不満そうな視線が、左右から向けられている。その事実に、クルーゼは思わず苦笑を浮かべてしまった。 「そう、邪険にしないでいただけませんかな? 別段、ケンカをしに来たわけではありませんよ?」 それどころか、協力をするために来たのだ、と付け加える。だが、それを相手が直ぐに納得してくれるか、というとまた別問題であろう、と言うことももちろんわかっている。 「……まぁ、助けて貰ったのは事実だがな……」 警戒心を丸出しにしたまま口を開いたのは、フラガだった。 「だが、うちのキラにとっては、お前ら――正確に言えばその中の一人か――の存在は逆効果だ、と思うが?」 一瞬だけ声を潜めてこう告げたのは、きっと彼女に《彼》の存在を思い出させないためか。それとも別の理由からなのか。そこまではクルーゼにもわからない。それに関する事柄は、全て情報が操作されているのだ。 「そうは言うがな、ムウ。あの時、直ぐに呼び出せたのは自分の部下だけだったのでな」 でなければ間に合わなかった、と言い返せば、彼は苦虫をかみつぶしたような表情になる。 「それに……元々イザークとディアッカは私の部下だぞ? 部下の身を案じるのも隊長としての勤めだ」 違うのか、と問いかければフラガは盛大にため息をついて見せた。それでも、否定をしようとはしない。それは、彼もやはり人の上に立つ存在だったからだろうか。 「……お前からそんなセリフを聞けるとはな……」 それでもこう言い返してくる男に、クルーゼは微苦笑を返す。それにフラガだけではなくバルトフェルドまで気に入らないと言う表情を作った。 その瞬間、周囲の空気に不穏なものが含まれる。それに気づいた者たちが逃げ腰になっているのがクルーゼにもわかった。 「……お知り合い、なんですか?」 柔らかな声がその雰囲気を一掃してしまう。 それは、彼女が生来から持っている資質のせいだろうか。それとも、後天的に作られたものなのか。どちらにしても、これが彼女の長所であることはクルーゼとしても否定はしない。 「幸か不幸かな……血のつながりって言うのがあるらしいからな、それとは」 認めたくはないが、とフラガがキラに説明をしている。 「仕方があるまい。誰も、自分で望んで生まれるわけではないからな。子をこの世に存在させる、という選択をするのは親だ」 だから、キラが気にすることはない……とクルーゼは微笑む。それにキラも微笑み返してきた。 「キラ君……いい子だから、アイシャ達と一緒に部屋にいって休んでいなさい」 そのキラを自分の背中に隠しながらバルトフェルドがこう告げる。 「アンディさん」 「ずいぶんと嫌われたものですな。別段、彼女には何もしませんよ? そして、この艦の元々のクルーの方々にもね」 そのままキラの体をシホに渡すアンディに、わざとらしいため息と共にクルーゼがこう声をかけた。 「……この子の前で言えないこともあるのでは?」 これからの話し合いには、と即座に言葉が返ってくる。どうやら、彼は自分の言葉の裏に潜んでいるものに気づいたようだ、とクルーゼは心の中で呟く。もっとも、そうでなければ困る、とも付け加えた。 「確かにな。キラが知らない方が良いこともあるか……」 フラガもそれに気づいたのだろう。小さく頷いている。 「今まで通り、必要なことは教えてやるから……今は素直に戻れ。な?」 そして、キラの肩を叩きながらこう告げた。 「顔色も良くないし……フレイが乗り込んできたときに、俺達が怒鳴られないように頼む」 この言葉に、思わず苦笑を浮かべたくなる。だが、それでキラが納得したという表情を作っているのを見れば、適切な判断なのか、と思う。自分よりも彼らの方が《キラ》個人の性格をよく知っているのだから、と。 「わかりました」 言葉と共にキラは彼らから離れていく。そうすれば、即座にアイシャが彼女の側へ歩み寄ってきた。