隣にキラがそうっと腰を下ろしてきた。その事実に気がついて、イザークは小さく笑みを浮かべる。しかし、微かな距離が気に入らない。それは、彼女の遠慮なのだろうか。ならば、自分が声をかければいいのかもしれない。
「どうせなら、もう少し側に寄ってくれ」
 そう判断をすると、キラの肩に手を置くとこう囁く。
「いいのですか?」
 小首をかしげつつ、キラがこう問いかけてきた。あるいは、ディアッカあたりから自分が他人のぬくもりを感じることを苦手としている、とでも聞いたのかもしれない。
「お前ならかまわん」
 だが、今更だろう、とイザークは思う。散々抱きかかえたりキスをしたりしているのに、と。もっとも、そこで遠慮をしてしまうのもまた《キラ》なのだろうが。
「というより、お前以外はゴメンだ、と言う方が正しいのかもしれんがな」
 その代わり、キラであればどれだけ触れられようと何をしようと気にならない、とイザークは笑う。
「なら、いいのですけど」
 邪魔をしたのならば申し訳ない、とその瞳が告げている。
「戦闘がなければ、パイロットの仕事など整備ぐらいだからな。これのシステムはお前が完璧に仕上げてくれている。俺が手をかけなければならないことは、ほとんどないと言っていい」
 それに、今の自分に、キラ以上に気にかけなければならないことはないのだ。イザークはそう付け加える。
「イザークさん……」
 この言葉に、キラは微かに目元を染めた。それでも、嬉しそうに微笑んでみせる。
「だから、かまわないから好きなだけ甘えろ」
 言葉と共に、イザークはそっとキラの髪の毛に指を滑り込ませた。そして、そのままさらさらとした手触りを楽しむように何度も梳く。その感触が心地よいのか。キラは目を細めて微笑んでいる。
「そうやって微笑んでろ。それだけで良いと言い連中も多そうだ」
 まずは自分が、とイザークは呟く。そんな彼に、キラも小さく頷き返して見せた。
「……今はやめておけ。邪魔すると殺されるぞ」
 その時だ。
 イザークの耳にディアッカの何処か楽しんでいるような声が届く。
「ですが、キラさんに検診を受けて頂かないと」
 その後に続いたのはシホの声だ。
 ディアッカだけなら後でそれなりの対処を取ればいいが、彼女相手ではどうしようもない。何よりも、診察ではパスさせるわけにはいかないだろう。そう判断をして、イザークは手を移動させる。
「イザークさん?」
「診察の時間だそうだ。ハーネンフースが呼びに来ている」
 だから、連れて行ってやるよ……と付け加えると、イザークはそのままキラを抱き上げた。そんな彼に、キラは反射的にすがりついてくる。
「そのままでいろよ?」
 満足そうな笑みを浮かべると、イザークはそのまま歩き出した。

「……ジャスティス……ですか?」
 運び込まれてきた深紅の機体を見つめながら、アスランが呟く。
「そうだ。ZGMF―X09Aジャスティスだ。もう一機、既にイザーク・ジュールの手元にあるZGMF―X10Aフリーダムと共に、ザフトが開発した最高の機体だよ」
 その呟きに、プラントから機体と共にやってきた技術兵が自慢げに言葉を返してくる。アスランがその中の一言に不快感を抱いたとは想像もしていないだろう。
「しかも、OSは、キラ・バルトフェルドが手がけている」
 だが、さらにこの一言がアスランの内心を揺さぶる。
「キラ、ですか?」
 彼女がまさかMSの開発に関わるとは思わなかった。それがアスランの本音だ。だが、本国にいる間に、父を筆頭とした者たちから何か言われたのかもしれない、とも思う。
 あるいは、最初から自分たちのための機体だったのだろうか。
 ならば、キラが渋々にでも協力をした理由が理解できる、とアスランは心の中で呟いた。
 地球から本国に向かうほんのわずかな間に、彼女はイージスを始めとした四機やバクゥのOSを改良したのだ。それは、自分たちの命を守るためだ、と妥協してのことらしい。そう考えれば、目の前の機体についても理解できるだろう。
「あぁ、君たちは知り合いだったな」
 アスランの問いかけに、彼は大きく頷く。
「そうだ。自分の行動でこの戦争が、最小限の被害で終わらせられるのであれば……と言うことで引き受けて貰ったのだよ。もっとも、ラクス様には本気で恨まれていたがね」
 だが、完成直前で、彼女は地球駐留部隊の命を守るためにフリーダムで地球に向かい、こちらは放置されていたのだ、と彼は付け加える。
「そうですか。では、キラを連れてこなければいけないわけですね?」
「あるいは、これを彼女の元まで運ぶか、だ。もっとも、微調整だけで、基本的には十分運用に耐えるはずなのだがね、こちらの機体も」
 それなりの実力の持ち主が乗り込めば、今すぐにでも戦闘を行えるだろう、と彼は言葉を締めくくった。
「そうですか」
 キラのプログラムの癖なら、十分理解している。自分に合わせての調整であれば、こなす自信もあった。
 だが、自分からあの機体を回して欲しい、とは言えない。
 ただでさえ、自分は《イージス》を与えられているのだ。他の者からさらに優遇されている、と言われれば微妙な立場に追い込まれるのは分かり切っていた。
 もっとも、それはある意味、イザークも同じだと言っていい。
 しかし、彼は今《キラ》と行動を共にしている。
 彼女の身柄を守るため、少人数の中での選択、というのであれば仕方がないだろう。誰もがそう判断するに決まっているのだ。
「どうして、あいつ、なんだろうな」
 アスランは口の中でこう呟く。
 運命という名のものまで、アスランではなくイザークとキラを結びつけようとしているように感じられる。
 もし、あの時、キラ達を保護していたのが自分であれば、あるいは状況が変わっていたのか、とも。
 だが、今更時間を巻き戻すことも出来ないと言うことをアスランは知っている。
 知っているからこそ、この世の全てが気に入らないのだ、と心の中で吐き捨てた。
「何か言ったかな?」
 その呟きを、彼は正確に聞き取れなかったらしい。こう聞き返してきた。
「キラのプログラミングの癖ならば、ある程度はわかると思うのですが、と」
 とっさに、アスランはこう言い返す。
「そうか。なら、後で一度見て貰おうかな」
 それをどう受け止めたのか。彼はこう言ってきた。
「そうですね。隊長から許可がいただければそうさせて頂きます」
 無難な言葉を返しながら、アスランは脳内で別のことを考えていた。
 もし、ジャスティスに乗ることを許可されれば、自分もキラの側に行くことが出来るかもしれない。そうすれば、あるいは、と。
 だが、それを言葉にすることは出来ないだろう。
 今の自分の立場に、アスランは歯がゆさすら感じていた。


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キラとイザークは……進展しているのかいないのか。まぁ、この二人は性格的に一生このままかもしれないですけどね(苦笑)
そして、とうとう、奴の前にジャスティスが……大人しくしているわけはないですね、アスランが。しかし、進まないです(^_^;