「困った状況になりそうなんだけどね……」
 バルトフェルドがこうフラガに声をかけてくる。
「……俺達のことがばれたのか?」
 だとしたら申し訳ないな……とフラガは苦笑を浮かべた。それで彼の立場が悪くなったのだろうか、とも。
「あぁ、こちらのことは気にしなくていい。問題なのは、君たちの方なんだ」
 だが、この言葉にフラガはある意味安堵し、そしてある意味頭を抱えたくなってしまった。
 理由は簡単。
 そう思ってしまえるほど、自分は相手に信頼感を抱いてしまっていると気がついてしまったことと、来るべきものが来たか……と思ったからだ。
 だから、敵となれ合うもんじゃない、と心の中で吐き出す。
 いや、自分はまだ割り切れる。だが、キラをはじめとした者たちは、儲かれとは戦えないのではないだろうか。フラガはふっとそんなことを考えてしまった。
 だが、今はそれよりも先に考えなければならないことがあるのではないか、とも思う。
「俺達側……というと?」
 ばれたのではないが厄介なこととはなんだろう……とフラガはバルトフェルドに聞き返す。
「胸くそ悪い奴が宇宙から降りてくるんだそうだ」
 フラガ達にも関わり合いがある……と彼が付け加えた瞬間、それが誰なのか彼にもわかってしまった。
「ったく……一生、降りてくるんじゃねぇよ……」
 いっそ、宇宙の藻くずになってくれ……とフラガは呟いてしまう。
「同感だよ、まったく」
 それに、思い切りバルトフェルドも頷いて見せた。
「そう言うことでね……あの男のことだ。現状をかぎつけて脇から攻撃をしかけてくる……と言う可能性は否定できない。その前に、君たちは安全なところに避難をした方がいいと思うんだが……」
 問題は二点だね……とバルトフェルドはため息をついてみせる。
「……あんたらの失態にならないように移動する方法と……キラのことか?」
 前者はともかく、後者に関してはフラガ達にしても切実だと言っていい。
「あぁ……前者は何とかなるあてがあるんだが……問題はあの子のことだね」
 かなり落ち着いているとは言え、まだまだ動かすことは難しいだろう。いや、正確に言えば、治療が受けられない状況に置くことは、命の危険と隣り合わせなのだ。
 だからといって、キラだけをここに残していく……という場合、あの子供が納得をしてくれるだろうか。
「……問答無用でおいていく……って言うわけにもいかねぇだろうし……説明すれば、絶対一緒に来ると言い切るに決まっているんだ、あいつは」
 戦えなくても、治療が必要がない状況であればそれもかまわないだろう。いや、無条件でOKを出すことが出来たはずだ。
 だが、現状ではここに置いていくしかない。
 生きていれば再会できる可能性が残されているのだし……と思うこともまた事実。
「それでも、あんた達に頼まなきゃないんだろうな、キラのことは……」
 いくら考えても答えは一つしかない。その思いのまま、フラガはこう口にする。
「それに関しては、僕の命に替えてでも引き受けよう」
 原因が自分であることはもちろん、キラ自身が気に入っているから……とバルトフェルドは笑う。
「一度したことなら、二度目も同じことだからね」
 IDの偽造やら何やら……と付け加えられた言葉に、フラガはアイシャがどうしてここにいられるのか理解してしまった。おそらくここにいる彼女は書類上《ただの民間人》扱いをされているのだろう。そして、彼女の顔を知っていなければ納得される、と言うわけだ。
「いざとなれば、僕の養女と言うことにしてもかまわないからね」
 ここで拾って保護をした、と言う説明も通用するだろう……と彼は口にする。
「そう、上手く行くか?」
「あの子の顔を知っている者がいる、としても、それは《男の子》の頃のものだろう? あの子は今、女の子だからね。いざとなれば、他人のそら似ですませられる。それに……」
 バルトフェルドはいきなり意味ありげな表情と共に言葉を切った。
「それに?」
 それが彼の手段だとわかっていても、フラガは聞き返すしかない。
「王子様とその友人が、お姫様を守ろうとがんばっているからね。任せてもいいんじゃないか、と僕は思っている」
 バルトフェルドが指しているのが誰なのか、当然、フラガにもわかった。
 そして、そのうちの一人が《キラ》に対し、本気だろうと言うことも、そしてキラがその相手に好意を抱きつつあることも気づいている。
「彼らは、本国のお姫様にも協力を求めているようだし……彼女が動いてくれればあの子の安全は間違いなく保証される」
 そうすれば、本国での治療も可能になるだろう……とバルトフェルトがフラガを見つめてきた。
「御姫さんか……確かに、あのお嬢ちゃんが動いてくれれば可能だろうな」
 彼女の立場を考えれば十分に……とフラガは頷き返す。ならば、キラをここに置いていってもいいのではないだろうか。いざとなれば、自分とフレイだけあちらに戻ったときに不測の事態が起こったことにすればいいとも。
「キラのことはいいとして……問題としては俺達か」
 自分たちが動くとなれば――アークエンジェルを放棄しない限り――大事となってしまう。それは、いやでも彼らが動かざるを得ない、と言うことでもある。
 そうなれば、キラが大人しくしているか……というと、答えは『無理』の二文字だろう。
「その件だがね……ここの気象状況を使ってくれれば、こちらは気づかなかった……と言いわけが出来るんだよ。Nジャマーのおかげで、レーザーの感度も落ちているのは事実だからね」
 ちょっと長くなるが……という彼の表情から、どうやらそれに対する方法も考えていてくれたらしい、とフラガは判断する。
「かまわないさ。聞かせて貰おう」
 フラガは居住まいを正すと、バルトフェルドに次の言葉を促した。

