「あれが行方不明? どうしてですか?」
 苛立たしげに彼はこう口にする。
「少なくとも、第八艦隊とあの艦が合流したときまでは存在を確認できたのでしょう?」
 こう言いながら、視線を移す。その先にあるのは、純白の船体を水面に浮かべているアークエンジェルがあった。
「ですから……あの戦闘後、行方不明になったと……」
 元々、予定外の場所へMSごと落ちたのだ。そして、回収できたときにはパイロットの姿はなかったのだ……と慌てて報告の言葉を口にする。
「それを信用しろ、と?」
 冷笑と共に、彼は言葉を口にした。
「だとすれば、ずいぶんとまた不審な行動を彼らは取っている……としか言いようがありませんね」
 航海日誌を見ると、と彼は笑う。
「ですが……それはMIAになった者たちと、ストライクの調整のための時間、と考えれば……」
 説明がつくのではないか、と彼に告げる口調も、どこかおそるおそるといった様子だ。
「まぁ。今はそう言うことにしておきましょう。今は、ね」
 何か含むものを滲ませた口調で、彼はこう呟く。
「あぁ、そういえば、あれ、は使い物になるのですか?」
 話題を変えようと言うのか。彼はこう問いかけた。
「基本的には、あの男のためのOSですが、解析をすれば何とかなるだろうと」
 こちらは確約が取れているのだろう。即座に言葉が返ってくる。
「では、そうしてください。しかし、つくづくあれが行方不明になったのはもったいないですね。捜索を継続してください」
 見つけ次第、どのような状況でも自分の元へ連れてこい、と彼は言外に付け加えた。
「……ただのコーディネイターに、何故それほど執着されるのですか?」
 彼はコーディネイターを憎んでいるはずなのに……と疑問を向けられるのも仕方がないのだろうか。
「有効に使えるからですよ。あれは、ね。それは報告からでも十分にわかるでしょう?」
 なら、手元に置いておいて、自分たちが有効に使えばいいだけだ。彼はそう言って笑った。

「シホ、さんですか?」
 キラは菫色の瞳をまっすぐに向けながらこう口にする。
「はい。シホ・ハーネンフースです。よろしくお願い致します、キラ・バルトフェルド」
 こう言いながらも、シホはその瞳から視線をそらすことが出来なかった。
 澄み切った、一点の曇りもない瞳。
 それは目の前の人物の心を映し出しているからなのだろうか。これほどまでに純粋な心を持っているから、彼女は一番辛い道を選ばざるを得なかったのか、とシホは心の中で呟く。
「あなたの護衛と……手伝いをするように言われてまいりました」
 シホの言葉に、キラは困ったように小首をかしげる。そして、そのままラクスへと視線を向けた。
「手伝いはお願いしたいけど……護衛って……」
 どういう事なのか、と彼女はラクスに問いかけている。
 ということは、自分が護衛に付くという話を、キラは知らなかった、ということなのだろうか。シホもまた、この中で唯一事情を知っているのではないか、と思われる相手へと視線を向けた。
「最初は、キラのお手伝い、と言うことだったのですが……ちょっと厄介な事態が持ち上がりましたの」
 仕方がない、というように彼女はため息をつく。そして言葉をつづりだした。
「キラもご存じでしょう? キラのお義父様になってくださったバルトフェルド隊長は、ザフトの中でも優秀な指揮官です。そして、私の父と同じ穏健派、だと申し上げてよろしいでしょう」
 それは、シホも知っていた。
 そのせいで、ザフト内でもかなり複雑な立場にあるのだ、彼は。だが、それを払拭するだけの戦果を上げていることもまた事実だ。
「アンディさんが、どうしたの?」
 しかし、キラにそこまでの情報は与えられていないのだろう。彼女は不安そうな色をその瞳に浮かべる。それだけなのに、どうして自分まで不安に感じるのだろうか、とシホは思った。
「あの方をご自分の陣営に引き込みたい、と思っていらっしゃる方がいるらしいのですわ。それと……キラの才能でしょうか」
