キラが身支度を整えてラクス達の所へ行こうとしたときだ。メイドの一人がそうっと歩み寄ってくる。 「あの、何か……」 キラは思わずこう問いかけてしまった。 ラクス達と違い、普通の家に育ったキラは、こうして誰かにかしずかれると言うことに未だに慣れずにいる。だが、彼女たちはラクスやシーゲル達にしっかりと言い含められているのだろう。さりげなさを装いつつも世話を焼いてくれるのだ。そのことに、キラがまた萎縮してしまうという悪循環が生まれつつあることもまた事実だった。 しかし、今回は違ったらしい。 「キラ様に、通信が入っておいでです」 彼女は柔らかな微笑みと共に言葉をつづる。 「イザーク様からですが、お出になりますね?」 それに、キラは一瞬信じられないと言うような表情を作った。だが、すぐにしっかりと頷いてみせる。 よほどキラの表情が嬉しそうだったのだろう。目の前の彼女もほほえましいというように口元を和らげる。 「ではこちらへ」 その表情のまま、彼女はキラを通信機が設置されている部屋へと案内をした。 「ごゆっくり。ラクス様にはお伝えしておきますので」 そして、こう言い残すとその場を後にする。その彼女を見送ってから、キラはそうっとイスに腰を下ろした。そして、細い指で端末を操作する。 『遅い!』 ようやく画面に相手の姿が映った、と思った瞬間、こんなセリフがキラの耳に届いた。 「ごめんなさい……」 反射的にキラはモニターに向かってこう言ってしまう。 その声で、ようやくキラが席に着いた、とわかったのか。イザークが視線を向けてきた。 『お前に言ったわけじゃない。すまなかったな。驚かせて』 そして、柔らかな微笑みを口元に刻むと、こう告げる。 『ディアッカのバカが、なかなか出て行かなかっただけだ』 邪魔だから、追い出したがな……と彼は付け加えた。 「いて貰っても……僕はかまわなかったのに……」 ディアッカにもかなり世話になっているし、久々に彼に会うのもいいかな、とキラは告げる。 『それじゃ、俺がいやなんだよ』 ようやく時間が取れたのだから、キラの表情を独り占めしたい、と彼は笑った。その表情に、キラは思わず目元を染めてしまう。 『あぁ、大分元気になったようだな』 そんなキラの表情に満足したのだろうか。イザークはさらに口調を和らげるとこう告げる。 「うん。お医者様も、少しぐらいなら遠出をしてもかまわないっておっしゃってくださったから」 少し、プラント内を見学してみたい、とキラは希望を口にした。この言葉を耳にした瞬間、イザークは小さく頷いてみせる。 『それが良いだろうな。俺が本国にいれば案内してやるんだが……』 それが出来ない理由もキラにはわかっていた。もちろん、イザークも同様である。無意識に瞳を伏せたキラの耳に、 『まぁ、そのあたりはうちの母が無理矢理にでも時間を作って何とかするだろう』 小さな笑いを含んだ彼の言葉が届いた。 「エザリア様は……優しくしてくださるから」 自分なんかにはもったいないくらいに気を遣ってくれる、とキラは彼に告げる。 『母上は、あんな性格だからな。可愛らしいお前が気に入ったのだと。だから、諦めて付き合ってやってくれ』 少しうざったいかもしれないが、という言葉に、キラは小さく首を横に振って見せた。 『遠慮しなくてもいいんだぞ』 キラのその態度が、エザリアに対する気遣いだ、と判断したのだろうか。イザークはまじめな口調でこう言ってくる。 『母上は……時々理性が吹き飛ぶからな』 何か思い当たることがあるのか。イザークは笑みに苦いものを含ませるとこう付け加えた。 「それは……慣れているから」 考えてみれば、キラの母もそして今はいないレノアも、よくそんな態度を見せたのだ。だから、エザリアのあれも普通に流せるのではないか、とキラは思う。もちろん、彼女がキラの体調を考えてくれている、と言う可能性も否定できなかったが。 「それに、何か、ザフトから僕の手伝いに人を寄越してくれるって話もあるし……」 そこまで気を遣って貰わなくても大丈夫なのに、とキラは小首をかしげる。 『……まったく母上も……ニコルから彼の父上に釘を刺して貰わないといけないか?』 キラがおとがめなしでプラントにいるための交換条件だ、と彼は思っているのだろう。眉間に皺を寄せながらこんなセリフを口にする。 だが、キラにしてみればそのくらい、と思うのだ。 少なくとも、彼らの命を守ることに役立つはずだから、と。 本当であれば、彼らと同じように守りたい人々もいた。だが、その人々はもう、キラの手の届かないところに行ってしまったのだ。だから、せめて……と考えてしまう。そのためなら、少しぐらいの無理も厭わないと。 「ニコルさんや……アスランも、元気、なの? アンディさん達が無事で元気なのは、フレイからのメールで聞いているけど……」 その気持ちを振り払うようにキラは問いかけた。 幼なじみの名を口にするとき、一瞬ためらったのは、あの日々の中、彼が行った事をまだ忘れていないからなのか。それとも、目の前の相手が幼なじみを嫌っているからなのか。キラ自身にもよくわからない。 だが、イザークはそれを聞き流してくれた。 『あいつらも含めて、殺しても素直に死ぬような連中じゃないからな。全員無事だ。第一、どの機体も、お前のおかげでこちらの環境に適応し、十全に動ける。そう簡単にやられはしないから、心配するな』 それよりも、そのせいでキラが無理をしていないかどうかの方が不安だ、とイザークは言葉を返している。 『あぁ……ひょっとしたら、近いうちに本国に戻れるかもしれない。その時、ゆっくりとお前を案内する……と言うことも出来るか』 それはそれで楽しそうだ、とイザークは口にする。 「イザーク、さん?」 だが、キラはその言葉に微かに眉を寄せた。 現状で、そんなことが出来るわけはないのだ。ということは、何かがある、ということだろう、という推測はキラにも出来る。 『近々、少し大きな作戦がある。それが終われば、一時的にでも地上での地球軍の動きを止めることができるだろう』 そうなれば、自分たちの力は必要がなくなる。 だから……と彼は笑った。 『それに、俺達の実力はお前が一番よく知っているだろう?』 何も心配することはない、とイザークは付け加える。 「でも……」 『あいつらのことは……一時的に忘れろ。出来れば、俺としても何とかしてやりたい、とは思っているが』 だが、彼らがあくまでも地球軍の一員として戦うのであれば、どうしようもないのだ、と言う言葉も理解できる。 それでも、と思ってしまうのはキラが弱いからだろうか。 『俺達が作戦を成功させ、あいつらが投降してきてさえくれれば、どうとでもしてやれるんだ。だから、そうなることを祈ってやれ』 自分としても、彼らを殺したくはない、と言外に告げるイザークの言葉に、キラは頷く。その気持ちだけでも嬉しい、と思うのだ。 「イザークさん……無事に戻ってきてくださいね」 だから、キラは微笑みと共にこう告げる。 『もちろんだ。それまでに、もう少しでいいから元気になっていてくれ』 イザークは言葉と共にそうっと手を伸ばしてきた。もちろん、実際に触れあうことなど出来ないことはキラにもわかっている。だが、それでもその手に重ねるように、キラもまたモニターに向かって手を伸ばした。 さりげなくラブラブの二人……というわけではないのでしょうが、それなりに関係が進展しているようです。頑張れ、イザーク、ですか。 しかし、彼が今頃何をしているか、ちょっと怖い今日この頃です(^_^; |