そして、そうっと肩に手を置いている。 「いい子だな、キラは。あぁ、すまんな、デイビス。折角の再会だろうに」 にやり、と笑いながらフラガがこう付け加えたのは、二人に対する謝罪なのか。それとも、ただの嫌がらせか。 「あら。かまわないわよ? どうせ、時間はあるんだし……必要なことを終わらせてからでも十分だわ」 だから、あまり時間を取らないでね……とアイシャは笑う。そして、そのままキラとシホを連れてブリッジを後にした。 三人の姿が見えなくなったところでフラガとバルトフェルドが雰囲気を豹変させる。 「さて……」 「知っていることを洗いざらい聞かせて貰おうか」 この言葉に、クルーゼは意味ありげな笑みを浮かべた。 「本当に君たちは……詰めが甘いですね」 わざとらしいため息に、クロトは内心むっとする。だが、それを口に出さないだけの分別は辛うじてあった。 「まぁ、君たち三人だけであれらと戦うのは難しいでしょうし……他の者たちが使えなさすぎ、と言うことも否定はしませんから、妥協しましょうね」 だから、お仕置きは勘弁してあげましょう、という言葉に三人は無意識のうちに胸をなで下ろしていた。 つまり、今回はあの苦しみを味あわなくていい、と言うことなのだろう。 「それにしても……おもしろいものを持ち帰ってくれたものです」 オルガのお手柄ですね、と彼は口元に笑みを刻む。それが珍しくも本心からのものらしい、とクロトでなくても気がつくであろう。もっとも、それを見ての感想は人それぞれであろうが。 「データーでは、あれは《男》だったはずですが……」 あるいは、自分たちの目を誤魔化すためたのだろうか。それとも別の理由からか。 写真に映し出されている《キラ・ヤマト》は女性の格好をしているように思える。あるいは、ただサイズが合わない服を身にまとっているだけかもしれないが。 「女だ、というのであれば、都合が良いかもしれませんね」 小さな笑いを漏らしながらアズラエルは側にいた科学者へと視線を移す。 「……ごくまれな事例ですが……第一世代の遺伝子は不安定ですので、何かの要因により性別が変化をするという報告があります」 あるいは、地球に降りてきたときに……と、彼は付け加えた。 「なるほど……作り物にはそういうバグがあると」 微かな嫌悪が彼の表情に浮かぶ。だが、直ぐにそれはかき消される。 「と言うことで、君たち、どうします? まだ、これ欲しいですか?」 それともいりませんか? アズラエルがこう問いかけてきた。 「俺は……欲しいな」 「俺も」 「いらなくなんかねぇよ」 彼の言葉の意図はわからない。だが、性別にかかわらず、自分たちがさらに強くなるために役立つなら、欲しいと思う。いや、それがなくても興味を抱いてしまった、という事実を否定する気にはならない。 「なるほどね。なら、さらに本腰を入れますか」 あれの捕縛に……とアズラエルは笑う。 「僕も、別の意味で興味をひかれますし……」 別の意味でも役立ちそうですからね。そういう彼に科学者達も含み笑いを漏らした。 「何時までもあれに籠もっているわけにはいかないでしょうし……どこかに追いつめますか」 相手の気がゆるんだところで近づく方が良いかもしれない。そう呟く彼の口元にさらに楽しげな笑みが浮かぶ。 もっとも、彼が何を考えていてもクロトには関係ない。 「早く、こっちに来ればいいのにな、これ」 大切なのはそれだけだ、と彼は心の中で付け加えた。 と言うわけで、大人組の確執はさらりと……でも、厄介なのは間違いはない。本当に意味ありげなセリフしか言わないよ、クルーゼは。 そして、こちらにもキラの存在がばれたか。何を考えていやがる、アズラエル……と言っても、一つしかないかと……しかし、予定ではここまでを35回で書いているはずでした。何時終わるんだ、これ(^_^; |