戻ってきてみれば、キラがぐったりとベッドに横たわっている。その事実に、フレイは眉を寄せた。
「キラ! どうしたの?」
 慌ててキラの顔を覗き込むとこう問いかける。
「……何でもないよ……」
 ただ、ちょっと詰め込みすぎて脳内がパンクしかけているだけ……といいながら、キラはサイドテーブルに視線を向けた。それにつられるようにフレイも視線を移動させれば、そこにはある物が置かれている。それだけで、キラがどうしてこうなってしまったのか、フレイには想像が出来てしまった。
「そっか……キラは初めてなんだもんね……」
 懇切丁寧に説明されればされるほど、パニックになるだろう。
「でも、よかったじゃない。これで、赤ちゃん、産めるわね」
 キラの赤ちゃんなら、絶対に可愛いに決まっている……とフレイは口にした。
「どうして、みんな、同じ事言うんだろうね……」
 そんなこと、まだ考えられないのに……とキラは盛大にため息をついてみせる。
「第一、誰の赤ちゃんを僕が産むって言うわけ?」
 相手もいないのに……といいながらキラは布団の中に潜り込んでしまう。これは、彼女がふてくされているという証拠だ。
「誰って……」
 こう言いながら、フレイも思わずキラに似合いそうな相手を捜してしまう。
 ヘリオポリス組は相手が決まっていたりなんだで全員失格。特に、カズイが相手ではキラが傷つけられるだろうことは目に見えていた。だから、本人が望んだとしても自分が反対をして壊すに決まっている、とフレイは思う。
 かといって、他の軍人達も帯に短したすきに長しと言う状況である。
 むしろ、条件だけで言えばここにいる者の方がキラには似合いそうだ……と考えかけて、フレイは即座にそれを否定した。キラを《ザフトの軍人》になんて渡せない、と。
「今はいなくても、そのうち見つかるに決まっているじゃない。その時も、友達でいてくれれば、私もキラの赤ちゃんを見られるし」
 もちろん、友達でいてくれるわよね? と付け加えれば、キラは布団の中で小さく頷き返してくれた。その事実に、フレイはほっとする。
「そうそう。ミリィがね、クッキーを作ってくれたの。食べる?」
 キラも、あれは好きだったでしょう? と言えば、
「今はいいや……さっき、アイシャさん達とお茶をしたから……」
 キラがこう言い返してきた。
「それにしては、ここに何にもないけど?」
 キラが片づけたわけじゃないわよね? とフレイは呟いてしまう。その行動だけでも、今のキラにはかなり大儀になるはずなのだ。
「ここじゃなくて……バルトフェルドさんのところで、アイシャさんやイザークさん達と……」
 一緒に……とキラは馬鹿正直に口にする。そんなキラを怒るつもりはフレイにはない。しかし、それがあいつらとなれば話は別だろう。
「あの害虫! やっぱり、人がいない隙にキラに手を出したわね!」
 まったく、油断も隙もないんだから……とフレイは怒鳴り声をあげてしまった。
「……あの……フレイ……」
 そんな彼女を落ち着かせようと言うのか。キラがおずおずと声をかけてくる。
「あぁ……別段、キラを怒ったわけじゃないわよ」
 問題なのはあの連中……とフレイは微笑みかけた。
「でも……二人だけっていうわけじゃないし……他に、僕なんかと話をしてくれるのはあの人達だけだし……」
 だから……とキラは言葉を口にする。
「……本当にあんたは……少しは他人を疑うことを覚えなさいって……」
 ついでに、自分がどれだけ魅力的なのかも……とフレイはため息混じりに告げた。もっとも、自分がこう言ったぐらいでは理解をしてくれないのもまた《キラ》なのだが。
「だって……みんな、優しくしてくれるし……」
 そんな人たちを疑いたくない、とキラは囁くように口にした。
「わかっているわよ。それもあんただって言うことは」
 ともかく、顔を見せて……とフレイは毛布の上からキラの肩を叩く。
「それよりも、みんなの様子、聞きたくないの?」
 さらにこう付け加えれば、キラはおずおずと言った様子で顔の半分だけを布団の下から覗かせた。こういう仕草が彼女を幼く見せているのだ、と本人は気づいているのだろうか。
「みんな、元気だった?」
 その体勢のまま、キラはこう問いかけてくる。
「もちろんよ。トール達はひまだからって、スカイグラッパーのシミュレーターで遊んでいるんだって。マードック曹長が怒っていたわ」
 困った連中よね、とフレイは苦笑を浮かべた。
「みんなが戦いに出る機会なんてない、って言うのに……」
 しかも、遊び半分ですることじゃないわよね……とため息をつくフレイの瞳は、とても優しい。それは、キラが戦闘の度にどれだけ辛い思いをしていたのか知っているからだ。
 そして、キラは友人達が戦いに出ることを悲しむに決まっている。
 もっとも、トール達の気持ちもわからなくはないのだ。
 キラのために何がしてやれるか、と考えれば、結論はそこに行くしかない。しかも、今のキラは守られなければならない存在なのだし、とフレイは心の中で呟く。
 そして、キラの気持ちも自分が良く理解している。
 そのために、少しでも……という彼らと、友人に傷ついて欲しくはないと言うキラの気持ち。
 どちらに味方をすればいいのだろうか……とフレイは心の中で呟いた。
「ともかく、少佐達がいい方法を見つけてくれるわよ」
 キラのことも、みんなのことも……とフレイは微笑みを作る。
 同時に、自分は何と無力なのだろうか、とも思う。
 トール達のように戦いに赴こうという決断をすることも出来ない。
 キラを守るための力もない。
 それでも、自分を守ることだけは要求していたのだ。
 なんて自分は傲慢だったのだろうか……とフレイは心の中で呟く。そう思えるのも、こうしてある意味穏やかな時間を過ごしているからだろう。それも、ある意味、キラのおかげなのだ。 「だと、いいんだけど……」
 フレイ、そんな悲しい表情をしないで……と言いながら、キラがそうっと手を持ち上げる。そして、優しくフレイの頬に触れてきた。
「……バカね……あんたは、自分のことを考えていればいいの」
 今は……といいながら、フレイはそんなキラの手を自分のそれで包み込む。
「そして、早く元気になって、みんなの所へ帰りましょう?」
 そうすれば、みんな、安心するんだから……と口にすれば、キラは透明な微笑みを浮かべる。それは、フレイも見慣れているものだ。
 戦いに行く前、よくキラが浮かべていた微笑み。
 それは、あの頃のキラが、全てを諦めていたからこそ浮かべていた表情だ、と知ったのはいつだったろうか。
 そして、どうして今、そんな表情を作るのだろう。
 あるいは、もうキラはアークエンジェルに戻れないと思っているのかもしれない。
「元気にならなくても、私が連れて行ってあげるから」
 だから、キラこそそんな表情をしないの……とフレイは言い返す。
「……みんなも待ってるんだから」
 ね、とキラに同意を求めても、キラはすぐに答えを返してくれなかった。その事実がフレイの中に不安を芽生えさせる。だが、彼女は無理矢理それを押し殺した……



フレイがあれこれがんばっています。と言いつつキラが悩んでいるのは……間違いなくあいつのせいでしょう、うん。