キラとイザークは艦長室に。他の二人は自分の機体へ、と戻っていったのは正しい判断だと言えるだろう。
「信用してくれ、と言われても、今の状況は難しいだろうしな」
 少なくとも、キラと共にプラントから来たというあの少女には、とブリーフィングルームのロックを外しながらフラガは呟く。
「金髪の坊主が戻ったのは、ある意味牽制だろうし」
「そうなの?」
 フラガの呟きをしっかりと聞き取ったのだろう。ラミアスがこう問いかけてきた。
「あぁ。何かあったら、まずは自分が動く。だから、迂闊なことをするなって意味の牽制。それも、俺らを信頼していてくれるからなのかもしれないが……」
 自分たちが《キラ》を傷つけないと。
「だからこそ、これからの決断は慎重にしないといけないんだろうが……」
 本当にため息しか出てこない、とフラガは思う。
 自分一人であれば簡単なのだ。あるいは、守るべきものがキラの他にラミアス一人であれば、だ。二人を連れ、ストライクを持ってさっさとお坊ちゃん達と一緒に行く。後のことは彼らが良きに計らってくれるだろう。そう思えるだけの信頼感を、フラガも彼らに抱いていた。
 しかし、今の自分たちには、この艦に乗っている全ての者たちに対する責任がある。
「そうですね」
 ラミアスもまた同じ思いを抱いているのだろう。小さく頷いている。
「地球軍に戻れるか、というと……今の私達では、心の中に芽生えてしまったものが邪魔をします。だからといって、ザフトに投降することも難しいでしょう」
 普通であれば、自分たちをどう処分するかなんて分かり切っているのだ。
「……ですが……」
 ふっと口調を変えると、ラミアスはおずおずと言葉をつづり始める。
「敵でも、信じられる……と思える相手であれば投降することもやぶさかではない、と思いますが」
 それが誰のことを指しているのか。フラガも一瞬、判断つきかねた。だが、思い当たる相手がいないわけではない。
「ここからだと、かなり遠いと思うが?」
 かまをかけるようにこう言えば、
「ですが、それが一番良い方法だと思いますが?」
 と微笑み返してくる。
「もっとも、みながそれでいいと言ってくれれば、ですが」
 でなければ、アークエンジェルを航行するのは難しいだろう、と言外に彼女は付け加えた。
「いっそ、これを置いていくって選択肢もあるが……現実問題として不可能だしな」
 さて、どうするか……と言いながら、フラガは周囲を見回す。
「本当……守らなきゃない人間が多いって言うのは、大変だよな」
 そして、全ての者が納得できる結論を出すとなると……とフラガはため息をつく。答えは、まだしばらく見つけられないようだった。

 バスターのハッチに腰をかけながら、ディアッカはMSデッキを走り回っている整備兵達を見下ろしていた。
「……よろしいですか?」
 そんな彼の耳に、シホの声が届く。
「なんだ?」
 同じ《紅》をまとっているとは言え、ディアッカ達の方が一期早く、アカデミーを卒業している。その関係で、彼らの方が彼女よりも立場が上だと言うことになっていた。そのせいか、彼女は二人には敬語を使っている。それが気に入らないと思いつつ、ディアッカは言葉を返した。
「キラさんは……この艦で、無理矢理、協力をさせられていたと、聞いていたのですが……」
 本当にそうだったのだろうか、と言外に彼女は付け加えている。
 その認識力はたいしたものだ、とディアッカは微かに微笑む。
「最初はそうだったらしいぞ。この艦には、ヘリオポリスの難民が多数乗っていたらしい。俺達がこいつらを奪取するために行った作戦で、本来の乗組員やパイロットを失って……その上、俺達に追撃されていたんだ。連中が強要したとしても、当然と言えば当然の行動なんだろうな」
 もっとも、それは地球軍の理屈で、コーディネイターであり、なおかつ本来は中立であるオーブの民だったキラには関係のない話だったはずだが。
 それでも、だ。
 いや、それだからこそ、フラガ達はキラに対し注意深く接したのだろう。
 キラがコーディネイターだからと言って、孤立しないように。追いつめられないように、と。
 だが、その配慮も、一部の者たち――あんなにキラに献身的だったフレイも含めて、だ――が台無しにしたらしいが。
