エザリアからの通信を受けたのは、自宅へ向かうエレカの中でだった。それに関しては、お互い何も言わない。相手が忙しいことを、どちらも知っているからだ。
「わかりましたわ。お待ちしております、とお伝えくださいませ」
 微笑みと共にラクスは言葉を口にする。
「ですが、私が気に入らなければ追い返させて頂くかもしれませんわよ?」
 そして、こう付け加えたときだ。
『その可能性は少ないと思うがな』
 モニターの中で、エザリアが苦笑と共にこう言い返す。
『私だけではなく、アイリーンも気に入ったのだ。信頼になる人物だと思うぞ』
 そして、さらにこう言葉を重ねてきた。
「そう希望しますわ、私も。これから、少し、忙しくなりそうですの」
 不本意ではあるが、それが自分の役目である以上、仕方がない。ラクスはそう思う。今までキラの側にいる時間が、これだけ長く取れたことがイレギュラーなのだ。
『すまないな、ラクス・クライン。さすがにここまで戦況が降着してしまえば……民衆の気持ちをいやしてくれる存在がどうしても必要なのだよ』
 そして、その役目は《歌姫》であるラクスにしかできないことだ、とエザリアが付け加えた。
「わかっております。あぁ、お時間が取れるようでしたら、エザリア様もキラに会いに来てくださいませ。私がいなくても、キラは喜びますわ。イザーク様のお話をお聞きするのを楽しみにしているようですの」
 こう言い返せば、エザリアもまた笑みを返す。
『近いうちにぜひ。もっとも、彼女の体調が良さそうであれば、の話だが』
 最後の一言が、今のキラにとっては最優先すべきだ、ということは彼女たちの間で共通の認識だった。
「それに関しても、ご連絡致しますわ。丁度、今日は診察の日ですから」
 ラクスがこう言ったときだ。彼女を乗せたエレカがクライン邸へと到着をする。
「では、エザリア様。今日はこの辺で」
 言外にそれを伝えれば、
『かまわないよ。キラによろしくな』
 エザリアもまた気軽に言葉を返してきた。そのまま通話が終了する。あるいは、本の等に時間がないのかもしれない。それでも自ら連絡をしてきたエザリアに、ラクスは微笑みを満足そうなものへと変化させた。
「エザリア様も、キラが大好きですものね」
 だから、安心していられるのだが、と口の中で呟きながら、ラクスは滑るようにエレカを降りる。
「お帰り、ラクス」
 その瞬間、彼女の耳にようやくなじんできた声が届く。
「ただいま、キラ。どうなさないましたの?」
 わざわざ出迎えて頂かなくてもよろしかったのに……と付け加えながらも、ラクスは喜びを隠さない。そのまま、キラの頬に軽くキスを送った。
「だって、ラクスが帰ってきたのが丁度見えたから……」
 キラもまたラクスの頬にキスを返しながらこう口にする。だが、その言葉にためらいが見られるのは気のせいではないだろう。
「怒っているのではありませんわ。おどろいただけですの」
 だから気にせずにと微笑みを向けながらラクスはキラの腕を取る。
「でも、風に当たっているとお体に悪いですわ。とりあえず中へ」
 今日の仕事は終わったから、ゆっくりと話をしよう、と言いながら、ラクスは彼女を建物の中へと誘導していく。
「……僕は……」
 そんなに、とキラは視線を伏せる。
「それに、私が疲れておりますの。付き合ってくださいますでしょう?」
 キラがまた自己嫌悪に陥る前に、とラクスはさりげなくこう口にした。
「あ、ゴメン……ラクス、お仕事で疲れていたんだよね」
 言葉と共に、キラは慌てて歩き出す。そんな彼女の態度に、ラクスはこっそりと微笑みを浮かべる。
「急がなくてもよろしいですわ。メイド達がお茶の支度をしているはずですから」
 それに間に合えばよろしいのだ、とラクスは言葉をかけた。だから、一緒に行こうと。そうすれば、キラは微笑みを返してくれた。

 キラがドクターの診察を受けに行ってすぐのことだ。ラクスの元にザフトからシホ・ハーネンフースという女性が派遣されてきたと伝えられたのは。
 そして、メイドによって彼女が案内されてきた。
「ようこそ」
 微笑みを浮かべながらも、ラクスは冷静に相手を観察していた。
 エザリアとアイリーンの人選である以上、心配はいらないとは思う。だが、キラの立場を考えれば念には念を入れたいと思うのだ。
「シホ・ハーネンフースともうします。お目にかかれて光栄です、ラクス・クライン」
 ザフト式の敬礼を一分の隙もなく作った彼女は、イザークやアスランと同じ深紅の軍服を身にまとっている。それだけでも、かなりの実力の持ち主なのだ、と言うことはわかった。だから、キラの希望を叶えるには十分だろうとラクスは思う。
 しかし、それだけではいけない。
 パイロットとしての実力よりも重要なものがあるのだ。
「……キラは今、診察中ですの。しばらく、私におつき合いくださいな」
 ラクスは微笑みを深めるとこう告げる。その瞬間、シホは微かに眉を寄せた。
「……体調が?」
 どうやら、キラの体についても知らされているらしい。そして、それに関しては同情に近い感覚を持っているのだろう、彼女は。
「いいえ。ただの定期検診ですわ。キラの体がどのような状況にあるかは、ご存じでしょう?」
 些細なことでも、キラには重大な――そして最悪な――状況を引き起こすきっかけになりかねないのだ。それを考えれば、慎重にならざるを得ない。ラクスは言外にそう告げる。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
 それを的確に受け止めたのだろう。シホはきっぱりとした口調でこう告げる。
「……まずはお座りくださいな」
 彼女の洞察力もまた合格ラインだ。そう思いながら、ラクスは彼女に座るように促した。そんな彼女の側にメイドが一人歩み寄ってくる。
「キラ様の診察が、後少しで終わるとのことですが……報告をお聞きになりますか、と、ドクターが」
 どうやら、ドクターから確かめてくるようにと言われてきたらしい。
 ラクスは一瞬『別室で……』と言いかけてやめる。彼女にも聞いて貰えばいいのではないかと思ったのだ。
「ここでかまいませんわ」
 答えと共にラクスはシホに視線を向ける。
「私も……その方の護衛に付かせて頂く以上、お聞きしておいた方がよろしいかと考えます。同席をお許しいただければ、の話ですが」
 シホは生真面目な表情を崩さずに言葉を口にした。
「だ、そうですわ。ドクターはこちらに。キラに関しては、ゆっくりと身支度を整えるようにと伝えてくださいな」
 疲れているようであれば、そのまま部屋で休んでいるように、とラクスは付け加える。その言葉に頷くと、メイドは応接間から出て行く。
「では、お茶にしましょう」
 それを見送ると、ラクスは微笑みながらこう言った。


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シホさんの第二関門ですね。ラクスは手強いのですが……この調子だと大丈夫そうです。
しかし、キラは何処だ(^_^;