「キサカ……」
 ここ数日、何かを悩んでいたカガリが、ようやく結論を出したらしい。キサカは彼女の表情からそう判断をする。
「答えは、出ましたか?」
 こう問いかければ、彼女はしっかりと頷き返してきた。
「あぁ……だから、ラミアス達に会いに行く」
 その後、本国と連絡を取りたい……と言うカガリに、キサカは態度で了解の意を告げる。
「手配はしておきましょう。後、本国へ戻るための手はずも」
 彼らのことはいくらでも言い訳が出来る……と告げれば、カガリは『頼む』と言い返してきた。そして、そのまま部屋を出て行く。
「……どうやら、自分だけではどうすることが出来ない事態がある、とようやく理解できたようですね。そして、それでも自国の民を守らなければならないと言う自覚も」
 それは、彼女の立場を考えれば必要なものだ。
 同時に、それを彼女の中に芽生えさせてくれた相手のことを考えてしまう。
「あの子供は……どうすればいいのだろうか……」
 カガリは今ここにいない相手も連れて行きたいと考えているだろう。だが、それでは相手の命を失わせてしまう可能性もある。
「……説得をするのが大変だな、それはそれで……」
 だが、生きてさえいれば再会できる可能性があるのだ。それを彼女は身をもって知ったはず。だから、大丈夫だろう……とキサカは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。

「また、ですか?」
 フラガの言葉に、キラがこう聞き返している。だが、それはフレイも同じ思いだった。
「少佐だけではいけないんですか?」
 だから、ついついこう問いかけてしまう。
「俺だけだと、ちょっと運べない量があってな。かといって、ここの連中に頼むわけにはいかないし、キラはもってのほかだろう?」
 残るのはお前さんだけだ、と言われてしまえば、フレイは納得するしかない。もちろん、キラもだ。
「……じゃ、仕方がないですね……」
 待っている間、寂しいけど……とキラは呟く。
「大丈夫よ、キラ。すぐに戻ってくるもの」
 だから、いい子で待っていてね……とフレイは慌ててそんなキラの体を抱きしめた。
「フレイ……」
 うん、待っているから……とキラもフレイの肩を抱き返してくる。
 そのぬくもりを放したくないと思ってしまうのはどうしてなのだろうか……とフレイは思ってしまう。
「……痛いよ、フレイ」
 無意識に力がこもったのだろうか。キラがこう言ってくる。
「あぁ、ゴメン」
 慌ててフレイがキラを解放すれば、キラは気にしていないと言うように微笑んで見せた。
「でも、やっぱりキラって可愛いのよね」
 離すのがいやだわ……と言いながら、フレイはまたキラに抱きつく。
「……フレイったら……なんかおかしいよ?」
 キラがこう問いかけてくる。そうだとしても、フレイにもどうしてそうなってしまうのかわからないのだから、どうしようもない。
「そうかしら?」
 だから、逆にこう聞き返す。
「……だと思う……上手く言えないけど……」
 キラの言葉も微妙に弱々しい。それは間違いなく、キラも何かを感じ取ってはいるものの答えを見つけられないからだろう。
「きっと、気のせいよ。少佐がいきなり出かけるなんていったからじゃないの?」
 だから、予定が狂って……それが態度に出ているだけじゃない? とフレイは全ての原因をフラガへと押しつけることにした。
「なんだよ、その理屈は……」
 俺のせいじゃないだろうが……とフラガがわざとらしいため息をついてみせる。それも当然なのだが、フレイにしてみれば、彼がそんなことを言わなければキラとゆっくり出来たのだとも思ってしまうのだ。
「まぁ、いい。いつまでもそうしていると出発できないだろうが」
 早く出発しないとまずいんだぞ……とフラガは口にする。こう言われてしまえば、フレイとしてもいつまでもここでのんびりしているわけにはいかない。
「仕方がないですね。じゃ、キラ……大人しく寝ているのよ? それと、害虫には注意をすること」
 いいわね……念を押すとフレイはキラから離れた。
「害虫って……どうしてそこまで言うんだろうね、フレイは」
 悪い人じゃないって、もうわかっているだろう? とキラはそんなフレイに微笑みかけてくる。
「本当にあんたは」
 これは絶対に早く帰ってこないと……とフレイは心の中で呟く。キラがここまであいつら――正確に言えばあのおかっぱに――心を許しているなんて思わなかった。そして、それがキラのためにはいいと思えない、と考えてしまう。
「どうかしたの? フレイ」
 途中で言葉を飲み込んでしまったフレイに、キラが小首をかしげながら問いかけてくる。
「何でもないわ。帰ってきたら、ミリィ達の様子を教えてあげるから」
 だから、いい子にしているのよ? とフレイは口にしながら立ち上がった。そして、そのままフラガの脇へと移動していく。
 部屋を出る瞬間、フレイは思い切り後ろ髪を引かれる思いだった……



事態がややこしいくらい動いています。さて、これを収拾できるのか、私が(^_^;