「……こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
 アイシャが両腕にワンピースを下げながらこう声を上げる。
「私としては、そちらの蒼い方がよいのではないか、と思いますが?」
 それに、バジルールがこう口にした。
「そうね。ただ、動きにくくないかしら?」
 今日は仕事の予定はないとしても、フラガのことだ。何をしでかすかわからない、とラミアスがため息をつく。
「それは放っておいてもいいでしょ? 元々は自分でしなきゃならない仕事なんだし」
 それをキラちゃんにやらせているのは、あれが怠慢なだけ、とアイシャは言い切る。そのきっぱりとした態度に二人は思わず感嘆のまなざしを向けてしまった。自分たちにはそこまで言い切れないのだ。結局、彼に負けてしまうのがいつものパターンだろう。
「と言うわけで、キラちゃん。これが皆さんのお薦めなんだけど?」
 着替えましょう、と言いながらアイシャが視線を動かす。それにつられたようにバジルール達もキラへと視線を向けた瞬間、苦笑を浮かべてしまった。
「あらあら……疲れていたのね」
 ラミアスが今までとは違い声を潜めてこう囁く。
 それは無理もないであろう。
 気がつけば、キラはシホの膝を枕に眠りについていたのだ。
「すみません。お疲れのようでしたので、強引に……」
 シホが苦笑と共にこう口にした。それに、三人は静かに首を横に振る。
「仕方がないでしょ。キラちゃんに一番優先にして欲しいことは、体調を整えることだもの。眠れるなら、眠って貰った方が良いわ」
 せっかく選んだ服を身につけて貰えないのは残念だけど、とアイシャが微笑む。
「そうね。まぁ、目が覚めてから着てもらえばいいんだし。メイクをして上げられないのだけが残念だけど」
 飾り甲斐がありそうだものね、キラ君は……と彼女は付け加える。その前に、自分の休憩時間は終わってしまうだろうから、とも。
「このまま、何事もないようでしたら、彼女にブリッジに来てもらえばよろしいのではありませんか?」
 そこでメイクをすればいいだろうとバジルールは提案をする。そうすれば、ブリッジのメンバーも久々にキラと話が出来るだろうし、ラミアスのストレスもかなり解消されるのではないか。彼女はそう判断したのだ。
「そうね。そうしましょ。上手く行けば、アンディとも連絡が取れるでしょうし」
 その時にキラがいれば彼も喜ぶはずだ、とアイシャもバジルールの言葉に賛成の意を告げる。
「まぁ、ナタルに怒られないならそれでもかまわないけど」
 それに、ラミアスが苦笑を浮かべた。
「そう言うことで、私はブリッジに戻るわ。キラ君にはゆっくり休んでもらって」
 でも、ちゃんと食事だけは食べさせて欲しい、と口にしながらラミアスは立ち上がる。おそらく、このまま彼女はブリッジに戻るのだろう。
「あぁ、それはナタルも一緒よ?」
 バジルールの予想通り入口の方へと歩き始めたラミアスが、不意に足を止めた。そう思った次の瞬間、彼女は振り向いてこう囁く。
「……気を付けます……」
 それにバジルールは苦笑を返す。それに安心したのだろうか。彼女はさらに笑みを深めると部屋の外へと出て行った。
「さて……では、片づけを手伝ってくれるかしら?」
 そうしたら自分たちも休憩しよう、とアイシャが声をかけてくる。
「そうですね。でなければ、キラ……さんが自分でやると言い出しかねません」
 未だに、キラをどう呼ぶか悩んでしまう。だが、それも慣れるだろう。バジルールはそう考えていた。

「……直接、バナディーヤには行かない方が良い?」
 フラガの言葉に、誰もが目を丸くする。
 キラのことを考えれば、真っ直ぐに向かうべきではないのか。イザークもそう考えていた。しかし、彼がなんの理由もなくそんなことを言い出すはずがない。
「そうおっしゃる理由を、お聞きしてもかまいませんか?」
