バルトフェルドに呼び出されて、フレイはサイと共に全速で廊下を駆けていた。そして、その勢いのまま、彼の執務室に飛び込む。
「キラ!」
 次の瞬間、叫ぶように名前を呼べば、モニターの中で菫色の瞳が彷徨う。そして、それが二人の上で止まった、と思った次の瞬間、嬉しそうな輝きを浮かべた。
『フレイ! それにサイも。久しぶりだね』
 そして、柔らかな微笑みを浮かべた唇がこう告げる。
「それはこっちのセリフよ! 何を無茶なことをしているわけ?」
 MSでプラントから地球まで来るなんて、とフレイが口にするのを、
「フレイ! 落ちつけって……」
 サイが慌てて制止し始めた。
「キラが来てくれなければ、フラガ少佐達がみんな死んでいたんだぞ?」
 さらに付け加えられた言葉にもフレイの感情の爆発はおさまらないらしい。
「わかっているわよ、そのくらい! でも、それでキラが体調を崩せば意味がないでしょう?」
 もっと機転を利かせるくらいの知恵を働かせろ! と彼女はさらに付け加える。そうすれば、キラの笑みに苦いものが含まれた。
『そこまでにしておけ』
 モニターの脇から伸びてきた腕が、そんなキラの体を優しく引き寄せる。姿を現したのは、当然のごとくイザークだった。その事実が、フレイの機嫌をさらに損ねることになる、とは本人達は思っていないだろう。
『作戦中は外部との通信を遮断していたんだ。キラが来てくれなければ、俺達だけではなく大勢のものが死んでいたんだぞ。怒りはそんな卑劣な手段を使った相手に向けろ』
 その方が効率的だ、とイザークは付け加える。
「わかっているわよ! でも、無理をしたことが許せないの!」
 そして、自分が言わなければ誰も指摘しないだろう、とフレイは付け加えた。その瞬間、キラだけではなくイザークもさりげなく視線をそらす。と言うことは図星だったらしい。
「事実なんでしょう!」
 その光景に、フレイは胸を張る。
『……フレイ、ゴメンね……』
 一瞬の間を置いてキラの謝罪の言葉がフレイの耳に届く。
「そう思うなら、無事にここまで来て、ちゃんと顔を見せなさいよ!」
 本人をここまでせめるつもりはなかったのだ。だが、口に出してしまった言葉を今更なかったことになんかできない。その代わりに、フレイはこう告げる。
『それに関しては……任せて貰うしかないだろうな。今のところ、幸か不幸か、こちらは発見されていない。今も、あちらこちらの協力で場所を誤魔化しつつ通信を入れているような状況だしな』
 だから、大丈夫だろうが、とイザークは眉を寄せた。
「あまり長時間は回線をつなげておけない、と言うことだよ、フレイ」
 微苦笑を浮かべつつ、バルトフェルドが口を挟んでくる。
「君が会いたいだろうと思って呼び出したのだが、これでは逆効果だったか?」
 キラ君にとって、と彼は付け加えた。その言葉の裏に隠されている意味に、フレイはしっかりと気がつく。
「まったく……もっと他のことを言おうと思っていたのに……あんたの登場の仕方で全部吹き飛んじゃったわ」
 それに答えるかのように、微かに口調を和らげながらフレイはこう口にした。それが彼女なりの謝罪の言葉だとキラにもわかったのだろう。彼女は小さく首を横に振ってみせる。
『僕も……こんな風に戻ってくるつもりじゃなかったから……』
 本当であれば、戦争が終わるまでは戻れないと思っていたのだ、とキラは付け加えた。
 それは彼女だけではなく他の者も同じ気持ちだったと言っていい。
 だが、それを許してくれなかったのが、地球軍――ブルーコスモスの作戦だった。
「そちらの提案は理解できた。こちらの回線は開けておく。無事に目的地まで着いたら連絡をくれ」
 そうすれば、すぐに駆けつける……とバルトフェルドはモニターに向かって話しかける。
「それと、必要なものはちゃんと用意しておく。彼らのことに関してもだ」
 だから、何も心配いらない、と言う言葉にキラがほっとしたような表情を作った。
「私も行くからね!」
 彼らの間でどのような話し合いがされたのかはわからないが、キラが来るのであれば自分も行く、とフレイは宣言をする。それを耳にしたサイは盛大にため息をつき、バルトフェルドは苦笑を浮かべた。それでも、誰もフレイの言葉を否定しようとはしない。
