目の前では三機が次々に地球軍の戦闘機を撃ち落としている。
「……援護の必要は……なさそうね」
 その光景に複雑な思いを抱きながら、ラミアスがこう呟いた。それは、先日まで自分たちが所属していた軍との戦闘、というのが関係している。それも自分が決断した結果だ、と彼女は心の中で付け加えた。
「さすが、と言うべきなのでしょうか。それとも、これが人種の差なのか……」
 次の瞬間、彼女の耳に、バジルールのこんな呟きが届く。その中には複雑な感情が見え隠れしている。しかし、それはラミアスのものとは違っていた。そして、それは口に出すべきではないたぐいのものだ。しかし、自分がそれを口にしてはいけないのではないか、と彼女は思う。
 それが伝わったのだろうか。
「あら。それじゃ、ムウ・ラ・フラガはどうなるのかしら?」
 彼もそれなりにがんばっているでしょう? とアイシャが脇から口を挟んできた。
「確かに、あれの動きに関してはキラちゃんが作った支援システムが凄い、と言うことはあるけど、彼の実力だってかなりの割合を占めているでしょ?」
 ナチュラルだって、訓練次第で互角の動きをすることが出来る。そして、コーディネイターだって何の努力もなく、あれだけの技量を身につけられるわけでないのだ、とアイシャは言葉を重ねた。
「それはわかっておりますが……」
 だが、とバジルールはなおも言葉を口にしようとする。さすがに、これ以上は黙っていられない。
「ナタル。そこまでにしておきなさい。貴方がその態度では、他の人たちも不安を感じるわ。それでまた、キラ君にストレスを感じさせては、意味がないでしょう?」
 そして、その気持ちがこの戦争を産んだのだ、とラミアスが柔らかな苦笑で指摘をした。
「申し訳、ありません……」
 さすがにここまで言われては彼女も自分の非を認めないわけにはいかないのだろう。素直に謝罪の言葉を口にした。
「ただ、あまりの力量の差に驚いただけです」
 そう。
 あの戦闘機のパイロットの技量もそれなりのものだ。しかし、その攻撃を苦もなく受け流し、相手を仕留めていく。それはまるでゲームの中の光景だと言ってもいいかもしれない。
「それだけ、彼らが努力をしてきた……と言うことと、ここにキラちゃんがいるからでしょう?」
 守りたい存在があるからこそ、彼らは――彼は本気で相手を叩いているのだろう。一片の情けもなく相手を排除しているのは、そのせいでキラの居場所が相手に伝わらないように、という配慮からのはずだ。
「……戦いが、一番、キラ君の負担になるのでしょうが……」
 だが、そればかりはこの戦争が終わらなければどうしてもやれないだろう。ラミアスはそう思うと歯がゆさを感じる。同時に、自分がどれだけ傲慢な存在だったのかも、改めて認識させられた。
 あの時、キラ達を解放していれば、彼女はまだ平和に暮らしていられたのかもしれない。
 だが、あの時は自分たちが生き残ることだけを考えていたのだ。そして、彼女が《コーディネイター》だと言うことを知らずに――そして知ってからも同胞と戦うことを強要したのも自分だ。
 ラミアスは無意識に唇を咬む。
「そこまで。そういうことは、全てが終わってから考えればいいわ。今は、無事に生き抜くことだけを考えること。でないと、判断ミスの元になる」
 そうでしょう、二人とも……とアイシャが少し厳しい口調で告げた。
「そうですね。私達は、何があっても無事に生き残らなければならないのですね」
 キラや、そして他の者たちのためにも。
 あるいは、それも逃げかもしれない。だが、そう考えることでほんのわずかだが気持ちが楽になると感じるのも事実だ。
「……ナタル……敵の母艦を」
「わかりました。ゴッドフリート用意!」
 彼女の言葉に、ブリッジ内は慌ただしく動き始める。その気配を感じながら、ラミアスは真っ直ぐに外の光景を見つめていた。

「……キラさん、大丈夫ですか?」
 パイロット控え室の片隅で膝を抱えている彼女の、精神状態は大丈夫なのか。そう思いながら、シホは声をかける。
「大丈夫です。ただ、何も出来ないことが悔しいだけで……」
 そんな彼女に、キラは思ったよりもしっかりとした口調でこう言い返してきた。
「そう言わないでください。キラさんは十分、皆さんの役に立っています」
