「アスラン・ザラ……君は、私の命令をなんだと思っているのかな?」
 珍しくもクルーゼの口調に怒りが感じられる。
 その事実にディアッカは内心驚いていた。どうして彼が、ここまで……と思うのだ。それは、アスランがクルーゼの命令を無視した、というだけではないように感じられる。
「申し訳ありません。ですが……」
 至急確認したいことがいくつかあったのだ、とアスランは言い返す。
「……で、キラの体調を悪化させたかった、と」
 忌々しさを隠せない、という口調でイザークが呟く。それがアスランの耳に届いたのは間違いがない。
「何が言いたい、イザーク」
 即座にこう言い返してくる。その口調に刺以上の毒が含まれている、という事実に、ディアッカはこの場から逃げ出したくなってしまった。だが、万が一の時にイザークを止めなければならない、と考えればそれもできない。
「確かにお前らは幼なじみかもしれん。だが、今のキラは女性だぞ? だからこそ、ハーネンフースがキラの護衛についているんだろうが!」
 もし、中でキラが着替えをしていたらどうするつもりだったんだ、とイザークは呆れたように言い返す。
「ですね。女性の部屋に許可を求めずに踏み込むなんて、最低ですよね」
 その上、珍しくもニコルまでこちらの味方をしてくる。その事実に、アスランの瞳に厄介な光が浮かびはじめた。
 これはまずい、とディアッカだけではなくフラガも感じたらしい。何やら視線でバルトフェルドに合図を送っている。
「至急確認したいこと、がジャスティスのOSに関することであれば、明日からキラ嬢の隊長を確認しつつ、作業に取りかかって貰う手はずになっていた。ただし、その場にはイザークかムウに立ち会って貰うことになるがな」
 もちろん、シホは確実にその場にいることになる、とクルーゼは告げる。それがアスランに対する妥協だ、と言うことは他の者たちにもわかっていた。
「何故、彼らが立ち会うのでしょうか」
 それでも、アスランには納得できない内容であったらしい。こう聞き返してくる。
「キラ嬢の体調が作業中に悪くなった場合、ストップをかけるためだ。ハーネンフース嬢では彼女を運べまい。それと、我々とこの艦の整備陣との仲介だ。ムウはこの艦の中核であり、我々に対する偏見を持っていない。イザークに関しては、言わずもがなだ」
 本来であれば彼よりも自分の方が適任だ、とディアッカは考えていた。だが、いろいろなことを考えれば納得するしかないのであろう。
「……もっとも、それで納得できない、というのであれば、君はモラシム隊の方に移動したまえ。君がいなくてもOSの整備は可能だからな」
 予想以上に厳しいクルーゼの言葉に、アスランもぎょっとしたような表情を作る。だが、そう命じた本人はまったく気にする様子を見せない。
「どうするかは、君次第だ。アスラン・ザラ」
 今までとは違った厳しさを見せる彼に、ひょっとして何かあったのではないか、とディアッカは思う。だが、それをこの場で問いかけるのは得策ではない、と言うこともわかっていた。
 アスランが何かを逡巡しているのがわかる。その脳裏では、どうする事が一番いいのか、と計算をしているのだろう。そう言うところは、あるいは父親似なのかもしれない、と意味もなくディアッカは考えてしまった。
「……わかりました……」
 渋々といった様子でアスランがこう口にする。それは、この場を離れるよりも同じ艦にいたほうがまし、という判断からのものからだろう。
 それは、ディアッカでなくてもわかってしまう。
「こりゃ……俺も出来るだけMSデッキにいたほうがいいな……」
 アスランが何かをするかわからない以上、とディアッカは呟く。
「そうですね。僕も、出来るだけおつき合いします」
 今回の一件で、ニコルも何かを感じたのだろう。こう頷いている。
「頼むな」
 彼が味方に付いてくれれば、これ以上心強いことはない。そう思うディアッカだった。

「……さて、故意に隠していることを話してもらおうか」
 二人きりになった瞬間、フラガはクルーゼを睨み付ける。
「何のことだ?」
