ラクスの瞳の奧にあるかげりは一体どうしてなのだろうか。
 その理由を聞きたくても、彼女にはぐらかされてしまった。しかし、気になる……とキラは思う。
 それとも、やはり自分は彼女に信用されていないのか、と。キラがそんなことまで考えたときだ。
 いきなり、壁に設置されていたモニターに電源が入る。そして、人影が現れた。
「アイリーン様?」
 誰だろうと思って注意を向ければ、映し出されていたのはアイリーン・カナーバだった。しかし、どうして彼女が、とも思う。さりげなく視線を移せば、ラクスもまた厳しい表情になっていた。
『我々は欺かれたぞ! 次の作戦の目標はパナマではなくアラスカだ!』
 キラがいることに気づいていないのか。それとも、ラクスに事実を告げることを優先しているのか。アイリーンは早口でこう告げる。
「まさか……」
 そして、ラクスもまた寝耳に水状態だったのだろう。信じられないと言うように目を大きく見開いている。
「それはザラ様もないと、おっしゃっておられましたのに。まだ、時期ではないと」
 なのに、どうして……ラクスの唇が言葉をつづる。
『我々にも――ザラにもわからないようだ。誰かが、勝手に命令を下したらしい……そして、作戦の性質上、こちらからの連絡は遮断されている』
 そのために、作戦を中止させられないのだ、と。
「……誰が……」
『まだ、わからん……だから、君たちも十分に注意をして欲しい』
 あるいは、彼女たちにも何かが降りかかるかもしれない。アイリーンはこう口にした。しかし、その言葉もキラの耳には届いていない。いや、聞こえてはいるのだが、認識できない……という方が正しいのか。
「アラスカ……JOSH―A」
 あそこには何があった、とキラは脳裏で呟く。
「……あそこにはアークエンジェルと……サイクロプスが……」
 あるのに、と。
 前者はともかく、後者は全ての者を滅ぼしてしまう。
 では、どうすればいいのだろうか。
 通信は使えない、とアイリーンが告げていた。と言うことは、彼らを止めるには実際にその場に行かなければいけない。だが、いくら高速艦であるローラシア級の戦艦でもそのまま地上に降りることは出来ないのだ。一度、カーペンタリアなりジブラルタルにポットで降りてから移動しなければならない。
 だが、何処に相手方の者がいるかわからない状況では間に合わない可能性の方が強い。
「……他に使えるものは……」
 普通のMSやMAでも無理だ。
 途中でバッテリーが切れてしまう……とここまで考えたときだ。あるものの存在がキラの脳裏に浮かび上がった。
「あれなら……」
 地球まで補給なしでいけるだろう。そして、あれの性能であれば、単独で地上に降下することも可能だ。実際、キラにはその経験があるのだから。
 だが、それを彼女たちが許可をしてくれるか。
 はっきり言って難しいだろう。
 それでも、彼らを救う可能性があるのであれば、無理をしてもかまわない。いや、しないわけにはいかない、とキラは心の中で決意を固めた。
 そして、二人の意識が自分からそれているのを確認して、そうっと立ち上がる。そのまま部屋から抜け出した。
「……あそこに行けば……」
 それが、自分の体にどのような影響を与えても良い。
 大切な人々さえ助けることが出来るのであれば。
 その思いのまま、キラは駆け出していた。

 一時間と経たないうちに、キラの姿はマイノス市の開発局にあった。
「キラさん?」
 どうかしたのですか、とキラの姿を見つけたシホが駆け寄ってくる。だが、キラは彼女に気がつかない、という様子で奥へと進んでいく。
「……何かあったのか?」
 確かめなくてもわかってしまうだろう。いや、今のキラの思い詰めた表情を見ていればわからないわけがない。
 だが、一体何が……と思うのだ。
 シホが知っているキラ、という少女は隠されている経歴のせいか、穏やかで控えめだ、と言っていい。そして、何処か全てを諦めているような雰囲気を身にまとっていた。
 それが薄れるのは、イザーク・ジュールと会話を交わしているときだ、と言っていい。その時だけは、キラに少女らしいと言っていい柔らかな表情が浮かぶ。それでも、あの諦めきったような雰囲気に変化はなかった。
 しかし、今はそれがない。
 その代わりに彼女を包み込んでいるのは、何かに焦っているかのような空気だった。
「ともかく、追いかけないと……」
 キラのIDで入れる場所は、シホのそれと同じだ。だが、彼女の体を考えれば危険だとしか言えない場所もある。それを考えれば目を離すことはまずい、とシホは思うのだ。
 しかし、キラは迷うことなく奥へ進んでいく。
 その先にあるのは何なのか、シホもよく知っていた。それは先ほどまでそこで作業をしていたからなのだ。
「ひょっとして、私に何か急用でも……」
 それにしてはおかしい。
 だったら、声をかけた瞬間、気がつくはずだ。
 そんなことを考えていているうちに、キラは新型の元へと辿り着く。そして、ためらうことなく、彼女はそのうちの一機のコクピットへと滑り込んでいった。
「キラさん!」
 これには、さすがのシホも驚愕を感じてしまう。
 慌てて近寄れば、今にもハッチが閉じようとしていた。その隙間から、彼女は慌てて体をコクピット内に滑り込ませる。
「キラさん、何を!」
 シホの目の前で、キラは流れるような動きで機体を起動させていく。その慣れた仕草に、彼女が《ストライク》の《パイロット》だったのだ、とシホは本心から認識することが出来た。今までは、知識としては知っていても、本当だとは思えなかったのだ。
「……地球に行きます……」
 これで、とキラは顔を上げることなくキラはこう告げる。
「キラさん?」
「みんなを止めないと……誰かが、嘘の命令を出して、JOSH―Aに攻撃を……でも、あそこにはサイクロプスがあるんです!」
 放っておけば、ザフトは全滅だ、とキラは付け加えた。
「なっ!」
「ここに来る前、僕が入手したデーターをラクスが見られるようにしてきました。でも、地球にいる人たちに伝える手段がないんです! 通信を遮断されていると……だから……」
 誰かが伝えに行かなければならないのだ。キラはそう告げる。
「僕なら……万が一のことになっても、誰も困らないだろうし……みんなのおかげで長らえている命だから……」
 みんなに返してもかまわない、と。
「シホさんは降りてください。僕に付き合う必要はありません」
 処分されるのは自分だけでいい、と彼女は付け加える。
「いいえ。なら、なおさらおつき合いします」
 友人を守ることは当然のことだ、とシホが微笑めば、キラは驚いたように目を丸くした。だが、すぐに視線を伏せる。
「ごめんなさい……」
 キラの呟きと共に、フリーダムが目を覚ました。


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と言うわけで、キラがフリーダムに乗り込みました。
続くのはあのシーンですが……その前に、ラクス達も気付よ、と思ったりもして(^_^;
ようやく、舞台が地球に戻る。と言うわけで、再登場組が多数、かな?