「……さて、どうするか、だな」
 報告書を読み終えたパトリックがため息と共にこう呟く。
「どうやら、フリーダムは予想以上の動きをしていたようだが……もう一機のあれはどうなのだ?」
 そして、顔を上げることなく隣の同僚へと問いかける。
「フリーダムと同程度にはOSが完成していたからな。あとは微調整だけなのだが……それができる人間がいるかというと疑問だな」
 開発局の技術者では、キラのプログラムの癖を誰も飲み込めなかったのだ、とユーリが言葉を返してくる。
「そうか……」
 キラは昔から、プログラミングに関しては突出した才能を見せていた、とレノアから聞いていたが、そこまでだったとは……とパトリックはため息をつく。
「フリーダムの方は、エザリアの息子が搭乗しているそうだ。あちらに関しては、彼女が側にいるから大丈夫だろうが……いっそ、ジャスティスも地球に運ぶか?」
 そうすれば、キラがバルトフェルド隊に合流した後、微調整も出来るだろう、とユーリは付け加える。
「アスラン……であれば、自力で何とか出来るかもしれんが」
 幼なじみであり、キラの実力をザフトの中で最初から気づいていた息子であれば、キラのプログラムの癖を飲み込んでいるかもしれない、とは思う。思うが、それを自分から言い出すのは気が引ける、というのが本音だ。
「あぁ。幼なじみだ、という話だな」
 ニコルから聞いた、とユーリは目を細める。どうやら、今、アスランと共にいる彼の息子のことを思い出したのだろう。
「どちらにしても、最終調整のためには地球に運ばなければならないのだ。それに、彼の実績なら、十分、預けても大丈夫だろう、と私は思うが?」
 そして、彼はさらにこう付け加えてくる。
「どうだろうな。あれらは……あまりにも強力すぎる。エザリアの息子であれば、身近にストッパーがいるが、うちの息子はどうだろうか」
 微かに眉を寄せながらパトリックは呟く。
 以前のアスランであれば信用してもかまわない、と思えた。だが、今のアスランは、父である自分でも《恐怖》を感じるときがある。
 その原因に思い当たる点がないか、と問いかけられれば答えは『否』だ。
 ただ一人に執着する性格。
 それが息子にも現れるとは思えなかった。
 もし、他の誰かであれば、強引にでも事を進めてやるのが父としての愛情なのだろう。
 だが、相手が《キラ》ではダメだ。本人が……ではなく、アスランの執着が強すぎて彼女を殺してしまうだろう。アスランが欲しがっているのは、月にいた頃の《キラ・ヤマト》なのだから。
 先日、レノアの墓前で出逢った時、パトリックはそう感じてしまった。
 何よりも、本人の意識がアスランと結ばれることを望んでいない。彼女がアスランに向けている感情は、あくまでも《親友》に対するものでしかない。アスランが彼女にどのような感情を向けているかを知っていても、だ。
 その心の強さが、彼女をあのような状況に追い込めたのだろう。
 キラがアスランを嫌っていない、と言うことにもパトリックは感嘆をした。一瞬、本当に彼女がアスランと結ばれれば、と思ったこともまた事実だ。しかし、それを無理強いすることは彼女の命に関わるかもしれない。それでなくても、今の《キラ・バルトフェルド》を好ましいと感じてしまった以上、そして、彼女に隠された秘密を知ってしまった以上、国防委員長としても、その命は守らなければならないのだ。
 もっとも、それでアスランを説得できるかというとかなり疑問だとしか言いようがないが。
「……ともかく、彼女の体調を確認しないことには本国に連れ戻すことも難しい。何よりも、地球軍の追撃がありそうだからな。ならば、ジャスティスも地球に運ぶ方が良いと思うのだが」
 パイロットを決めるのはそれからでもいいだろう。ユーリはパトリックの心情を推し量るかのように言葉を口にし始める。
「何よりも、最小限の被害でこの戦いを終わらせるためには……必要悪だろうからな」
 言葉にどこか苦いものが感じられるのは、彼がナチュラルとの戦いを望んでいないせいであろう。
「そう、だな」
 ナチュラルなどどうなってもいい。だが、その全てを滅ぼそうという感情はレノアの遺志が制止してくれている。
 そういう相手が、息子にも見つかればいい。
 これがパトリックの《父》としての偽らない気持ちだった。

「シホさん、どうしました?」
 ストライクとフリーダムの整備が終わったのだろう。キラがデュエルのコクピットを覗き込みながら声をかけてくる。
「ちょっと、気にかかる点がありして……修正しようと思ったのですが」
 いつもとは逆の光景だな、と思いながらシホは言葉を返した。
「どうも、ぴんと来なくて」
 どこを修正すればいいのか、そろそろわからなくなったのだ、と正直に口にすれば、キラが身を乗り出してくる。
「キラさん!」
「ちょっと見せて? どこをどうしたいの?」
 そのまま逆さまにモニターを覗き込みながら、キラが問いかけてきた。
「自分で出来ますから、キラさんは休んでください」
「でも、シホさんも休んで欲しいし……一人でお茶をしても楽しくないです」
 しかし、他の者たちは何やら忙しいから……とキラは小首をかしげてみせる。その様子は本当に可愛らしい。同時に、ようやくこうして甘えてくれるようになったのか、ともシホは思う。
「では、お願いします。右足の反応が微妙に遅れるような気がしてならないのですよ」
 速度を上げれば、バランスが取れなくなるのだ、と付け加える。
「なら……こうすればどうですか?」
 話を聞き終わったキラが、手早くいくつかのキーを打ち込んだ。その動きにはまったくためらいがない。
「……確認してみてください」
 そして、一分も経たないうちにこう言って微笑んでみせる。
「失礼します」
 相変わらず早い、と思いながらシホはキラに頷き返した。そして、確認のための操作を行う。そうすれば、気になっていた反応の鈍さが完全に消えている。そして、バランスも修正されていた。
「……凄いですね」
 一見しただけでここまでできるのか、と改めてキラの才能に感嘆を隠せない。
「これも……僕が修正をしましたから……」
 イザークに合わせて調整をしたのも自分だ、とキラは付け加える。だから、と口元に苦笑を浮かべる彼女に、シホは頷き返す。
「少し待っていてくださいね。今、終了しますから」
 そうしたら一緒に休憩をしよう、と付け加えれば、キラは微笑む。そして、そのままコクピットからキャットウォークへと戻っていく。
 その華奢な背中を見送ると、シホは手早くOSを終了させた。そして、念のためにロックをかける。それはここの整備兵を信頼していないからではない。単に習慣になっているからだと言ってもいい。
「本当は、こんな事をしなくてもすめばいいのだがな」
 こう呟きながら、立ち上がる。そして、キラが待っているキャットウォークへと素早く滑り出た。
「そんなに急がれなくてもよかったのに」
 そうすれば、手すりに寄りかかっていた彼女が微笑んでみせる。その表情からも、力強さを感じられるのはどうしてなのだろうか。
 あるいは、この場所が彼女にとって必要だったのかもしれない。
「別に急いでいません」
 そんなことを考えながら、シホは大股にキラに歩み寄る。
「それよりも、行きましょうか。食堂でよろしいのですよね?」
 この言葉に頷いてみせるキラの先に立って、シホは歩き出した。


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パトリックパパは、息子の性格について正確に認識しているようです。と言うわけですが、結局はジャスティスも地球に(^_^; この後の展開はおわかりでしょう、と言うことで。
キラは本当にあちらこちらで魅力を振りまき中ですね。これが無意識だから怖い。イザーク達が心配するわけです、はい。