このまま、何事もなくアフリカまで辿り着けるのではないか。
 キラのためにもそうなって欲しい。
 誰もがそう思っていたときだ。
「……敵襲……」
 突如響いてきた警報に、キラは身を固くする。
「そのようだな」
 そのキラの傍らに立っていたイザークが思いきり顔をしかめた。キラの顔から次第に血の気が失われていくのがわかったのだ。
「ともかく、お前は戻れ」
 パイロット控え室でいいから……と言いながら、彼女の体をシートから立ち上がらせる。
「イザークさん!」
 そのままコクピットからそうっとキャットウォークに移動させれば、キラが抗議の声を上げた。
「お前は大人しく守られていろ。そのために、俺たちがいるんだからな」
 キラを二度と戦わせない。
 それが、この場にいるものだけではなくキラを大切に思っている者たちの総意なのだ。
「でも!」
 しかし、この純粋な魂はそれを『是』とはしてくれない。
 それだからこそ、目の前の存在は傷つき、なおかつ輝きを放っていて、自分を魅了しているのだろう。しかし、とイザークは心の中で呟く。何と言えば、彼女は納得してくれるのだろうか、と。
「キラ」
 ともかく、彼女の名を口にする。そうすれば、キラはイザークを見上げてきた。何かを口にしようとしたのか、その唇はうっすらと開かれている。
 無意識のうちに、イザークはその唇に自分のそれで触れていた。
「……イザーク、さん?」
 まさか、この状況でそんなことをされるとは思ってもいなかったのだろう。キラが大きく目を見開いている。もっとも、それは自分だって同じだ、とイザークは心の中で付け加える。自分だってどうしてキラにキスをしてしまったのかわからないのだ。
「お守りだ、な」
 それでも何か理由を付けないわけにはいかないだろう。そう判断をしてイザークはこんなセリフを口にした。
「お守り、ですか?」
 キラが小首をかしげつつ、こう問いかけてくる。
「そうだ。この続きは、俺が無事に戻ってきてから、だな」
 だから、大人しく待っていろ……とイザークは付け加えた。
「お前が待っていてくれるなら、さっさと片づけて戻ってくる」
 この言葉に、キラはようやく頷いてくれる。
「気を付けてくださいね」
 そして、この言葉と共にイザークの頬にそっと唇を触れさせた。
「……キラ……」
 その理由を問いかけるよりも早く、キラは身を翻す。そして、そのまま駆け去っていく。
「走るんじゃない!」
 その言葉も彼女の耳に届いているのだろうか。キラはそのままキャットウォークを足早に降りていく。
「……まったくあいつは……」
 怒っているのか、それとも何なのか。イザーク自身にも自分が今抱いている感情の意味がわからない。だが、キラの行動が嫌なわけではない。むしろ、不思議な高揚感を感じていた。
「これはしっかりと続きをさせて貰おう」
 言葉と共に、イザークは再びフリーダムのコクピットへと戻る。シートに身を沈める間も、その感覚は消えない。むしろ、それはさらに強くなっているのではないだろうか。
「あるいは、これは『誰かを守ることが出来る』という事実から来ているのか?」
 今までのように漠然としたものではなく《キラ》という明確な対象があるから、こんな気持ちになるのだろうか。
 イザークはそんな考えを抱く。
「ともかく、今は早々に相手を片づけて戻ってくるだけだな」
 そう言いながら、手早くフリーダムを起動していたときだ。
『ごちそうさま、だな』
 笑いを含んだ声が通信機から流れてくる。相手が誰なのか、確認しなくてもわかってしまった。
「そう思うのでしたら、艦長にお願いされればよろしいのでは?」
 最終チェックを行いつつ、イザークはこう言い返す。
『まさか、そう言い返されるとはな。第一、あいつはこの艦を無事にアフリカまで到着させるまではそう言うことを許可してくれないんだよなぁ』
 気持ちは理解できるが、とフラガは付け加える。彼女はあくまでもこの艦の《艦長》なのだ、とその言葉の裏に隠されているような気がした。
「なら、それこそ無事に戻れるよう、努力をするしかありませんね」
 待っている者たちのために、とイザークは口にする。
『まさか、一回りも年下のオコサマにそんなセリフを言われるとは思わなかったな』
 確かにその通りだが、と彼は笑いを漏らす。
『では、先に行ってるか』
 準備が終わったのだろう。ゆっくりとストライクが移動していくのが見える。
「気を付けてくださいよ。貴方が傷ついても、キラに悪影響を与えますからね」
 フラガには必要ないとは思いつつ、イザークはこう声をかけた。
『了解。オコサマの足手まといにだけはならないさ』
 気軽な口調でフラガはこう言い返すと、そのまま出撃をしていく。
『じゃ、次は俺か』
 しっかりと彼らの会話を聞いていたのだろう。苦笑混じりにディアッカがこう告げる。
『俺もキラからお守りをもらっとけばよかったかな』
 だが、このセリフには黙っていられない。
「キラのお守りは俺のだ。お前は他の誰かからもらえ!」
 かけらもやらん、と付け加えれば、ディアッカはさらに笑いを深める。
『了解、了解。だがな、無事に戻ってきたら一緒にお茶ぐらいは許してくれよ?』
 キラは見ていて和むんだから、と言うセリフにはイザークも納得できた。そして、その程度であれば妥協できる。キラもディアッカをフラガと同じように慕っているらしいのだから。
「わかっている。ただし、余計なことは言うなよ?」
 その前に無事に戻ってこい、とイザークは付け加える。
『お互いにな』
 こう言い返しながら、ディアッカは出撃をしていった。その後を、イザークも追いかける。
「……直ぐに戻る」
 パイロット控え室があるとおぼしき方向へイザークは一瞬だけ視線を向けるとこう呟く。
「フリーダム、出る!」
 そして、そのまま機体を蒼穹へと羽ばたかせた。


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やはり、物事は順調には進まない……と言うことで、見つかっちゃいました。それなのに、どうしてイチャイチャしているんだ、この二人は。アスランがこの場にいなくて、本当によかったですね(^_^;