小さなため息と共に、キラはキーボードを叩く手を止める。
「シホさん」
 それでもモニターから視線を離すことなく、側にいてくれる彼女の名を呼んだ。
「何でしょうか?」
 ほとんど気配を感じさせずに、彼女はキラの側まで歩み寄ってくる。そういえば、彼らもそうだったな、とキラは意味もなく考えてしまう。
 今は側にいてくれない、自分が大好きな人たち。
 彼らのことを思い出しかけて、キラは強引にそれを脳裏の隅へと押しやる。
「すみません、ここの部分なのですが……ジンが使う予定の兵器のデーターがないと設定が出来ないので……」
 こう口にはするものの、実際のデーターを送って貰うのは難しいだろうと言うこともキラにはわかっていた。
「そうですね。開発中のものもあると聞いておりますから」
 シホも同じ結論に達したらしい。微かに眉を寄せながら言葉を返してくる。
「実物を使ってシミュレーションを出来れば、その場で設定することも可能ですけど……あちらに行くことは難しいでしょうか」
 その方が手っ取り早い、とキラは思う。シホにしても、そうすればシミュレーションのためにいちいちあちらに移動して、取ったデーターを持ってまた戻ってくる――それも、キラの護衛もかねているせいで、彼女は半日ほどしか時間をかけていない――というかなり忙しい状況なのだ。
「いえ。申請をすれば、たぶん許可が出るとは思いますが……問題はキラさんのお体の方ではないかと」
 過度の疲労やストレスは厳禁。
 日常生活ですらそのためにかなり制限を受けているのだ。
「……そう、だよね……どうしようか……」
 イザークの言葉が本当であれば、ジンや、それを発展させたディンは、近々、必ず必要になるはず。その前に何とかと、キラは思っていたのだが、こんなところで障害が出てくるとは思わなかった……というのが本音だ。
「ドクターやラクス様にご相談をされてからでも、それについてはよろしいのではないですか?」
 そんなキラに、シホが穏やかな口調で提案をしてくる。
「それに、キラさんがご一緒してくださるのでしたら、あちらで一泊をするような日程をとってもかまわないでしょうし、その途中で他の都市をご案内することも出来ますよ」
 ラクスの家にこもってばかりいることが気にかかっているのだろうか。
 シホはさらにこんなセリフを付け加えた。
「そうだね……僕は、プラントのことを何も知らないから……」
 だから、いろいろと見てみたいという気持ちはある。そして、何よりも行きたいと思える場所が一カ所あるのだ。
 もし、許されるなら、そこに行きたい。
 それが、プラントに来る前からのキラの望みだった。
「良い場所ですよ? ごらんになれば、お好きになられるに決まっています」
 いろいろとご案内をして差し上げたいところもありますし、とシホは微笑む。その気持ちはとてもありがたいと思う。だが、気にかかることもあるのだ。
「あの……お願いですから、敬語はやめて頂けますか?」
 気にかかるので、とキラは付け加える。
「出来れば、お友達になって頂きたいですし」
 こう言って微笑んだ瞬間だ。シホが目元を微かに染める。
「私でよろしければ」
 だが、きっぱりと頷いてくれた。
「ありがとうございます」
 キラはそんな彼女に微笑みを向ける。
「いいえ。少しでもあなたに、プラントを好きになって欲しいですから」
 シホもまた、微笑みを返してくれた。

「まったく……」
 何とかしてくれ……とディアッカは呟く。
 もっとも、この雰囲気にもそろそろ慣れてきた。その事実にまた、驚きを隠せない、ということもまた事実ではある。というより、下地があったものがここしばらくでさらに加速しただけ……と言うだけだからなのかもしれない。
「理由は、わかるんだけどな」
 そして、それだからこそ厄介だとも言えるだろう。
「恋敵となんて、仲良くできる奴なんて皆無だろうしな」
 相手の気持ちがどちらにあるのか、わかっていてもだ。いや、それすらも認められないからこその現状なのか。
「まぁ、俺としてはどちらに肩入れするか、決まり切っているがな」
 そして、キラのためにはどちらがいいのかも分かり切っていた。
 アスランが悪いわけではない。だが、彼の愛し方ではキラを壊してしまう。それが、ディアッカをはじめとした者たちの共通した認識だった。
 彼が望んでいるのは、三年前のキラ。
 自分以外の何にも視線を向けなかった彼女だった。
 しかし、とディアッカは思う。今のキラだからこそ、周囲の者たちは彼女に惹かれ、そしてそれが自分たちを良い方向へと導いてくれるのではないか。ディアッカにはそう思えてならない。
 それがわからないアスランは、おそらくキラへの思いだけで視界をふさがれているのだろう。
 だからといって、どうしてやる気にもならないのは、彼に対する思い入れが薄いからだろうか。
「ディアッカ」
 つらつらとあれこれ考えていたときだ。席を外していたニコルが戻ってくる。そして、声をかけてきた。
「どうかしたのか?」
 出来るだけあの二人の注意を惹きたくないのに。そう思いながら、ディアッカが彼に言葉を返した。
「ちょっと、付き合って頂けますか?」
 それはニコルも同じだったのだろうか。ディアッカに廊下に出て欲しいと告げてくる。
「ったく、なんだよ」
 こう言いながらも、この場を離れられる口実が出来たことに安心している自分がいることをディアッカは自覚していた。だが、あくまでも渋々といった様子でイスから立ち上がる。そうすれば、ニコルが彼を案内するように歩き出した。
「で?」
 ドアを閉めたところで、こう問いかける。
「キラさんのことで、父から連絡があったのですが……」
 イザークに相談が出来そうにないので……とニコルは苦笑を浮かべた。
「そりゃ、な……あいつらの前で話なんて出来ないよな?」
 そんなことをすれば、アスランがどんな行動に出るかわからない。簡単に想像が出来るだけに苦笑を浮かべるしかないだろう。
「で? 俺にわかることならかまわないが」
 そういえば、キラは今、本国でMSのOSの改良を任されているとか。そして、ニコルの父はその責任者だ。だから、ニコルに来た連絡というのは、それに関したことなのだろうと判断して聞き返す。
「そう、たいしたことではないのですが……」
 苦笑と共にニコルは口を開く。
「……キラさんが、近々、開発局に足を運ばれることになったのだそうです。で、父が案内役を買って出たそうですが、それを聞きつけた母がぜひ自宅に招きたいと言い出したそうなんです」
 で、一応、注意事項とかお好きなものとかをお聞きしておこうかと思ったのですが……と彼は苦笑を浮かべながら口にした。
「あぁ、そう言うことか。なら、俺でもわかるな」
 イザークやフレイほどではないが、それなりに見守っていたのだから、とディアッカは頷いてみせる。
「ラクス嬢に聞く方が早いんだろうが……忙しいんだろうな、歌姫も」
「そのようです。すみません。今、丁度通信が繋がっていますので」
 付き合ってください、という彼に、頷き返す。
 それでも、キラの味方は本国に多い方が良い。そして、それが最高評議会議員であればなおいいだろう。ディアッカはそう判断をすると、ニコルと共に歩き出した。


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苦労しているのね、ディアッカ……と言うところでしょうか。誰も彼も、彼らに直接言えない分、ディアッカ達に頼んでいるのでしょう。