「まったく……何処まで食い込んでいるんだか……」
 ダコスタの報告を耳にしたバルトフェルドが忌々しそうに吐き捨てる。
「そんなこと、わかっていたことでしょ、アンディ?」
 そんな彼をなだめようとするかのようにアイシャが口を開く。
「ザフトにしても同じなのだもの。あちらがそうしていたとしてもおかしくないわ」
 そして、間違いなくオーブにも食い込んでいるだろう。ブルーコスモスの手の者は。アイシャは穏やかな口調でこういった。それに、バルトフェルドは盛大に顔をしかめる。
「ただ、ここにはそんな存在はいない。だから、あの子の事は、まだばれていないはずよ」
 だから、落ち着いて、とアイシャはさらに付け加えた。
「イレギュラーの彼にしても、あの子の味方だもの。心配はいらない。だから、いざとなれば、ここに逃げ込めるように用意だけをしておいて上げればいいでしょ?」
 そうすれば、もう一人の娘も喜ぶわよ、とアイシャが微笑めば、バルトフェルドもそれで納得をしたらしい。
「そうだな。もう一人の娘のためにも、あの子の事を守ってやらなければならないか」
 いろいろと微妙な立場にあるのは彼女の方なのだ、と彼も知っているのだろう。しっかりと頷いてみせる。
「でしょ?」
 それも当然だろう。
 キラはまだコーディネイターだ。そして、彼女には味方が多い。
 しかし、フレイはナチュラルであり、よりにもよってあのアルスター家のただ一人の生き残りなのだ。それを考えれば、彼女の存在はバルトフェルドと、ラクスの行為だけによって支えられているものだと言っていい。
 もちろん、ナチュラルである以上、逃げ込める場所もある、というのは事実であるが。
「……こちらに好意的な連中のところからだな、まずは」
 こき使うぞ、とバルトフェルドはダコスタに笑みを向ける。
「望むところです。ようやく、自分の本領を発揮させて頂けるわけですね」
 キラほどではないが、ダコスタもハッキングを得意としているのだ。もっとも、バルトフェルド隊の副官と言うことで、かなり大人しくしていた、というのが最近の彼である。だから、バルトフェルドの許可を得られたのなら、遺憾なく実力を発揮させて貰おう、と彼は言外に付け加えていた。
「可愛い妹たちのためですから」
 さらに付け加えれば、バルトフェルドとアイシャの二人が一瞬目を丸くする。だが、次の瞬間、満足そうな微笑みを口元に浮かべる。
「そうだな。君にとっては可愛い妹か……」
 ならば、きりきりと働いて貰おう。バルトフェルドのこの言葉に、ダコスタが当然というように頷き返した。
「では、まず、本国にいるあの子に連絡を。あの子の事だ。何かを掴んでいるかもしれん」
 そして、相談できずにいるのではないか。そう告げる彼の言葉は当を得ているに決まっている。アイシャも心の中でこう呟く。
「こう言うときだけね。自分がコーディネイターではなくナチュラルだ、という事実が恨めしく思えるのは」
 コーディネイターであれば、キラの側に行けるのだ。だが、ナチュラルである以上、プラントに行くことは不可能だと言っていい。
「その分、フレイちゃんの側にいてあげられるのはいいかもしれないけど」
 キラは限界までがんばってしまうから、余計に不安なのだ、とアイシャは思う。だから、せめて今、彼女の側にいる者たちが気を付けて欲しいと。そう祈るしかできない自分が少しだけ悲しかった。

「ラクス?」
 どうしたの? と口にしながらキラが駆け寄ってくる。彼女の瞳には、心配と不安の色が見え隠れしていた。
「何でもありませんわ」
 そんな彼女にストレスを与えないよう、ラクスは微笑み返す。とたんに、キラの表情はさらに悲しげにくもった。
「僕じゃ、役に立たない?」
 そして、こう問いかけてくる。
「そんなことはありませんわ。でも、本当に何でもありませんの」
 しかし、これだけではキラが納得しないのではないか。ラクスはそうも思う。
「ただ、ここしばらく、少し忙しかったものですから」
 だから、疲れがたまっているのかもしれない、と付け加えた。
「家に帰ってきますと、気が抜けますから」
 それに、キラの顔を見たから余計に……と微笑めば、キラは困ったような表情を作る。
「そんなに、忙しいの?」
 自分のせいだろうか、とキラの瞳が告げていた。タイミングからすればそう思われても仕方がないのだろうか。ラクスはそう思う。
「みなさま、不安なのですわ。何時、この戦争が終わるかわからない、今の状況が」
 だから、自分に癒しを求めるのだ、と笑みを深めた。
「そして、私を癒してくださるのはキラですもの」
 言葉と共に、ラクスはキラの体を抱きしめる。そうすれば、彼女の体が、ほんのわずかだけとは言え丸みを取り戻してきたとわかった。ここに来たときは、本当に骨と皮だけ、と言いたくなる状態だったのだ。
「ラクス……あのね……」
 いきなり抱きつかれたことに驚いているのか。それとも別の理由からかのか。キラが困ったように声をかけてくる。
「何ですか、キラ?」
 小首をかしげると、ラクスは間近からキラの顔を覗き込んだ。
 菫色の瞳に、ラクスの微笑みが映っている。それを見れば、不思議と心のささくれが癒されるような気がしてならない。だから、彼女は自分のオアシスなのだ、とラクスは感じる。そして、イザークには悪いが、今はこれを特権にさせて貰おうとも思う。
「座って、ゆっくりとお話ししない?」
 その方がいろいろと話せるよ、とキラは付け加えた。
「シホさんが戻ってきてくれるまで、僕ができることはないし……」
 この言葉で、ようやくラクスは彼女の不在に気づく。そして、キラからは見えないように小さく自嘲の笑みを漏らす。
「なら、ゆっくりとお話が出来ますわね」
 そして、改めていつもの微笑みを浮かべるとこう告げる。
「そうだね。シホさんが出かける前に、おいしいムースを買ってきてくれたんだ」
 一緒に食べよう、とキラはさらに微笑みを深めた。
「あら、それはすてきですわ。でも、シホさんの分はよろしいのですか?」
「……多分……今日は帰れないかもしれない、って言っていたから」
 言葉と共にキラは微かに眉を寄せる。つまり、あの機体の完成が間近なのだ、と言うことなのだろう。そして、そうなったときが、ザフトにとっては最大の作戦開始の瞬間なのだろうか。
 だとすれば、少しでも完成が遅い方が良いのではないか、とラクスは思う。
 同時に、その程度ではあの作戦を止めることができないだろうともわかっている。
 自分たちがあれだけ働きかけたというのに、決定を覆すことは出来なかったのだから。
 では、一体どうすれないいのか。
 誰も答えが出せないからこそ、こうして自分は悩んでいるのだ。
「では、今日はゆっくりと私に付き合ってくださいませね」
 それでも、今だけはそのことを忘れていよう。ラクスは心の中でこう呟いた。


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そろそろ、第一の山場へ向けて事態が動き始めました。ここから後の一連のシーンを書きたかったんですよね、今回は(^_^;