「ただ、お前も付き合ってわかったと思うが……キラは、一度心を開いた相手を見捨てられないんだよな」
 そして、ほんの少しでも好意を向けてくれた相手を……とディアッカは呟く。
「そして、ここにはキラがコーディネイターでも関係なく、大切にしていた相手もいる。だから、あいつは苦しんだろうな」
 片方を切り捨てることも、彼らを見捨てることも出来ずに、だ。
「……そうですね……私は……」
 シホは言葉を探すかのように一度唇を咬む。だが、再び口を開いた。
「私は、もっと、侮蔑や偏見のまなざしを向けられるものだ、と思っていました。ここでは」
 しかし、そんなことは全くない。むしろ、親しみすら感じさせる者がいる、という事実に驚いたのだ、とシホは付け加える。
「それもこれも、キラが傷つきながらも壁を壊してきたからだろうな」
 真摯な態度で、と言えば、シホも想像できたのだろうか。小さく頷いていた。
「だから、かな。あいつらはキラを守るために動いたし、キラもあいつらを未だに大切に思っている。俺達も……そんな連中を見ていたからこそ、信用してもいいかなって思っている」
 そう言うことだ、と話を締めくくったときだ。
「お二人さん、いいか?」
 二人に向かって声をかけてくる者がいた。誰か、と思って確認をすれば、マードック、という名の整備班のチーフだとわかる。
「どうかしたのか?」
 気軽に声をかけながら手を振れば、彼は安心したかのようにキャットウォークを歩み寄ってくる。その手には、ドリンクらしきものが握られていた。
「……職業意識、と言うことで、必要なければ聞き流してもらってもかまわねぇんだが……これと、デュエルだけでも整備させてくれないか、と思ってな」
 こう言いながら、彼は二人に向かってカップを手渡す。そして、まずは自分用のカップにボトルの中身を注ぎ、そのままそれをディアッカに差し出してきた。それは毒など入っていない、というアピールだろう。
「いいのか? 俺達はまだ《敵》だと思うんだが」
 地球軍にばれたら降格どころではすまないだろう、とディアッカは言い返す。
「まぁな。ただ、俺達としては……どこに行くにせよ、地球軍には戻れねぇ、と思っている」
 グラスの中身に口を付けながら、マードックは言葉を返してきた。
「下手に戻れば、また、キラをおびき出すための餌にされるだろうしなぁ……それでなくても、サイクプロス…とかってのの餌食にされかけたんだ。不信感が育ったとしても不思議じゃねぇだろう?」
「……気持ちは、わかるな?」
「他の部署の連中はどうかしらねぇが、少なくとも、俺達はキラの味方だ、と思っている。あいつがようやく笑ってくれるようになったときは、本当に嬉しかったしなぁ」
 気がつけば、キラはほとんどここにいたのだ、と彼は付け加えた。それが、自分たちが追い込んだ結果だとしても、少なくとも、ここなら安心できると思ってくれたのだろうと。
「それに……元はと言えば、これは俺が整備をするはずの機体だしなぁ」
 だから、と彼は唇を歪ませた。
「どうなるにせよ、あんたらとキラが一緒に行くのはわかっている。だから、だよ」
 たとえ自分たちと別れても、キラが無事でいられるようにしたいのだ、と彼は付け加える。その気持ちに偽りは感じられない。
「……変なことをしたら、遠慮なく撃つぞ?」
 それでもいいなら頼む、とディアッカは笑う。もちろん、そうなることはないだろうと思ってのことだ。
「当然だろう?」
 かまわない、といいながら彼は手の中のグラスを空にする。
「じゃ、まずはデュエルからいじらせて貰おうか」
 しっかりと見張っていてくれ、と言い残すと、彼はその場を後にした。
「わからなくなりますね」
 それを見送りながら、シホが呟く。
「誰が敵で、誰が味方なのか……」
「そうだな……だが、今何を優先すべきなのかはわかっているがな」
 それにディアッカはため息と共に答えを返す。
「キラを守ること。それだけだ」
 これには、彼女もしっかりと頷いて見せた。


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誰も、イザークがキラと同じ部屋にいるという事実に不安を持っていないのは何故?