「そうですか」 偵察部隊が一つ行方不明になった、というのに、アズラエルは満足そうな笑みを浮かべる。それに不審そうなまなざしをサザーランドは向けてきた。だが、それすらも彼には気にならないらしい。 「そこに、あれがいるのでしょうね。それ以外に、偵察部隊が行方不明になる理由はありませんでしょ?」 だが、この言葉で彼の考えがわかったらしい。サザーランドの瞳に納得の色が浮かんだ。 「では、そちらに向かってください。あぁ、僕たちも一緒に行きましょう」 今から行けば、あるいは途中で捕まえられるかもしれない、とアズラエルは笑う。それが、サザーランドの不安を煽ったのだろう。彼は即座に口を開く。 「ですが……」 彼が前線に立つようなことがあれば危険だ、とサザーランドは考えているらしい。何とか思いとどまらせようとしているようだ。 「でなければ、頭に血が上った連中が、あれを殺してしまいかねませんからね」 しかし、アズラエルにしても正当な理由はある。 「それに、あれらに約束しましたからね。あれの居場所がわかったら、連れて行ってやると」 約束を破れば、だだをこねるだけではすまないだろう、とため息をつく。 「約束を守るのが、商人としての最低限の義務ですからね」 それができなければ、誰も信用してくれなくなるから、と言いながら、視線をサザーランドに向ける。 「それに、たまにはご褒美も必要でしょ?」 違います? と問いかければ、彼は訳がわからないと言う表情を作った。それでも、ここまでアズラエルがきっぱりと意思を表示してしまった以上、逆らうつもりはないらしい。 「……戦艦に、シートを用意させて頂きます。ただ、あくまでも指揮権は艦長に、と言うことでよろしいでしょうか?」 でなければ、話がややこしくなるから……と彼は告げる。それだけは譲れない、と。 「まぁ、良いでしょう。戦いに関しては、確かに素人ですからね、僕は」 もっとも、あれらに関しては、自分が指示を出すが……とアズラエルは言い切った。そうなるようにしつけてきたのだから、という言葉にサザーランドが眉を寄せる。だがそれすらも無視してさらに言葉を重ねた。 「出来るだけ早く、あちらに着けるようにしてください。別段、ここから行かなくても良いわけですしね」 一番近くにいる艦隊に輸送艇で乗り付ければ良いだけだ。その方が時間のロスが少ないはずだろうと。 「そのように、手配をさせて頂きます」 ここまで言い切られれば自分の進言などアズラエルが聞くはずはない、とわかっているのだろう。サザーランドはあっさりと引き下がる。そして、そのまま彼の前を後にしていった。 「話は聞いていましたね?」 その後ろ姿を見送りながら、アズラエルは問いかける。 「……また、あいつらが騒ぎますね」 何処か投げやりな口調でこう言いながら、カーテンの陰からふらりとオルガが姿を現した。 「まぁ、俺としても、あれは気になりますから」 行くことに異存はない、と言外に言葉を付け加える。 「それはよかった。早めに手に入れて、あの連中に吹き込まれた考えを消してやりましょう。そして、我々の慈悲深さをしっかりと教え込まないと」 戦いが終わっても処分されることはない、とあれが知れば、進んで協力をするに決まっているのだ。いや、しないはずはない、とアズラエルは信じていた。 何故なら、ブルーコスモスにも第一世代のコーディネイターは数多くいるのだ。 そして、あれも第一世代のはず。 自分たちの手足になるのであれば、今はまだ、存在が許されるのだ、と知れば他の者のように喜ぶに決まっているのだから。 「君たちも、そうなったら仲良くしてやりなさい」 この言葉をどう思ったのか。オルガはそのままきびすを返すと部屋を出て行く。あるいは、他の二人に伝えに行ったのだろうか。 もっとも、彼らは決して仲が良いとは言えない。だから、自分の胸の中にだけ収めておく可能性は否定できないが。 「どちらにしても、忙しくなりそうですね」 それも自分たちの勝利に繋がることであれば仕方がない。