時間は少しさかのぼる。
 アイリーンと会話を交わしていたはずのモニターに、唐突にデーターが表示される。何を、と思いながら、内容を確認して、ラクスは驚愕に目を見開いた。
 いや、彼女だけではない。  アイリーンも同様だった。
「キラ!」
 慌てて、同じ部屋にいたはずの彼女の名を呼ぶ。しかし、いつの間にかその姿はない。
『……我々の話を聞いて、彼女は……』
 このデーターを、とアイリーンは呟く。これを持って、今回の作戦を中止させて欲しい、というのだろうか、と。
 ラクスもその考えには同意だ。しかし、キラの姿がこの場にないことの方が気にかかる。
「まさか、自分で……」
 キラの技量であれば、機体さえあれば十分に可能だろう。そして、漏れ聞いた先日から彼女が関わっている新型の性能であればそれは不可能ではない。
「アイリーン様!」
 だが、それはあくまでも、キラが出逢った頃の体であれば、の話だ。今の彼女では自殺行為とも考えられる。
『わかっている。こちらの方は大至急手を打つ。ただ、彼女が既に動いているとなれば……』
 時間的に、まずい、とも。
「シホさんがあちらにいらっしゃいます。ですから、キラを止めて頂くように、と連絡を取ります」
 それでも間に合わなかったら、とラクスが彼女に告げる必要はなかった。
『そちらに関しても、心配はいらない。我々の行動が間に合わず、なおかつ、彼女が敵が行動を起こす前に辿り着けるのであれば、こちらはその裏付けを彼女に与えるだけだ』
 そうすれば、彼女が罪に問われることはない、と。
「お願い致します」
 キラの気持ちを無駄にはしたくはない。
 だからといって、彼女の行動を手放しでほめるわけにもいかないのだ。
「無事にキラが戻ってきましたら、一緒に怒ってくださいませね」
 自分たちの失態もあるが、とラクスはアイリーンにこう告げる。
『もちろんだよ。では、これで』
 言葉と共に、アイリーンの姿がモニターから消えた。それを確認して、ラクスは大きなため息をつく。
「間に合えばいいのですが……」
 だが、それが淡い期待だったことを、彼女はすぐに知らされたのだった。

「……これで、地球軍が諦めてくれればいいのですけどね」
 天井を見上げながら、ニコルが小さく呟く。
「そうだな」
 アスランもまた、それには同意を示した。そうすれば、自分たちは本国に戻ることが出来るだろう。
「そうすれば、お前にも会えるよ、キラ」
 今は、ラクス達の邪魔で顔を見ることも難しい。だが、本国へ戻ってしまえばいくらでも方法はあるのだ。
 そして、二人だけで会えれば、キラを説得できる自信もある。あの時のように余裕を失っているわけではないのだから、と。
 キラの性格は、自分が一番よく知っている。
 キラの好きなものも、嫌いなものも、全部だ。そして、彼女もそろそろあの連中から切り離されて、あの時の状況が間違っていたと自覚できているのではないか。
 だから、搦め手を使えば何とでもなるに決まっている。
 アスランはそう信じていた。
「まずは、作戦を成功させることが第一だがな」
 でなければ、戻っても時間を作れないだろう。キラを手に入れるためなら、どんな努力でもしなければならない。アスランは心の中でそう呟く。
「ただ……」
 そんなアスランの耳に、ニコルの呟きが届いた。
「アスランから相談を受けた点について、完全に調べきれなかったことが気にかかりますね」
 自分の情報収集能力が劣っているのか、と彼は悔しそうに唇を咬んでいるのがわかる。
「それだけ、相手が巧妙だ、と言うことだろう」
 気に入らないが、とアスランもまた頷く。
「あいつがあの日、俺の前に来たことさえ、記録に残っていなかったしな」
 つまり、それだけザフト内部に食い込んでいる、と言うことか、と。
「えぇ。それだけに根が深い、としか言いようがないですからね」
 余計に気にかかるのだ、とニコルは付け加える。
「今回の作戦、何か裏があるのかもしれないな……それも、よからぬ思惑の」
「そうかもしれません」
 信じたくはないが、可能性は否定できない、とニコルも頷く。
「ともかく、生き残ることが最優先だな」
 作戦の成功よりも何よりも、自分にとってはそれが重要なことだ。アスランはこの思いと共に瞳を閉じた。

 周囲に緊張が走っている。
「エールで、いいですか?」
 ストライクのコクピットへ向かうフラガの耳に、マードックの声が届く。
「あぁ、頼む!」
 他の装備では、どうしても機動性が劣る。キラであれば実力でそれをカバーすることも出来ただろう。だが、フラガでは、機体にがんばって貰うしかないのだ。
「了解ですぜ」
 言葉と共にマードックが視線を移動する。そして、部下達に命じていた。それに答えを返しながら、彼らもまた走り回っていた。
 その光景を見つめながら、フラガはコクピットに滑り込むと、体をシートに収める。
 ハッチを閉めると、ようやく手慣れてきた手順で、ストライクを目覚めさせていく。
「……しかし、何か腑に落ちねぇな……」
 自分たちが最前線に配置されることについては文句はない。
 軍人である以上、ある意味、望むところだ、と言っても良いだろう。
 だが、とフラガは心の中で呟いた。
「JOSH―Aから十キロ圏内に戻ってくるな……って言うのは、何なんだ?」
 その場を死守しろ、と言うわけではない。移動してもかまわないが、決して半径十キロ以内にはいるな、と厳命されているのだ。
「上の連中が何を考えているのか……わからないのは不気味だな……」
 それでも従わなければいけない。
 そして、自分たちは生き残らなければいけない。
 矛盾しているが、それでもこれだけは守らなければならない事実だ。
「……キラ……」
 思わず唇から出たのは、今はいない少女の名前。それにすがりたくなる自分に、フラガは思わず苦笑を浮かべてしまう。
『少佐!』
「わかった。今、移動する!」
 準備が出来た、と告げてくるCIC担当にこう言い返すと、フラガは意識を切り替えた。

 そして、運命は、必要だと思うものを全て、この地に集結させた。


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あぁ、あのシーンまで行き着きませんでした(T_T)
次こそは必ず……