「地球軍の新型か」
 二人の報告を聞き終わったクルーゼは、何かを考え込むかのように言葉を切る。その後に彼が何を言うのか、アスランは不安だった。
「では、我々としては、それらの目をこちらに引き付けなければならない、と言うことだな」
 少しでも、彼らが無事にバルトフェルドの元へ辿り着けるように、とクルーゼは付け加える。
「何故、とお聞きしてもかまいませんでしょうか?」
 キラのことを考えれば、自分の所へ連れてくるのが一番いい。それなのに、何故、わざわざバルトフェルドの元に行かせなければならないのか。アスランはそれが納得できなかった。
「彼女の養父がバルトフェルド隊長だからだよ」
 それに、クルーゼはさらりと言い返す。
「キラ・バルトフェルドの精神状況を考えれば、親しい人々と一緒にいた方が良いだろう、というのが本国の決定だ。そして、既にバルトフェルド隊の者たちが彼女たちに接触、合流を果たしているという。ならば、我々は側面からバックアップをするべきではないかね?」
 クルーゼの言葉は確かに正しいように思える。しかし、ともアスランは心の中で呟く。
「ですが、キラの体を考えれば、医療設備が整っているこの基地の方が安全ではないかと」
「それも検討されたのだがな。レセップスにはこの基地にあるものより高度な医療設備が整っているのだよ。彼女が、本国へ行く前に用意されたものが、ね」
 それに、専門の医師がかの地にはいるのだ、と。
 ここまで周到に用意されていたのか、とアスランは唇を咬む。もちろん、それを行った相手が誰かなど、想像も付いていたが。
「問題なのはただ一つ。地球軍も彼女の身柄を確保したい、と考えているらしいことなのだよ」
 その理由は言わなくてもわかるだろう、とクルーゼは二人に声をかけてくる。
「あちらには、バルトフェルド隊の者たちの他にイザークとディアッカ、それに本国で彼女の護衛に付いていたパイロットがいる。だから、心配はいらない、と思いたいのだが……君たちが戦った相手であればそうも言っていられまい」
 彼らだけでは防ぎようがないかもしれない、とクルーゼは呟く。
「でしたら、応援の部隊を向かわせればいいのではありませんか?」
 潜水艦部隊なり艦隊なり、とニコルが口を挟む。
「でしたら、その隊に私を!」
 アスランもニコルの言葉が渡りに船、とばかりにこう告げる。
「残念だが、その方が発見される可能性が大きくなる。モラシム隊が既にバックアップに向かっている以上、君たちを派遣することも出来ない」
 だから、諦めるのだな……と付け加えると、クルーゼは手元の書類に視線を落とした。それが、これ以上自分たちと話をするつもりはない、という意思表示だ、と言うことはアスランにもわかっている。そして、こういう態度を取ったときの彼は自分の考えを翻すつもりもないことも、だ。
「……失礼します……」
 気に入らない、という態度を隠すことなく、アスランはこう告げる。そして、クルーゼの前を後にした。
 もちろん、ニコルも一緒に、だ。
「……あいつらさえ現れなければ……」
 彼の存在を気にすることなく、アスランはこう呟く。
「そうですね。しかし、あれらが出てきた以上、隊長のお言葉も納得するしかありませんね」
 あれらキラにとって危険だ、とニコルは口にする。その考えは間違っていないだろう。確かに、あれらがキラの側に行けば、彼女が黙っていられるわけがないのだ。
「あれらか……そうだな、この前の礼もしなければならないか」
 そして、自分がキラの側に行けなくなった鬱憤も引き受けて貰わなければならない。
「今度は、ただですむと思うなよ」
 アスランは顔も知らぬ相手に向かってこう宣言をした。

「……少佐、確認をお願いします……」
 艦内で、一番身近に感じられる場所……というわけではないが、ストライクのコクピットの中は何故か安心できる。キラはそう思っていた。
 しかし、ここは既に自分の場所ではない、と言うこともわかっている。