アズラエルは言葉と共に小さな笑みを漏らした。 今まで暮らしていた場所から移動する、となると、予想以上に荷物が多くなってしまう。それが、女性三人分となればなおさらだ。その事実は、サイにも想像が付く。しかし、とも思う。自分たちが今から向かう場所は戦場ではないのか、とも考えてしまうのだ。 「……本当に、これだけ必要なのか?」 目の前のスーツケースの量に、サイがおそるおそる問いかける。 「必要なの。だって、キラやアイシャさんだけじゃなく、あちらからキラの護衛に付いている人とか、後、ラミアス艦長とバジルール副長の分もあるんだもの。これでも少ないかもしれないじゃない?」 だが、フレイは胸を張ってこう言い切った。 「……そうなんだ……」 こういう時のフレイには、迂闊に逆らわない方が良い。それが長年――というほどではないが――のつき合いからサイが学んだことである。まして、それが《キラ》に関わっていることであればなおさらだ。 「そうなの! 良いじゃない。お義父さんもダコスタ君も、何も言わないんだから」 何か文句があるのか、とフレイは瞳で問いかけてくる。 「……というか……この部屋でどうやって寝るんだろうな、って思っただけで……」 実際、二人が立っている場所だけは辛うじてスペースがあるものの、その他の場所は乱雑に荷物が置かれているのだ。 「大丈夫よ。このくらいなら、片づければ寝られるわ」 時間がないから、適当に置いただけで、ちゃんと片づけられるだけの荷物しか持ち込んでいない、とフレイは言い切る。その言葉を何処まで信用していいものか、とサイは小さくため息をつく。 「第一、ここで寝るのは私だもの。どうして、サイが心配するわけ?」 いざとなれば、床だろうと何処だろうと勝手に寝る、とフレイは言い切る。 「フレイ……君だって女の子だ、というのは自覚しているよね?」 キラであれば無条件でベッドに眠らせなければならない。それは、キラの命を守るためには必要なことだ。 しかし、フレイだって、本来であれば守られなければならない存在だろう。 考えてみれば、まだ十六歳の少女なのだから。この戦争がなければ――あるいはあの時ザフトがヘリオポリスに攻撃をしかけてこなければ――柔らかな布団に包まれて眠る毎日を過ごしていたはずなのだ。 もっとも、過ぎてしまったことをあれこれ言っても仕方がない、と言うことをサイもよく知っている。第一、この戦争があったからこそ、フレイはコーディネイターに対する嫌悪や憎悪と言った悪感情を打ち消すことが出来たのだから。そのおかげで、彼女はこんなにも魅力的な存在に慣れたのではないか、と思う。 「もちろんよ! でも、優先事項を考えれば仕方がないでしょう? まだ時間はあるんだし」 キラ達と合流するまでに片づければいい。フレイはそう言いきる。 「……わかったよ……」 そして、自分はそんなフレイに弱いのだ、とサイはまたため息をついた。 「時間を見て、俺も手伝うよ……」 結局、こういう結論しか出てこないんだよな、と心の中で呟きながら言葉を口にする。 「ありがとう! だから好きよ」 そんなサイの心情を知っているのかいないのか。フレイは満面の笑みと共に彼に抱きついてきた。 「そういうことは、部屋が片づいてからしなさい」 まるで、そうなることを待っていたかのように声が飛んでくる。 「お義父さん!」 「……バルトフェルドさん」 慌てて、二人は体を離す。そして、気まずそうに視線を泳がせる。 「若いって事は良いねぇ。ただ、何時戦闘になるかわからないから、早めに片づけておきなさい」 万が一の可能性があるからね、と言うセリフに、二人は頷く。 「良い子達だ」 そんな彼らに、バルトフェルドは笑みを向ける。それに微笑み返すと、とりあえず寝る場所を確保するために動き出した。 三バカの最後の一人も出てきました。と言うわけで、彼らはアークエンジェルを追っかけていきます。そして、バルトフェルド達も移動開始ですね。 残りは……あいつらだけか…… |