周囲をはばかるかのように、アークエンジェルは島影へと移動をしていく。 その間、船体の上にはストライクとザフト側の三機がにらみ合うような形で立ちすくんでいた。その中の一機――バスターの肩に付けらている銃口の方向がブリッジに向けられたままだったのも、誰かに見とがめられた場合を考えてのことだろうか。 「キラが、どうしたんだ?」 ストライクとデュエル、それにバスターは元々同時期に開発された機体だ。だから、通信が可能だとも言える。それがありがたいと思いつつ、フラガは問いかけた。 『プラント本国から、あれできたんだと。いくら最近は落ち着いていたとは言え、負担がでかかったんだろう』 言葉を返してきたのはディアッカの方だ。 イザークは、と思えば、デュエルからフリーダムのコクピットへと移動していた。そして、中から慎重に誰かの体を移動させている。 「キラ!」 青白い額に見慣れた亜麻色の髪が張り付いているのがわかった。印象的な菫色の瞳はまぶたで覆われている。それでも、イザークの腕の中にいる存在が誰かなんて確かめなくてもわかるだろう。 同時に、その力を失った姿はフラガの不安を煽るのだ。彼が、あの日々を目の当たりにしたが故に。 「……ったく……」 あのバカ、とフラガは思わず呟いてしまう。 『そのおかげで、俺らもあんたらも助かったんだからさ。そう言ってくれるなって』 だが、しっかりとそれはマイクに拾われていたらしい。苦笑を滲ませた声でディアッカが言い返してきた。 「それもわかってはいるんだが……気にかかることがあってな……」 そう。 先ほどから引っかかっていた、ものが何かのか、フラガはようやく思い当たった。 「あれの威力は基地から半径十キロ以内でなければ影響がない」 そして、自分たちはザフトに対する捨て駒、としてあの場にいたはずなのに、とフラガは思う。 『おっさん?』 どうかしたのか、とディアッカが問いかけてくる。 「俺達にはな。基地から十キロ圏内にはいるな、と命令されていたんだよ」 あるいは、自分たちは餌は餌でも、ザフトに対するものではなかったのかもしれない。 もっと遠くにいた、捕まえにくい存在。 そして、地球軍にしてみれば、のどから手が出るほど欲しと考えられる存在。 それをおびき出すための撒き餌、だったのではないだろうか。 「ひょっとして、キラをおびき出すために使われたのか、俺達は……」 『……それって、笑えねぇ冗談だよな』 ディアッカの声から苦笑が消えていく。その代わりに彼の声には真剣さがにじみ出し始めていた。 『姫の性格を知っていれば、それも十分あり得るって事かよ』 だが、そのためにフラガをはじめとする者たちを捨て駒として使おうとするのか。彼の言葉の裏にはこんなセリフも見え隠れしていた。 「俺程度のパイロットなら……まだいるからな。それでも、完全に捨てる気にはならなかったって事か」 もし、自分達がこの世から消えれば、キラをおびき出す餌がなくなるからな、とフラガは付け加える。 「どちらにしても、いったんどこかに落ち着いてから、ゆっくりと話し合った方が良いかもしれねぇな。俺達の今後についても含めて」 それに対する言葉は、どこからも返ってこなかった。 「……イザークとディアッカ、それにあのMSに乗り込んでいたらしいパイロットが、まだ帰還していない、か」 報告を受けたクルーゼは、小さくため息をつく。 「あるいは、自力で帰還が出来なかったのかもしれません。捜索を!」 そんな彼に苛立ちを隠せない、という様子でアスランが叫ぶ。 「落ち着きたまえ、アスラン・ザラ」 彼らの間に何かあったのか。全てではないが、クルーゼも一応聞き及んでいた。だが、それを公言しなかったのは、ラクス・クラインをはじめとしたものからの要請だった、というだけではない。だが、それを目の前の彼らに告げる必要はないだろう、とクルーゼは思う。 「我々にしても、被害は甚大なのだよ。彼女の呼びかけがあったからこそ、生き残れた者たちも多い。それは否定できない」 でなければ、もっと、被害が大きくなっていたことは簡単に予想できることだ、と言外に付け加えた。 「なら、どうして!」 すぐにでも捜索隊が出ないのか、と彼はさらに詰め寄ってくる。 「では、逆に聞こう。もし、この状態で我々が捜索に出て、そこに地球軍が攻撃をしてきたらどうなるのかね?」 今回のことは全て仕組まれたことではない、と言いきれないのだぞ、とクルーゼは口にした。その場合、現状の兵力では持ちこたえられない、とも。 「あるいは、単に状況を確認し、安全だと判断できるまで身を潜めているだけかもしれない。イザークとディアッカがあの機体に近づいていったことは確認できているのだ。彼らがそう判断をした、としてもおかしくはないのではないかね?」 そして、自力で戻ってくれるようになるか、あるいは、こちらの体制が整うのを待っているのかもしれない。クルーゼはそう告げる。 「ですが、キラの体は……」 「なら、余計に体勢をきちんと整える必要があるのではないかな?」 安全に彼女を保護して来るには、とクルーゼはアスランを見つめた。 「ここで騒いでいる時間があるのであれば、君たちもそのために準備をしてきたまえ」 イージスとブリッツ。この二機が戦闘に耐えられると判断すれば、捜索に出すことはやぶさかではないのだから、とも。 だが、アスランはこの言葉にも納得できないらしい。普段のあの優等生ぶりはどこに行ったのか、と言いたくなる表情を作っていた。 「……アスラン……隊長のお言葉はもっともなものだと……」 そんな彼をなだめるかのようにニコルが声をかけている。 「……失礼します……」 彼にまでこう言われてしまえば、自分一人ではどうしようもない……と判断したのか。それでも忌々しさを隠しきれない、という様子でアスランはこう告げる。そして、敬礼を造ると、そのままクルーゼの前を後にした。 「若いな」 その後ろ姿がドアの向こうに消えたところで、クルーゼは苦笑と共にこう呟く。 「その若さが、たまに憎らしくもなるよ」 ただ一つの目的以外、視界から切り捨てられる若さゆえの潔さが。 だが、とも思う。クルーゼにしても、あの場から行方不明になった《キラ》の存在が気にかかっていないわけではないのだ。 キラの存在を見捨てた場合、兵士達の志気にも関わるだろう。 それ以上に、クルーゼがこだわりたい点があった。 彼の前に据えられているモニターに映し出されているのは、本来であれば隠されているはずのキラのプロフィールだった。しかも、キラ自身も知らない部分まで記されているそれは、本来、オーブの奥深くに。 「そうか……彼女はあの人の子供の一人か……ならば、約束を果たさなければならないだろうな」 自分の存在が、今、こうしていられるのはそのおかげなのだから、と。 「……問題は、彼らが今、何処にいるのか、か」 それもすぐにわかるだろうが。 「あちらにしても不本意かもしれぬが、付き合って貰うとするか」 少なくとも、ただ一人の存在を守りたい、という点で共通しているとわかれば、彼にしても『嫌だ』とは言わないだろう。どんなに彼が自分を嫌っているとしてもだ。 「その表情を見るだけで、多少は溜飲が下がるかな」 今回のことに対する、と言葉を口にしながら、クルーゼは端末へと手を伸ばす。そして、通信回線をつなぐための指示を出した。 フラガ達とも合流です。しかし、今回はフラガさんとディアッカの会話ですね。 そして、とうとう仮面も出てきましたよ(^_^; |