「お茶にする? それとも、少しでもいいから眠る?」 キラを座らせて、アイシャはこう問いかける。 「おやつがありますよ?」 厨房の人々が渡してくれた、とシホも微笑む。そういう彼女の方が疲れているのではないか、とキラは思う。先ほどまで、戦闘を行っていたのだから、と。 「シホさんは?」 こう聞き返せば、 「キラさんにご相伴させて頂きますわ」 つままれるのでしたら、と彼女はさらに笑みを深めた。 「二人は食べた方が良いわね。私は……今は遠慮しておかないと、体重が心配だし」 さらにアイシャも笑い声を立てる。そんな何処かほっとできる優しい空気に、キラが笑みを深めたときだ。 ロックをかけていたはずのドアが不意に開く。 反射的にシホがキラの体を自分の背後に隠し、アイシャがナイフを取り出す。ここでそこまで、とは思うが、二人にしてみれば当然の仕草なのだろう。 「キラ!」 だが、それすらも気にならない、と言うように声をかけてきたのは……ある意味、予想通りの相手だった。 「何をしに来たのかしら、アスラン・ザラ!」 許可は出ていないはずだ、とアイシャはアスランを睨み付ける。 「貴方には関係のないことだ、と思いますが?」 違いますか、と告げるアスランの声は慇懃無礼、などというものではない。普通の人間であれば、それだけで『従わなければいけないのでは』と思わせるものだ。だが、アイシャはまったく気にする様子を見せない。 「大いに関係あるわよ? この子はアンディの養女だし……それがなくても、私が保護すると決めたのだもの」 だから、勝手にはさせない、とアスランを睨み付ける。 「……キラさん……」 その時だ。シホが体勢を変えないまま、そっと呼びかけてくる。 「はい……」 何かあったのだろうか。それとも……と悩みながら、キラは言葉を返す。 「本当にあれは……アスラン・ザラなのでしょうか……」 自分が知っている彼とはまったく違う……と彼女は囁いてくる。 「……そう、のはずだよ」 キラにしても、自分が知っている《アスラン・ザラ》とはまったく異なった言動を見せる彼がそうだ、とは信じられないこともある。しかし、間違いなく目の前の《男》はアスラン・ザラ、なのだ。 「そうですか。ラクス様やアイシャさん達の言葉を聞いて『まさか』とは思っていたのですが……本当だったのですね」 そう言いながら、シホはさりげなく胸元に手をやる。 「ともかく、彼に関しては警戒をしなければならない相手、と認識させて頂きます」 尊敬すべき相手ではあるが……と囁く彼女の言葉にキラは視線を伏せた。 「……僕と彼の感情が、一致していれば良かったんだろうけどね」 そうすれば、こんな騒ぎにはならなかったのではないか。 しかし、ともキラは思う。 どうしても、アスランには《親友》以外の感情を抱けない。恋愛の対象として見ることが出来ないのだ。それは、あまりにも幼い頃から一緒にいたからなのだろうか。それとも、別の理由からなのか。それすらもキラにはわからなかった。 「自分を偽っても、良い結果は出ませんよ?」 もっと正直に行動してもいいのに、と付け加えながら、シホは首にかけていたそれをそうと引き出す。そして、そのスイッチを押した。 「シホさん?」 なんですか……とキラは思わず問いかけてしまう。しかし、シホの返事を待たなくても答えは直ぐにわかってしまった。 「……緊急警報?」 戦闘警報ではない。だが、非常事態を伝えるそれに、キラは反射的にシホの軍服の裾を握りしめてしまう。 「大丈夫です。キラさんが危険だ、と伝えるためのものですから」 近くにいる者たちが直ぐに駆けつけてくれるだろう、とシホは微笑む。その程度の時間であれば、アスランがどれだけの実力の持ち主だとしても何とか持ちこたえられるだろうと彼女は付け加える。 「マードックさんからお借りしたのですが……本当に使うはめになるとは思いませんでした」 使わないですめばよかったのに、と告げる彼女にキラも同意を示した。 アスランがこんな無謀な行動さえ取らなければ……と思うのだ。 しかし、深紅の機体を目にしたその瞬間から、それは難しいと思っていた自分がいたことにキラは気づいていた。 