『会えるのを、待っているね』
 そして、キラは再び嬉しそうな表情を作るとこう言ってくれた。
「当たり前でしょ!」
 フレイもまた、笑顔を浮かべると言葉を返す。
「だからね、ちゃんと元気になっててよ?」
 さらに言葉を重ねればキラはさらに笑みを深める。
『それに関しては、他の連中も注意をする。ただ、問題なのがフラガ氏だがな』
 キラをさらに抱き寄せながら、イザークが苦笑を漏らす。そのセリフを耳にした瞬間、フレイの柳眉がさかだった。
「あの人は! キラにまでセクハラをしているんですか!」
「……さすがは、フラガ少佐……」
 フレイの言葉に、サイも呆れたように呟く。まさか、元の姿をよく知っているフラガが、今のキラにそこまでしているとは予想もしていなかったのだ。
「それだけ……キラが元気になったって事なのかな?」
 だから、フラガも気がゆるんだのだろうか、とサイが呟く。
「……だとは思うけど……でも、フラガ少佐にはラミアス艦長がいるのよ? 何を考えているわけ」
 まさか、恋人の前でそう言うことをしているとは思わないけど……とフレイはため息をつく。
「……でも、少佐だからなぁ……」
 否定出来ない、とサイも天井を仰いでしまった。
『もっとも、それがばれれば、三人がかりでいたぶられているがな。まぁ、最近はそれを楽しんでいる可能性は否定しないぞ』
 苦笑を滲ませた声でイザークがこう言ってくる。彼にそんな表情が出来ると、フレイも知らなかったと言っていい。だが、それもキラが彼の腕の中にいるからだろう、と想像できる。
「でも、ちゃんと守ってよ? キラはすぐに落ち込むから!」
 それで体調を崩したら許さないから、と口にするのは、フレイなりの彼に対する応援だ。
『その役目は、他の誰にも渡す気はないから、安心しろ』
 イザークにもそれがわかったのか。目を細めるとこう言い返してくる。
 それが合図だったのだろうか。
『時間だな』
『フレイもサイも、危ないことはしないでね? アンディさんも、アイシャさんがいないんだから無理をしないでください』
 キラの言葉を最後に通信が終わる。
「……義理とは言え、娘に心配されるのは気持ちが良いものだな」
 暗くなったモニターを眺めながら、バルトフェルドが笑う。その表情のまま、彼はフレイへと視線を向けた。
「こういう事だからね。これから騒がしくなる。君たちもさらに忙しくなるが、がんばってくれるね?」
 この言葉の裏に、自分たちに対する信頼が見え隠れしているのに、フレイも気がつく。それが誇らしいと思えるのもまた事実だ。
「もちろんです。キラががんばっているんですもの。負けていられません」
 フレイがこう言えば、バルトフェルドだけではなくサイも小さくため息をつく。それでも、彼女の意気込みを止めようとはしない。
「では、レセップスにいって医療機器の調子を確認してきてくれるかな? やり方はドクターから教えられたと思うが?」
 その代わりというようにバルトフェルドがこう問いかけてくる。
「はい!」
 自分にも出来ることがある、と言うこともフレイには嬉しかった。
「急がなくてもいい。だが、確実にやってくれ。名目は……レジスタンスの討伐、と言うことで出かけるからね。戦闘もあるが……」
「大丈夫です。キラは……ずっとそこにいたんですし、お義父さんが負けるわけないでしょう?」
 だから、とフレイは言葉を返す。
「バルトフェルド隊が強いって、よく知っています」
 サイもまたこう付け加えれば、彼は嬉しそうに笑った。
「では、その期待に添わなければね」
 早速、計画を煮詰めなければならないね、という言葉を口にした彼に、二人は小さく頷く。そして、入ってきたときとは打って変わった静かな足取りで彼の前を後にしたのだった。


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フレイとキラの、モニター越しの再会です。しかし、フレイはフレイだった、と言うことで。