アイシャのすらりっとした姿がデッキに降り立つ。その瞬間、周囲からどよめきとも何ともつかない声があがった。だが、それも彼女にしてみれば慣れたものだ。だから、平然と微笑みを浮かべたままでいた。 「さて……と」 誰か、顔見知りの者がいないだろうか、とアイシャは周囲を見回す。そうすれば、深紅のパイロットスーツが目に飛び込んできた。 「ディアッカ君! キラちゃんは、どこかしら?」 笑みを浮かべながら、アイシャは彼に声をかける。 「キラなら……プラントから付いてきたお嬢ちゃんと一緒にシャワー浴びてますぜ。副長が見張りで付いてますし……声をかけましょうか?」 だが、言葉を返してきたのは別の相手だった。しかし、その声に、アイシャはさらに笑みを深める。 「当たり前でしょ、マードック。ついでに、誰かに声をかけてあれに積んできた医療機器を下ろす手伝いをしてくれない?」 それがあれば、安全圏に着くまでの間に、キラに何があっても対処できるから、と彼女が付け加えた瞬間だ。興味津々と言った様子で彼女を遠巻きにしていた者たちが、一斉に高速艇のデッキへと向かっていく。 「……人手は、あれで足りますかい?」 苦笑と共にマードックがこう問いかけてくる。 「整備陣は、無条件でキラの味方ですんでな。体力勝負な事なら、無条件ですぜ」 だから、必要があれば声をかければいい。彼は言外にそう告げる。 「あら。そんなことを言うなら、本気であてにするわよ?」 他にもあれやこれや、とアイシャは声をかけて笑った。 「お待たせしました。あれについては……後でこちらの方々と協議をして置き場所を確保させて頂いた方が良さそうですな」 応急的に使用が出来るようにしてきたが、と口にしながら軍医が歩み寄ってくる。 「そうしてください。あぁ、こちらですぜ。少佐が戻っていらっしゃる前に、二人ともパイロット控え室に入って頂いた方が良さそうですし」 でないと、あれを抑えておくのが厄介だ……とマードックが笑う。 「相変わらずなのね、あの男は」 キラが相手であれば、彼女が男の子だった頃も平気でセクハラをしていたのだろう、とアイシャが口にした。その瞬間、周囲の者たちが一斉に頷くあたり、実際にそうだったのだろう。 「……すげぇ……」 もう、口が挟めません……とディアッカが呟く。 「それは……鬼姫ですから、相手は……」 諦めましょう、と整備兵の一人が言葉を返している。と言うことは、まだ他にも顔見知りの相手がいるらしい、とアイシャは推測をした。 「じゃ、案内してくれる? 他にも、責任者の一人がいてくれるなら、こちらとしても話がしやすいわ」 アンディからもあれこれ許可を貰ってきたし、と言いながらアイシャはマードックに視線を向ける。 「こっちですぜ」 そうすれば、彼はアイシャと軍医を案内するように歩き出す。その後ろをディアッカも付いてきた。他の者たちは、この場で待機をすることにしたらしい。 「あぁ。お客さん達になんかドリンクでも用意しな。お前らも一緒に休憩して良いぞ」 ふっと何かを思いついた、と言うようにマードックは部下達にこう告げる。 その瞬間、即座に行動を開始した者がいた、と言うことは渡りに船のセリフだったのだろうか。アイシャがそう考えたときだ。 「おっさん、どうしたわけ?」 笑い声と共にディアッカが彼に問いかける声が耳に届く。 「状況次第では、一緒に動くことになるんだ。それに、あいつらはコーディネイターに偏見はないが、あちらさんがそうだ、とは限らないだろう? キラのためにも仲がいい方がいいんじゃねぇのか?」 どうせ、自分たちはもう地球軍には戻らない覚悟なんだし、と告げる彼に、アイシャは唇の端を持ち上げた。 「大丈夫よ。彼らもフレイちゃんと仲がいいの。だから、ナチュラルだからって、偏見を持っていないわヨ」 だから、安心して良いとアイシャが彼に告げる。 「フレイ嬢ちゃんですか。なら、大丈夫ですな」 マードックが満足そうに頷いた。 「あの子、変わったわよ。だから、ここにいたときのように考えちゃ、ダメ」 本当にいい子になったから……とアイシャが笑ったときだ。どうやら目的地に着いたらしい。マードックが壁に付けられた端末に手を伸ばした。 「マードックです。砂漠からキラにお客ですぜ」 開けてもらえないか、と彼は付け加える。それに、内部から一言二言返されたのだろう。 「少佐はまだブリッジです。ですから、今のうち、でしょうな」 駆けつける前に部屋の中に入れてロックをすれば大丈夫だろう、とマードックは苦笑を隠さずに告げた。 その言葉を信じたのか。彼の前のドアが開く。次の瞬間現れたのは、生真面目そうな黒髪の女性だった。彼女がおそらく《バジルール中尉》だろうと、アイシャは見当を付ける。 「では、どうぞ。ただ、男性は……」 「心配いらないわ。彼は、地球でのキラちゃんの主治医だもの。メディカルチェックをさせて欲しいの」 そう言って微笑めば、相手は小さく頷く。 「では、どうぞ。そろそろ着替えを終えて出てくると思いますので」 そして、体をずらして、アイシャ達を中に誘う。 「曹長?」 何かを確認するように、彼女はマードックに声をかけた。 「わかってます。少佐が戻ってきたら、体を張ってでも食い止めときますって」 苦笑混じりに頷くと、マードックはディアッカを促してその場を後にする。それを確認してから、彼女は再びドアをロックした。 「初めてお会いします。ナタル・バジルールともうします」 それから、二人の方へ向き直ると、彼女は自己紹介の言葉を口にする。 「はじめまして。と言っても、私は貴方のお話をキラちゃんとフレイちゃんからよく聞かされていたおかげで、初対面とは思えないのだけど」 アイシャはそんなバジルールに微笑みを向けた。 「二人の言葉通り、信頼できる人のようね、貴方は」 この言葉に、彼女は一瞬驚いたように目を丸くする。 「自分は……その……」 そして、何かを言い返そうとするのだろうが、上手く言葉にならないようだ。そんなところも好ましいかもしれない、とアイシャが心の中で呟いたときである。 「……アイシャさん?」 おそらく、借り物なのだろう。大きめの地球軍のアンダーに身を包んだキラが姿を現す。そして、その斜め後ろを、同じような服装に身を包んだ女性が付いてくる。 「キラちゃん、会いに来たわよ」 ドクターと一緒にね、と付け加えればキラは小首をかしげた。 「でも、ここはバナディーヤから遠いのに……」 言葉と共に彼女の髪の毛の先から、水滴がこぼれ落ちる。 「気にしないの。同じ地球にいるんだもの。プラントよりは近いわ」 答えを返しながら、アイシャはすぐにでも乾かしてやらないと、と考えた。だが、それよりも早くバジルールが動く。 「キラ・ヤマト! 髪の毛はきちんと乾かせ、といつも言っているだろうが!」 そこに座れ、と付け加えた彼女の手には、しっかりとタオルとドライヤーが握られている。その事実に、アイシャだけではなく他の者の口元にも微笑みが浮かんだ。 どうしてもナタルさんにキラの髪の毛を乾かさせたかったと(^_^; 無理矢理そのシーンを入れました。この後、キラがどうなったのかはご想像にお任せします(苦笑) |