 ラクスはここまで話したところで一端言葉を切る。そして、優雅な仕草でお茶を口に含んだ。
「僕の……って、僕なんて、ただの第一世代だし……第二世代の人の方が優秀なんじゃないの?」
 それなのに、どうして……とキラは小さく呟く。
「キラがご存じの第二世代は、イザーク様やディアッカ様、ニコル様、それにアスランでしょう? 後は私と、シホさんもそうですわね。私以外のみなさまは、ザフトでもエリートと呼ばれる方ですのよ?」
 そんなキラに、微苦笑を作りながらラクスは言葉を投げかける。
「現在、ザフトはプラントの中でも優秀な人員が集まっていると言ってかまいません。ですから、私もこの《紅》を身にまとうことを許された自分に、自信を持っております」
 シホもまた、そのラクスの言葉をフォローするかのようにこう告げる。同時に、エザリア達があれほどキラを心配している理由がわかったような気がした。彼女は基本的に《無垢》なのだ。だから、何事も受け入れ、傷つくことを厭わないのか、と。
「シホさんについてはわかりませんが、キラは他の方々に勝るとも劣らないことをしていらっしゃいますわ」
 だから、自分を過小評価しすぎるな、とラクスは言外に告げる。
「そのキラを、利用しようと考えているお馬鹿な方々がいらっしゃいますの。確かに、今もキラはザフトの方からの依頼を引き受けておいでですが、それは私やエザリアさまが同意をしたことだけですわ。それ以外のことは全てはねつけていますの」
 ラクスのセリフに、キラは微かに眉を寄せた。どうやら、これも今日始めて聞くことだったらしい。
「キラが普通のお体でしたら、キラにお任せできるのですけど……まだ、ドクターストップがかかっておりますでしょう?」
 だから、出来るだけ聞かせないようにしていたのだ、とラクスは微笑む。
「……ゴメンね、ラクス……忙しいのに……」
 自分のせいで、余計な仕事を……とキラは口にする。
「何をおっしゃいますの? 私がキラをお預かりしているのですもの。当然の義務ですわ」
 それに、とラクスは意味ありげな視線をシホに向けてきた。
「これからは、シホさんがいくらか受け持ってくださいますもの。違いまして?」
 この言葉は問いかけではなく確認だろう。
「もちろんです」
 だが、それも自分に求められていることなのだろうと判断をして、シホはしっかりと頷き返す。同時に、自分が思っていた以上に今回の任務は重大なものなのか、と思い知らされた。
「明日から、になりますが……私もこちらにお世話になることになっております。キラさんとは毎日顔を合わせることになりますので」
 だから、遠慮はいらない、とシホは微笑みを彼女に向けた。
「……過保護、だよ……ラクス」
 それをどう受け止めたのか。キラは小さなため息ととにこう口にする。
「あら、まだまだ足りないほどですわ。一番の厄介事は片づいておりませんもの」
 意味ありげな笑いと共にラクスは言葉を返す。
「最近、キラに目を付けている者が多いのですのよ。ほとんど外出していないと言うのに、めざといと言うべきなのでしょうか」
 さりげなく意味合いを変えつつ、ラクスはキラにこう言った。
「キラにはイザーク様がおりますのにね」
 そしてこう付け加えれば、キラはうっすらと目元を染める。
「そうなのですか?」
 どうやら、二人はそういう関係なのか、と推測をしながらもシホは問いかけの言葉を口にした。
「ですから、その点も含めて、あなたが選ばれたのですわ」
 くすくすと笑いながらラクスは肯定をする。
「エザリア様も……」
 小さく頭を抱えてしまったキラに、別の意味で同情をしたくなるシホだった。


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と言うわけで、あの方の登場です。後二人出てくれば……第二部で出てくるメインキャラがそろうかな? でも、それまでが長い。最後の一人は……何時出てくるんだろうね(苦笑)