さすがに、これだけのMSがあるからか。 それとも、敵に何か厄介事でも起きたのか。 あれ以来、地球軍の攻撃はない。 それを喜ぶべきなのだろうか。それとも、その裏で何かが進んでいるのか。判断に悩む、とイザークは思う。 「それよりも、優先しなければならないのはあれか」 ゆっくりとキャットウォークを歩いてくる姿。 今、一番警戒しなければならない存在。 それは間違いなく目の前の相手――アスラン・ザラだ。 なまじ、同じ艦内にいるからこそ余計に厄介だ、とイザークは思う。 その存在が、自分たち――キラを地球軍の猛攻から救ったのだとしても、それとこれとは違うだろう。実際、あの日、予期せぬ状況で再会してからと言うもの、キラの体調は一進一退を続けているらしい。それが、精神的なものから来るものだ、と言うことはイザークにもわかっていた。 そして、その原因は、自分がキラを追いつめているとは考えてもいないらしいのだ。相手のに、忌々しさを隠せない。 イザークがそう心の中で呟くと同時に、小さくため息をついたときだ。フリーダムのコクピットからエラー音が響いてくる。 「キラ?」 彼女がそれを響かせるなんて珍しい。というよりもあり得ないと言うべきか。その事実に、イザークは慌てて視線を向ける。 「すみません……ちょっと手が滑ってしまって……」 シートに体を沈めたキラが小さな声で謝罪の言葉を口にした。 「別に怒っているわけではない」 気になっただけだ、と付け加えながら、イザークはコクピット内に体を滑り込ませる。そして、そっとキラの額に手を当てた。 「それよりも、熱がある。ドクターの所へ行くぞ」 無理をしたのか。それとも……と思いながら、イザークはキラの体をシートから抱き上げる。その瞬間、腕にかかった重みは以前よりも微かとはいえ軽く感じられた。その事実に、イザークは気に入らないと眉を寄せる。 「イザークさん」 僕は……とキラは口を開きかけた。 「俺に……女性陣だけではなく隊長達からお小言を言われろ、と?」 キラの体調管理は自分たちの役目なのに……とイザークはわざとため息をつく。 「女性陣やバルトフェルド隊長はまだいい。一度噴火すれば収まってくれるからな。だが、クルーゼ隊長は以外と根に持つ方なんだよ」 忘れた頃にちくちくとイヤミを言われると付け加えながら、イザークは歩き出した。 「そうは、見えませんでしたが……」 クルーゼは、とキラは呟く。少なくとも、自分に対しては礼儀正しい態度を見せていた、とも。もっとも、それだけではないようだが、と付け加えるキラの洞察力はたいしたものだ、とイザークは心の中で舌を巻いた。 「お前にはそうかもしれないな」 本気で、クルーゼはキラを気に入っているらしい。いや、気にかけている、と言うべきか。だからこそ、彼女の負担になるようなことは出来るだけ遠ざけようとしている節が見える。 ただ一つの事柄を除いて、だが。 「キラ? どうしたんだ?」 二人の様子を見て、アスランが足早に歩み寄ってきた。その瞳は、イザークを真っ直ぐに睨み付けている。 「熱がある。ドクターの所へ連れて行くだけだ」 些細な体調の変化でも診察を受けさせなければならない、とイザークはアスランを睨む。だから、その場をどけ、と。 「なら、俺が連れて行く。その間に確認したいことを確認できるだろうし」 そう言いながら、アスランは二人に向かって手を差し伸べてきた。 彼の表情からは、必ずキラが自分の腕に抱かれてくれるだろう、と言う確認が見て取れる。 だが、キラは逆にイザークにきつく抱きついた。 「キラ?」 どうして、とアスランは眉を寄せる。その翡翠の瞳が怒りに輝きはじめた。 「アスランは、ラクスの婚約者でしょう? だから、変な噂を立てるわけにはいかないし……」 イザークの方が安心できるから、とキラが口の中だけで呟いた言葉は、イザークの耳にだけ届く。 「ラクスのことは気にしなくていい、と前に言っただろう?」 だから、とアスランはなおも諦めようとはしない。だが、その間にもキラの体温はほんのわずかとは言え上昇している。 どうして、それがわからないのか、とイザークは心の中で呟く。 「アスラン、どけ!」 同時に、こう叫んでいた。 「お前は手遅れにさせたいのか?」 キラの体は、硝子のようにもろい。きちんと手入れをされていればこそ輝く硝子も、衝撃には弱いのだ。そして、キラも少しでも処置が遅れればその命を失いかねない。 その事実はアスランも知っているはずなのに、どうしてこの男は目の前のことしか考えられないのか、と怒りをかきたてられる。 同時に、どうして自分は、こんな男にいらぬ敵愾心を抱いていたのだろう、とも思う。 周囲でどうこうしようとも、この男は自分が興味があるもの以外に意識を向けることはないと言うのに。 「だったら、お前がキラを渡せば良いだけだろう!」 アスランはなおも諦めきれない、と言うようにこう言い返す。 「俺が連れて行く」 「キラが望んでいないのにか? そうやって、キラを追いつめるな、とドクターからも言われているはずだろう、貴様は」 それでも人の話を聞こうとしない相手に、イザークは説得を諦める。それよりも、キラをドクターの所へ連れて行く方が先決だ。 アスランのことは、その後から考えてもいいだろう。 こう判断をすると、イザークは強引にアスランの脇をすり抜けようとする。もっとも、それをアスランが許すはずもない。キラの体をイザークから取り上げようと手を伸ばしてきた。 「そこまでだ」 だが、その手を途中でつかみ取ったものがいる。 「ムウさん」 彼の姿に、キラがほっとしたような呟きを漏らした。それに、彼は微かに笑みを返す。だが、それは直ぐにかき消された。 「キラを連れてけ」 これに関しては、自分の方で処理をしておくから、とフラガは口にする。そんな彼に頭を下げると、イザークは足早に歩き始めた。 「キラ!」 そんな彼らの背に向かって、未練がましいとも言えるアスランの呼びかけが届く。 「……どうして……」 キラがイザークの肩に頭を預けながら、小さく呟いた。 「どうした、キラ?」 次の言葉を耳にしなくても想像が出来る。だが、それでもイザークはこう問いかけた。 「どうして、アスランはあんな変わってしまったのかな? 僕の、せいだよね、きっと」 だとするなら再会なんてしたくなかった……とキラは呟く。 「お前のせいではない。あいつが、成長しようとしていなかった。ただ、それだけだ」 気にするな、と囁いてやりながら、イザークは今までとは違った意味でアスランに対する怒りを感じていた。 アスランvsイザークです。まだ前哨戦かな? しかし、良いタイミングで現れるフラガさん。彼もアスランの標的になるんだろうなぁ……怖いぞ、アスランの逆襲が。 |