 納得できる理由であれば、彼に賛同をするのも悪くはないだろう。そう判断して、イザークは彼に問いかけた。
「今のところ、俺達は地球軍の追撃を受けていない。それは、連中が俺達の事を見失っているからだろうな」
 それは、ありがたいことだが、と彼は付け加える。キラの精神にストレスがかからないから、という言葉には、誰も反論の声を上げない。
「ただな。行方を見失った連中が次に執る手段と言えば……待ち伏せじゃないか、と思うんだ。それも、俺達が地球に来てから立ち寄った場所で、だ」
 そして、自分たちが一番長時間いた場所がバナディーヤだ、とフラガは口にする。
「……それは……その可能性は否定できないわね……」
 ラミアスが彼の言葉に同意を示す。
「こうなるとは思っていなかったから……キラ君達のことを除いて正直に答えたてしまったもの……」
 こうなると予想していれば、もう少し別の答えを返したのに……と彼女は眉を寄せる。
「それは仕方がないでしょ? 貴方達の立場であれば」
 違う? と口を挟んだのはアイシャだ。この場で、彼女だけが両軍の上層部がどのような考え方をするのか知っているのだ。その彼女がそう判断したのであれば、自分たちは口を挟めないと言っていいだろう。
「となると……一度、ジブラルタルにでも?」
「それは危険ね。彼らがどうなるかわからないわ」
 ディアッカの言葉を、アイシャはあっさりと否定をする。
「それよりは……そうね。ある程度離れた場所でアンディを呼び出すのがいいかもしれないわね。レセップスを持ってきてもらえれば、かなり有利になるわ」
 そして、他のザフトの隊にも協力をしてもらえれば、さらに安全が確保できるだろう。アイシャはそう告げる。
「それに、どうやら現在も私達には護衛が付いているようだし」
 小さく微笑みながら、アイシャがこう告げた。その事実を知らなかったのだろうか。フラガ達が思いきり眉を寄せる。
「大丈夫。アンディの知人だから。それに、彼らがいてくれると楽よ?」
 今まで攻撃を受けてこないでしょう、とアイシャは彼らを安心させるようにこう言った。
「そうかもしれないが……だけどな……」
 そんな彼女に、フラガが何かを言おうとする。だが、いい言葉が見つからないらしい。すぐにうなり声に変わってしまった。
 それを耳にしながら、アークエンジェルのレーダーに映らない以上、それは海面上にいるわけじゃないな、とイザークは判断をする。そして、あの時期、バルトフェルドから聞いた名前で記憶しているものがあった。
「……モラシム隊ですか? 潜水艦を主体とした隊の」
 もちろん、他にも似たような隊はあるが、バルトフェルドと親しいのは彼だったはず。そう思って、イザークはアイシャに問いかける。
「そうよ。ソナーを使わなければ発見は難しいし、発見できても、海中なら彼らに勝る者たちはそういないわよ」
 だから、安心だわ……と彼女は満足そうに微笑む。
「一番大切なのは、キラちゃんを守ること、でしょう?」
 この言葉には、彼らも異論はない。
「と言うことは……そいつらの応援を期待して、バルトフェルド隊の到着を待つのが無難か」
 もっとも、それがあちらにばれなければいいのだが、とフラガは眉を寄せる。
「それに関しては、アンディに任せましょう?」
 いざとなれば、それこそジブラルタルに応援を求めてもいいのだから、とアイシャは口にする。
「ともかく、無事にアフリカまで辿り着く。それが先決か」
 そうなれば、あちらとの連絡も簡単になるはずだしな、という言葉は自分に言い聞かせているようにも思える。しかし、それしか方法がないだろうと言うことも、事実だった。


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平和ですねぇ、今のところは。それでも、キラはお疲れのようです。このまま何もなければいいのですけどね。それは無理です、はい。