総攻撃をかけるつもりのようだからね。我々も参加しないわけにはいかないだろう。もっとも、イザークとハーネンフースはここに置いていくことになるが」
 最低でも、とクルーゼは付け加えた。
「それはありがたいね。あちらも残存部隊は多いとは言えないだろうが……あいつらに関しては最初からカウントされていないからね」
 だから、あれらが今どれだけいるのかわからないのだ、とバルトフェルドも頷いてみせる。
「もっとも、僕らも時期を見てバナディーヤへ戻ることになる。あそこであれば、ある程度は把握できているからね」
 だから、少なくともこの場にとどまっているよりはいいだろう、と彼は笑う。
「それに、子供達の精神衛生上にもそのようがいいと思うのだが?」
 違うか、と言われれば『否』とは言えないだろう。
 しかし、とフラガは心の中で付け加えた。
「また引き離されることになる、あの坊主が無謀な行動を取らないように注意を怠るなって事か」
 今は、まだ同じ場所にいる……と言うことはアスランを辛うじて押しとどめている。しかし、また引き離される――しかも、イザークはこの場に残る――と知れば、彼が無謀な行動を引き起こす可能性を否定できない、とフラガは考えていた。
「確かに、彼には前科があるからねぇ」
 バルトフェルドも前にあった事件を思い出したのか。フラガの言葉に同意をしてみせる。
「……それに関しては……私が責任を負わなければならないだろうね」
 小さなため息と共にクルーゼが呟く。
「もっとも、それが一番難しそうだが」
 この言葉から、彼もアスランに手を焼いているらしいことが推測できた。
「表面上、大人しくしているだけに、たがが外れたときが怖い。彼の父君と同じようにね」
「確かに。かといって、黙っているわけにもいかないだろう。難しいところだね」
 さじ加減が、と珍しくもバルトフェルドがクルーゼに好意的な言葉を口にする。つまり、そう認識させるだけの言動をアスランの父親も取っているのだろうか。
「……ザラ……パトリック・ザラ、か。あの坊主の父親、というのは」
 この言葉に、二人とも頷いてみせる。
「なるほどね」
 噂にすらならない情報しか耳にしていないが、それでも、彼が血のバレンタイン以降、かなり強引に戦争を進めていたらしいことはフラガも知っている。そして、キラが彼の母親がその日ユニウスセブンでなくなった、とも言っていた。そこから導き出される結論は一つしかないだろう。
「本当に、世の中って言うのはままならないもんだ」
 小さく呟いた言葉に、二人とも言葉を返してこなかった。

 少しは運動しなければいけない。
 ドクターからこう言われたキラはレセップスの中を散歩するのが日課になりつつあった。
 しかし、と思う。
「やっぱり……戦闘用に設計されたものなんだね、これは……」
 あちらこちらにある設備が、万が一艦内に敵が侵入してきたときに有効だ、と言うことはわかっている。だが、実際にそれを目の当たりにしたとき感じる感情とは別なのだ。
 同時に、アークエンジェルはどういう意図で設計されたのだろうか、とも思う。
 確かに、あの艦も戦闘のために設計されたものだ。しかし、少なくとも居住区ではこのような感情を抱いたことはない。
 あるいは、あれを設計したのがモルゲンレーテだからかもしれない。
 中立国であるオーブの企業が設計したからこそ、戦闘に直接関わる部分とそれ以外の部分で設計思想を変えていた可能性があるだろう。
「……でも、やっぱり迷子になりそうだったんだよね、アークエンジェルも」
 苦笑混じりに、キラはその場に腰を下ろす。
「ここ、何処かな?」
 そして、小さな声でこう呟く。
 認めたくはないが、キラはレセップス内で迷子になってしまったのだ。
 いつものルートが搬入のために使えなかったために別のルートを取ったのが間違いの元だったのだ、と言うことは、今ならわかる。だが、あの時はそれが最良の方法だ、と思っていたこともまた事実だ。
「……せめて、端末でもあれば……」
 後々怒られることになるだろうが、助けを呼ぶことも出来るだろう。
 しかし、キラが見回せる範囲内にそのような物はない。
 ついでに言えば探す気力も、今のキラにはなかった。
「どう、しよう……」
 誰かが探しに来てくれるまで待つしかないのだろうか。キラはそう考えると小さくため息をついた。
 そして、そのまま壁に背中を預ける。
 小さく伝わってくる震動は、動力室からのものだろうか。
 こんな事を考えたときだ。
「何をやっているんだ、お前は」
 頭の上からイザークの声が降ってくる。視線を向ければ、呆れたような薄水色の瞳が見えた。
「何って……疲れたので、ちょっと……」
 いつもよりも長く歩いちゃったから、とキラは苦笑を浮かべる。
「お前が迷子になっている、と赤毛が騒いでいたぞ」
 そんなキラに、イザークが何処か淡々とした口調でこう言ってきた。
「……予想されていたんだ……」
 フレイが相手なら仕方がないのか、とキラは呟く。
「って……まさか、ずっと付いてきたわけじゃないですよね?」
 ふっとこんなセリフを彼にぶつけてみた。そうすれば、口元に意味ありげな笑みを浮かべる。
「さぁな」
 気がつかなかったのはお前の方だぞ……イザークはその事実をあっさりと認めた。そして、そのままキラの体を抱き上げる。
「もっとも、楽しそうに歩いているお前を見ているのは楽しかったがな」
 さらに付け加えられた言葉に、キラはうっすらと目元を染めた。
「イザークさん!」
「戻るぞ」
 キラの抗議を封じ込めると、イザークは歩き出す。そんな彼の胸に、キラはこつん、と頭を預けた。


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大人組に比べて、何をのんびりとしているのか、キラは……と言いたくなりますが、それもキラだから良いことにしてください。
しかし、イザーク。いつからキラの痕をつけていたんだ、お前は。
まるで、よちよち歩きをし始めた子供を見守る親じゃないですか(苦笑)