「どうやら……今回は命を拾ったかな……」 退却していく地球軍の機体を見送りながら、フラガは呟く。 今、追撃をすれば、あるいは……と思わないわけではない。 だが、今の自分たちにその余力が残っていない、と言うこともまた事実だ。そして、ここで無理をすれば、それがマイナスに作用する、と言うこともフラガは今までの経験から知っている。 『ムウさん……帰投してください』 その時だ。 フラガの耳に、キラの声が届く。 「キラ? 何で、お前が……」 そう思ったのは彼だけではなかったらしい。回線をオーブンにしているせいで、あちらこちらからキラに対する質問と叱咤の声が飛んでいる。 『黙ってみているだけなんて、いやだったから』 キラの口からは、想像していたとおりの言葉が返ってきた。それは本当にキラらしいのだが、状況が状況だけに素直に頷いてやれない。 「くわしいことは戻ってから聞かせて貰うからな」 実際に顔を見ながらお小言を言う方が良い。その方がキラの精神状態にはいいのではないか。そして、自分たちにとっても……と、フラガはそう判断をしてこういった。 『そうだな……そうさせて貰おう』 どうやら同じ結論に達したらしい。イザークもフラガに同意を示している。そして、バルトフェルドも同様のようだ。 「問題は……あちらさんか……」 バルトフェルド以外の者はモラシム隊の方へ収容されるらしい。 だが、クルーゼ達はどうするつもりなのか。 「あいつ……がどう出るか、だな、問題は」 クルーゼに関してはバルトフェルドが何とかしてくれるだろう。そして、ブリッツのパイロットに関しては、心配いらない、とディアッカも口にしていた。 残る一人が、キラの幼なじみで並々ならぬ執着を抱いている相手らしい。しかも、彼女をこんな目に遭わせた自分たちを恨んでいる、とも聞いている。 しかし、パイロットとしての実力が確かである以上、この場に来るな、とも言えなかったのだろう。 実際、彼らの働きのおかげで助かった、と言うことは否定できないのだ。 「ともかく……出来るだけあいつをキラから遠ざけておかなければいけない、と言うことだな」 そのために、自分がどうなっても、だ……とフラガは心の中で付け加える。まぁ、殺されることはないだろう。その前にバルトフェルド隊の面々やイザーク達が止めてくれるだろう、と予想してくれているからだ。 「それに関しては……他の連中と相談して、だがな」 自分だけ先走っても仕方がないだろう。 それよりも先に、キラに無事な姿を見せてやらなければいけないのではないか。 でなければ、あの子供は不安を抱いたまま過ごすに決まっている。 ようやくその事実を思い出して、フラガはストライクをデッキへと滑り込ませた。 「そういや、どうすんだ? 全部は収容できねぇだろう?」 デッキ内には……とフラガは呟く。そうならば、余った機体はどうするのだろうか。 「あれも、他の場所に収容されてくれればいいんだがな」 淡い期待だろうと思いつつもフラガはこう呟いてしまった。 全員が無事に戻ってきた。その事実にキラはほっと安堵のため息をつく。そして、そのまま腰を下ろしていたシートから立ち上がろうとする。 「どうしたの?」 それに気がついたのだろう。ラミアスらが柔らかな声で問いかけてきた。 「僕、部屋に戻った方が……」 いいのではないか、とキラは呟く。その視線の先に、甲板に降り立った深紅の機体が映し出されていた。 「まぁ、それも一つの手段でしょうけど……」 それだけでキラが何を心配しているのかわかったのだろう。アイシャが小さな笑い声を漏らす。 「でも、ここの方が安全だと思うわよ? 隊長クラスしか入れなければいいのだし……でなければ、イザーク君達が来るまで、待ちなさい」 彼らが一緒の方が安全だわ、と彼女が付け加えたことで、他の面々もキラが何を心配しているのか理解したようだ。 「……話は聞いていたのに、忘れていたわね……」 失敗した、と言うようにラミアスが眉を寄せる。 「確かに……覚えていれば、着艦の許可は出しませんでした」 「もっとも、強引に乗り込んできた、という可能性は否定できないわね」 だから気にするな、と告げるアイシャの視線の先で、三機のハッチが開く。そして、そこからパイロット達が姿を現した。 「誰か、案内の者を向かわせた方が良いのでしょうけど……」 アークエンジェルのクルーでない方が良いのではないか。ラミアスが眉を寄せているのがキラにもわかった。 「うちのメンバーを向かわせましょう。アンディ達は……イザーク君か誰かが連れてきてくれるとは思うけど……」 でなければ、疲れているところ申し訳ないがディアッカか、とアイシャは口にする。 「その前に……一度、パイロット控え室に行って貰った方が良いかもしれません。汗ぐらい流したいでしょうし……」 そんな彼女たちの会話に、キラはおずおずと口を挟む。 「そうね。その方がこちらも時間が稼げそうね」 キラを隠すことも可能だろう、とアイシャも頷く。 「もっとも、アンディ達はキラの無事を確認したがると思うから、やはりキラちゃんにはここにいてもらって、他のメンバーはシャットアウトする方が良いのかしら?」 判断はラミアスに任せる、と言うようにアイシャは彼女を見つめる。 「そうですね。キラ君にはここにいて貰いましょう。他の方々は、申し訳ないけれどもパイロット控え室に」 そして、隊長達はこちらに、というラミアスの指示は直ぐに伝えられた。 「……いい加減、どうにかして欲しいですね……」 アークエンジェルのパイロット控え室で久々に顔を合わせることになった。その皮肉さに考えることはあるもの、それ以上に今の状況を何とかして欲しい。ニコルはそう思う。 「それはこっちのセリフだって……」 隣でさっさと着替えを終えたディアッカがため息混じりにこう言い返してくる。 「それよりも、たぶんこれならサイズが合うと思うぞ?」 同時に、深紅の軍服を差し出して来た。 「ハーネンフースのだが」 「というと、あの女性のですか?」 先ほど、クルーゼとバルトフェルドをブリッジに案内していった女性のことを思い出して、ニコルは聞き返す。 「あぁ。キラの護衛だ。なかなか優秀だぞ」 いろいろな意味で、と付け加えられた言葉の裏に何か隠されていた。だが、それが何であるのかまでは今のニコルにはわからない。判断材料が少ないのだ。 「ともかく、お前らが今後どうするのかは隊長の判断次第だな」 自分たちは、本国から直接の指示が出ているのだ、とディアッカは笑う。それを耳にしたのだろうか。 「……誰からのものだ?」 アスランが、機嫌の悪さを隠さずに口を挟んできた。 「誰って……ザラ委員長閣下だぞ?」 別段、隠すことでもないだろう、と判断したのか。ディアッカはさりげなく言い返す。 その瞬間、彼が浮かべた表情に、ニコルは思わず眉を寄せた。 「……こりゃ、やっぱあいつは要注意か……」 ディアッカが小さな声で呟く。それに反論をする気になれないニコルだった。 微かに泥沼の足音が……その前に、別の泥沼がありそうな気がするのは錯覚でしょうか。 えぇ。クルーゼvsバルトフェルド&フラガの。大人のケンカはあまり深入りしないようにします(^_^; |