 この場には、フラガの存在が色濃くにじみ出ているのだ。
 そんなことを考えながら、キラは外で待っているフラガに声をかける。
「出来たか? 悪いな」
 すぐにフラガが顔を出す。そして、身を乗り出すとキラが書き上げたプログラムを確認しようとした。だが、すぐにそれを投げ出す。
「お前が作ってくれたんなら、大丈夫だろうな。あとは……実際に動かしてみて、おかしいようだったら修正を頼む」
 この一言があまりに彼らしくて、キラは苦笑を浮かべた。
「本当に少佐は……」
 どうやら、隣にいたマードックも同じ結論に達したらしい。小さくため息をついているのがキラの耳に届く。
「まぁ、それならそれで、動かして貰いましょうぜ。と言うわけで、キラ。お前さんはその間休憩しておいてくれ」
 でなければ、自分が怒られる……とマードックは付け加える。
「わかりました、曹長」
 そこまではないと思うのだが、と心の中で呟きながら、キラはシートから立ち上がった。そして、コクピットを出ようとする。そんな彼女の体をフラガが軽々と持ち上げた。
「少佐!」
 いったい何を、と問いかけるよりも早く、キラの体はキャットウォークの上へと下ろされた。
「もう少し、重くなってもいいな、お前さんは」
 にやり、とフラガが笑う。
「それと……俺達は地球軍から離脱したんだ。何時までも階級で呼ぶんじゃないって」
 名前で呼べ、名前で……と言われてキラは小首をかしげる。フラガの言葉はもっともなものだし、そうするべきなのだ、と言うことも理解は出来るのだが、なんと呼べばいいのかと言われるとわからないのだ。
「と言うわけで、考えておけよ」
 そんなキラの困惑を、表情から読みとったのだろう。フラガは苦笑混じりに彼女の頭に手を置く。そして伸びてきた髪を遠慮なくかき乱した。
「キラさん、終わりましたか?」
 どうやら、その仕草でキラをこの場から連れ出しても大丈夫だ、と判断したのだろう。シホがデュエルから離れて歩み寄ってくる。どうやら、彼女たちの間でも機体の入れ替えがあったらしいのだ。
「俺がチェックをして、何もなければ終わりだ。その間、控え室で待っててくれ」
 でなければ、食堂に行っていてくれても良いぞ、とキラの代わりにフラガが告げる。
「了解しました。では、食堂に」
 キラに少しでも食べさせなければならないから、とシホは付け加えた。
「そりゃ、最優先だな。ちゃんと喰ってこい」
 二人とも、キラの食が細いことをよく知っている。だから、まじめな口調でこう言ってきた。
「そうだな。シホ嬢ちゃんがOKを出すまでは、デッキに出入り禁止にしておくか」
 何があっても、とマードックがさらに付け加える。
「……そんな……」
「そうしてください。その代わり、私に出来ることでしたらお手伝い致しますので」
 キラが反論をするよりも早くシホが彼らにこう言い切った。
「その間、キラさんにはアイシャさんについていていただけばよろしいでしょうし」
「だな。デイビスなら大丈夫だ」
 彼女の言葉に頷き返しながら、フラガも同意を見せる。本当に、いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか、とキラは頭を抱えたくなってしまった。
「と言うわけで、がんばって喰ってきな」
 そんなキラの頭を、フラガはまた撫でる。そして、自分はストライクのコクピットへと姿を消す。
「行きましょう、キラさん」
 彼の姿を見送っていたキラの肩を叩くと、シホがこう声をかけてきた。
「でないと、ドクターとアイシャさんに報告をすることになりますよ」
 この脅し文句に屈したわけではないが、キラは小さく頷く。そしてシホに促されるまま歩き出した。


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キラにフラガ達を名前で呼ばせるための布石、でしょうか。これで、次からはムウさんかな? フラガのやに下がる様子が想像できそうで怖いです(苦笑)