 そんな彼に苦笑を浮かべるとクルーゼが言い返してきた。言外に、思い当たる物はないと彼は付け加えている。だが、それが本当ではない、とフラガにはわかっていた。
「しらばっくれるな。お前が何かを誤魔化しているって言うのはわかっているんだ!」
 仮面で表情を隠していてもな、とフラガは付け加える。
 次の瞬間、クルーゼは深いため息をつく。
「……本当に……気づかなければ、私の胸の中にだけ収めておけたものを」
 これもまた、血がなせる業なのか、とクルーゼが深いため息をつく。その彼の様子は、年よりも老けているようにも思える。
「キラ、のことかだな?」
 どうしたわけか、彼はあの子供を気にかけているらしい。それも、いい意味でだ。
「あいつに知られたくないことなのか?」
「それとも、本国の者たちに、かな?」
 こう言いながら、バルトフェルドが姿を現す。その表情から推測するに、どうやら彼もクルーゼが何かを隠している、と気が付いていたらしい。
「あの子が、十分受胎可能な存在だ、と言うことは確かに聞かせて貰った。そして、ザフトの者たちの中でラクス嬢に勝るとも劣らない人気を得ていることもだ。だが、それだけでは《ラウ・ル・クルーゼ》がそこまで心を砕く理由にはならないだろうね」
 あまりにもらしくない、と付け加えられて、クルーゼは苦笑を浮かべた。
「貴方にだけは言われたくありませんでしたがね」
 そう言って、相手を怒らせようとしているのか。クルーゼの口調には嘲笑が含まれている。だが、相手もそれには乗らない。
「可愛い娘のためだ。そんな手には乗らないよ」
 それで、万が一彼女を失うようなことになれば、もう一人の娘と恋人に殺されかねないと、彼は冷静に言い返す。
「キラが知らない方がいい、と言うのであれば、他の誰にも漏らさないさ」
 それとも、そこまで信用がないのか、とフラガは相手を睨み付ける。
「本当に……困ったものだ」
 次の瞬間、クルーゼは盛大にため息をつく。
「私だけが知っていればいいことだ、と思っていたのだがね」
 この命がつきるその瞬間まで……と告げる彼の口調に、何か深いものが含まれているような気がするのは、錯覚だろうか。
「……あの子供の出生の秘密、というデリケートなものなのでね。知っている人間は少ないに越したことはない、と思ったのだが……」
 確かに、二人は巻き込むべきだろう、と彼は判断したらしい。しっかりと視線を彼らに向けてきた。
「キラ・ヤマトは……彼女が《両親》と呼んでいる方々の実子ではないのだよ。正確には母君の姉――つまり、彼女の伯母夫婦の子だ。そして、その出生の特殊さ故に、誕生時から、ブルーコスモスの抹殺リストに載せられている」
 一度は、その存在を隠すことが出来た。だが、今でも生きているとわかれば、間違いなく暗殺の対象になるのではないか。クルーゼはこう口にする。
「それって……ユーレン・ヒビキに関係していると判断していいのか?」
 今はいない父。そして、目の前の存在が関わっていた科学者の名前をフラガは口にした。
「……そう言うことだ」
 一瞬のためらいの後にクルーゼは同意を見せる。その表情から、全てを話しているわけではない、と推測した。だが、それは知らなくても良いことだろう。
「……その出生の特殊さ……が、本国の連中にも厄介な好奇心を抱かせかねない、と言うことか」
 なら、自分が知らない方が良い事なのだろう、とバルトフェルドも納得をする。
「ともかく、俺達はあいつを守りたいだけだからな」
 クルーゼが隠している秘密が知られた瞬間、新たな危機が彼女の上に降りかかって来るというのであれば、それからも守ってやるだけだ。フラガはさらなる決意を固めた。


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クルーゼさんが何を知っているのか。これに関しては本編通りですが……この三人の関係が(^_^;
フラガさんはフラガさんで何かを覚えているようだし。この伏線、うまく生かせると嬉しいんですけどね。
しかし、予定よりも本当に延びています。何時終わるんでしょう、これ(T_T)