あの日々のことが夢でなければ――そして、本国に戻ってからの彼の行動も思い出せば――アスランはどんな無謀な行動を取ったとしても、自分に会いに来るだろう、と思っていたのだ。 それでも、離れていた日々の間に彼が冷静さを取り戻していてはくれないだろうか、と考えてたことも事実だった。 出来るなら、昔のような関係に戻りたいと願っていることも事実。 それが、どんなに淡い希望か、とわかっていても、思うだけは自由だと思っているのだ。 「……何故、邪魔をするんだろうな……俺は、キラと話をしたいだけなのに」 この警報がシホの行動によるものだ、とわかったのだろう。忌々しさを隠さずにアスランはこう告げる。 「バルトフェルド隊長とクルーゼ隊長から、許可が出るまで貴方とキラさんに会わせないように、と命じられています。そして、私の任務はキラさんの護衛ですから」 キラにとってマイナスになると判断すれば、それを排除するのも自分の役目だ、と彼女は言い切った。 「その理由がわからないな。どうして、俺がキラにとってマイナスだ……と言うんだか」 昔から一緒にいたのに、とアスランはため息をついてみせる。 「だからでしょ。アナタが見ているのは、昔のキラちゃん。今のキラちゃんではないからよ」 何度も同じ事を口にしたわ、とアイシャはアスランを睨み付けた。 「それがどれだけキラちゃんに辛い思いをさせているか、考えたことがないのでしょう、アナタは」 ちがう? というアイシャの声も、おそらくアスランの耳には届いていないだろう。いや、届いていたとしても、その意味を理解しようとしていない、と言うべきか。 「どうして、ナチュラルである貴方に、そんなセリフを言われなければならないのでしょうね」 明らかに侮蔑を含んでいる、とわかる口調でアスランはこう告げる。その事実に、キラが瞳を悲しみで潤ませたときだ。 「アスラン!」 言葉と共に、イザークが室内に駆け込んでくる。 いや、彼だけではない。 ディアッカやニコル、それにアークエンジェルのクルー達もその後に続いていた。 「……貴様は……居住区には足を踏み入れるな、と隊長に命じられていたのではないか?」 言葉と共に、イザークがアスランの襟首を掴む。 「それがどうした! お前達が俺の邪魔をするからだろうが。キラが、直ぐ側にいる、というのに、黙っていろ、と?」 それこそ無理だ、とアスランは言い返す。 「第一、どうしてお前だけがキラに会えるんだ!」 それが気に入らない、と付け加えつつアスランがイザークの手を振り払う。そして、そのまま反撃に出ようとしたときだ。 「そこまでにしておくのだな、アスラン・ザラ」 クルーゼの声が周囲に響く。 「ここまで事態を大きくした責任を、君はどう取るつもりなのかね?」 そして、バルトフェルドの声もその後に続いた。 「ともかく、この部屋からでたまえ。レディの元に訪問するには、きちんと手順を踏むのが礼儀というものだ」 相変わらずのセリフではありながら、何処か冷たいものが感じられる。それはバルトフェルドが怒っているからだろうか。 「……仕方がありません……でも、俺は諦めないからね、キラ」 周囲の冷たいまなざしにもかかわらず、アスランはキラに微笑みを向ける。そして、そのまま悠然とした足取りで部屋を出て行く。 その姿を見送ったキラの頬を涙がこぼれ落ちる。 「アスラン、どうして……」 この呟きに答えが戻ってくることはない。その代わり、と言うように側に歩み寄ってきていたイザークがキラの体を抱きしめる。 「あのバカは……時間を止めてしまっただけだ。お前が側に戻ってきた、という一点でな。それを、動かすための方法を、考えなければならないのだろうが……」 そう言ってくれるイザークの口調は優しい。 「……イザークさん……」 優しいからこそ、キラの涙は止まる気配を見せなかった。 アスラン暴走。でも、まだ大人しいですね(^_^; イザーク皇子を書きつつ、久々に録画して貰っていた虚空の戦場を見ていたのですが……完全に別人じゃん、イザーク。ダメだ、ここで「痛い、痛い」を思い出しては。イザークはあくまでも皇子で、アスラン魔王か(苦笑)他の面々は……なんでしょうねぇ(^_^; |