静かな夜。
 キラは一人で甲板の上にいた。
「僕は……まだ君に会えない……いや、会わない方がいいんだろうね、アスラン」
 そして、その上に腰を下ろしながら、頭上で輝いている月を眺めている。
 あれは、自分にとって幸せの象徴だ。あそこにいた頃は、自分も彼も、種族の違いなど何も気にしないで暮らしていた。
 しかし、今は……自分はともかく、彼の中には《ナチュラル》への憎しみが根付いている。その理由はわかるが、だが悲しいとも感じるのだ。
 だが、誰かにそれを相談することは出来ない。
 特に、イザークには、とキラは心の中で呟く。彼らの不仲の原因のいったんは、間違いなく自分にあるのだから、と。
「僕の気持ちを、認めてくれたら……」
 そうすれば、全てが上手く収まる。そうは思うのだが、アスランにその気がないことは分かり切っていた。
 では、どうすればいいのだろうか……とキラはため息をつく。
 このまま、一生彼に会わないわけにはいかないのだ。
「どうしたらいいんだろうね、僕は」
 呟きと共に、キラは視線を伏せる。
 その時だ。
「キラちゃん」
 キラの耳に、柔らかな声が届く。同時に、何かが肩にふわりとかけられた。それに振りかえれば、アイシャが微笑んでいるのがわかる。
「お月見は良いけど、体を冷やしちゃダメよ」
 言葉と共に、アイシャはふわりとキラの隣に腰を下ろしてきた。そして、キラの細い肩に優しく腕を回してくる。そこから伝わってくるぬくもりから、キラは自分の体が冷えていたことに気づいた。
「それに、キラちゃんの一番の仕事は何だったかしら?」
 この言葉に、キラは困ったように瞳を伏せる。それがわかったのだろう。アイシャは小さく笑いを漏らす。
「いけないって言っているわけじゃないわ。一人で考えたくなることもあるでしょうし。でもね、それで体調を崩しちゃったら、心配する人も多い、と言うことだけは覚えていて欲しいのよ」
 ね、と彼女は囁いてくる。
「ごめんなさい……」
 確かに、ここで自分が体調を崩しては周囲に多大な迷惑をかけてしまう。それは自覚していた。
 だが、とキラは心の中で付け加える。どうしても、一人になって考えたかったのだ。
 いや、一人でなければ考えられなかった、と言うべきか。
 シホだけではなく、出来ればイザークにも知られたくない内容だったのだ。自分の悩みの原因が《アスラン・ザラ》であるが故に。無意識に、何かを呟いてしまってはいけない、と判断したからこそ、ここに来たのだ。
「だから、そこで謝らないの。ね?」
 キラがそうしたのであれば、それなりの理由があったのだろう、とアイシャは付け加える。
「それに……ここなら一応安全、のようだし」
 気になって見守っていた人もいるしね……と付け加えられて、キラは目を丸くした。
「あの……それって……」
 誰だろう、とキラは思う。というよりも、誰かが側にいてくれたことに気がつかなかった、と言う事実の方にキラは焦っている。
「本当に、心配性よね、ムウ・ラ・フラガは」
 まるで、娘を持った父親だわ……とアイシャは笑う。そうすれば、まるで抗議をするように出入り口からわざとらしい咳払いが響いてきた。
「ムウさん……でも、ムウさんも休んでいないと……」
 パイロットなんだから……とキラは付け加える。それは、かつて自分が彼に言われた言葉でもあった。
「だ、そうよ。一本取られたようね」
 くすくすと笑い声を立てながら、アイシャは声をかければ、さらに咳払いが戻ってくる。それは抗議の意思の表れ、なのだろうか。
「本当に、あの男は……」
 仕方がないわね、とアイシャは呟く。そして、視線をキラへと戻してきた。
「どうやら、貴方が中に戻るまではあそこにいるつもりみたいね。本人は、虫除けのつもりなんでしょう」
 あるいは、ラミアス達に何かを言われたのかもしれない……と、言われて、キラは小さくため息をつく。このまま、ここにいれば、彼が休めないのだと判断したのだ。
「……部屋に……戻ります……」
 本当は、もう少し考え事をしていたかったのだけれども、と心の中で付け加える。
「あら、いいのよ? 好きなだけ、ここにいても。あの男は好きでやっているんだし……そのくらいでへこたれるような相手でもないしね。それに、多少疲れている方が他に被害もいかないだろうしぃ」
 いろいろな意味で、と言われても困る、とキラは心の中で呟く。
 その意味がわからないわけではない。むしろ、十分わかりすぎるから、余計に困るのだ、と。
「それは……ラミアス艦長がお忙しいからではないでしょうか?」
 だから、フラガと一緒にいることが出来ないのではないか、とキラは口にする。
「まぁ、そういうことにしておいてあげましょ。あの男の名誉のために」
 しかし、アイシャはこう言ってさらに笑みを深めた。しかも、それは明らかに意味ありげなものだと言っていい。
「アイシャさん?」
 いったい、彼女は何を言いたいのだろうか。キラはそう思って小首をかしげた。
「いい加減にしろよ、デイビス!」
 黙って聞いていれば……とフラガがいきなり乱入してくる。と同時に、彼はキラの体を抱え上げてしまった。
「黙って聞いていれば、キラに余計なことを吹き込みやがって!」
 そして、そのままアイシャから彼女を引き離す。
「あら? 本当のことでしょう?」
「昔の話だろうが、昔の! それを言うなら、自分はどうなんだ?」
「私は、今も昔も変わらないつもりよ?」
 ぽんぽんと交わされる会話に、キラはどう反応していいのかわからなくなってしまう。彼らが何処か楽しそうだと感じられて、口を挟んで良いものかどうか悩んでいた、というのもまた事実だ。
「私は私。それは変わらない事実だし、変える気もないわ」
 そうすれば、いずれ周囲は認めるかそれとも折れるか――あるいは離れていくか――どれかの反応を示してくれる、と彼女は胸を張る。
「本当に変わらないよ、お前さんは……でも、同じ事をキラに求めるなよ?」
 かわいげがなくなる、と彼は言い切った。
「そうね……でも、どうしても譲れないことに関しては、最後までがんばっていいのよ? 私も協力してあげるから」
 そう言いながら、アイシャはフラガに抱えられたままのキラに声をかける。
「……アイシャさん……」
 あるいは、自分の呟きを彼女は全部聞いていたのだろうか。キラはそんなことも思う。
「あぁ、そのままキラちゃんを中に連れて行ってくれる? 同じ悩むなら、展望室の方が体には良いと思うの。それに、そこなら、貴方も居眠りできるでしょう?」
 くすくすと笑うアイシャは、いったい何処まで状況を飲み込んでいるのか。というより、何も知らないことがないのではないか、とキラには思えてならない。
「お前の言葉に耳を貸すのは気に入らないが……それが無難だろうな」
 先ほどまでのケンカ口調は何処に行ったのか。
 二人はあっさりと同意に至ったようだ。
 やはり、この二人は実は仲が良いのかもしれない。フラガに運ばれながら、キラはその思いを深めた。


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キラにしてみれば、イザークとの仲が近づけば近づくほど意識しなければならない存在なんでしょうね、アスランは。
キライではないが、そういう対象としては見られない。それがわからないアスランだからこそ、問題なのかも(^_^;
元地球軍のエース達は仲が良いのか悪いのか。一種の同族嫌悪ですね(爆)