 キラがOSや支援システムを完成させていたからこそ、フラガはイザーク達にも劣らない動きが出来ているのだ。そして、他の二人にしても慣れない地球上での戦闘を十分に行えることが出来るのだろう。
「ですが……」
「実際に戦闘に赴かなくても、役に立てることは多いでしょう? 整備の方々と同じです」
 なおも言葉を重ねようとするキラに、シホは微笑みかける。
「どうしても気になるというのであれば、彼らが戻ってきたときに笑顔で出迎えればいいのではないかと」
 少なくとも、イザークはそれだけで満足するだろう。
 キラの耳元でこう囁けば、キラの目元がうっすらと染まる。それは本当に初々しいと言うにふさわしい表情だろう。
 だが、少し大げさな気もしないわけではない。
 そういえば、戦闘が始まる前、キラはフリーダムのシステムを修正していたはず。その時に何かあったのかもしれない、とシホは考えた。ならば、この過剰な反応も理解できる。
「イザーク・ジュールもディアッカ・エルスマンも……噂とは実物とは違いますしね」
 ぼそっとシホはこう呟く。
「そうなのですか?」
 それはキラの耳に届いたのだろう。小首をかしげつつ、こう聞き返してくる。
「えぇ。彼らの同期はかなりレベルが高かったそうなのですが……その中でもイザーク・ジュールとアスラン・ザラは突出していたとか。プライドが高く、付き合いにくい……と聞いていたのです」
 嘘を言っても仕方がない。同時に、それで少しでもキラの気持ちが戦闘からそれてくれるならかまわない、と考えてシホは言葉を口にする。
「……アスランも、ですか」
 しかし、シホの予想に反してキラの表情がくもった。そして、もう一人の名前を呟く。
「妙なところでまじめだから、アスランは……」
 そして頑固だし、と彼女は付けわえる。
「お知り合いですか?」
「幼なじみで親友、だったんです。でも、そう思っているのは僕だけかもしれない……」
 シホの問いかけに、キラは寂しそうな口調で答えを返してきた。瞳の奧に何やら複雑な色が見え隠れしている。
 これは、自分が知らない何かが彼らの間にあるのかもしれない。
 シホは即座にそう判断を下した。そして、それを確認するにはディアッカに問いかけるのが一番だろう、とも思う。何も知らない状況で、守るべき自分が彼女を傷つけるわけにはいかない、と言えば、彼はちゃかさずに教えてくれるはずだ。
 しかし、それは今でなくても良い。それよりも先にしなければならないのはキラの落ち込んだ気持ちを浮上させることだろう。
「そうですか……噂と言えば、エンデュミオンの鷹のがあんな方だとは思いませんでした」
 イメージからいけば、もっと生真面目な相手だと思っていたのだ、とシホは口にする。どちらかというと、マードックの方が抱いていたイメージに近いかもしれない、と付け加えれば、キラは小さく吹き出す。
「でも、ムウさんはあれだからムウさんだよ? そんなことを言っていたら、アンディさんに会ったときがもっと大変だと思うよ?」
 そして、こう言ってくる。
「皆さん、そうおっしゃるのですが」
 イメージがわかない、とシホは正直に口にした。というよりも、今まで聞いてきた情報とキラ達の言葉が結びつかないのだと。
「……会ってみればわかるよ……と言うより、自分の目で確かめないと、どれが本当なのかわからないんだろうね」
 もっとも、何も見ようとしなければ同じ事なのだが、ともキラは呟く。その言葉に実感が籠もっているのはどうしてなのだろうか。
 それも、ディアッカかあるいはアイシャに聞けば理由がわかるのかもしれない。
 ただ、本人にだけは聞いてはいけない、と言うことだけははっきりとしているのではないか。
「確かに。ナチュラルの方々に関しても、この艦に来るまでは知らないことが多かったですからね」
 その代わりというように、こう告げる。
「この艦にいらっしゃる方々は、好きですよ、私も」
 こう付け加えた瞬間、キラが嬉しそうに微笑んだ。


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戦闘シーンを直接書くことなく表現するのは難しいですね。大人しくイザークの活躍を書くべきだったか、とも思いますが、今回は女性陣の話。
キラは……こちら側に入れてもいいですよね(^_^;