「さすがは、坊主……と言うところでしょうかね」
 フラガが操るシミュレーションのデーターを見ながらマードックが呟く。
「マードック曹長?」
 こらこら、とフラガが苦笑を浮かべる。
「あぁ、そうでしたな」
 そんな彼の言葉に、マードックもようやく現実を思い出したのだろう。苦笑を返してきた。
「どうも、いつもの癖で」
 まだ、彼の意識の中では、キラは男なのであろう。もっとも、自分だって、実際に毎日のように顔を合わせていなければそう思いたくもなるとフラガは思う。
「……まぁ、本人の前で言わなきゃいいがな」
 こう言いながら、フラガはデーターをディスクに落とすとシミュレーターを終わらせる。
「ともかく、あれも俺で何とか動かせそうだし、実戦も死なない程度にはこなせそうだ……と言うことで、キラには感謝しておかなきゃねぇんだろうが……」
 それでも、まだまだ修正して貰わなきゃないんだろうな……とフラガはため息をつく。
「……まだ、連れ帰ることは無理なんですかい?」
 そんな彼に向かってマードックが心配を隠せないという表情で問いかけてきた。
「あぁ……まだ、点滴をしているし……他にもあれこれあるからな。家の軍医殿があそこまでキラの面倒を見てくれるなら可能だろうが」
 あてにできない、と言外に付け加えるフラガも、マードックもまた頷き返す。
「坊主の――じゃなくて、キラのおかげで今まで生き延びてこられたというのに、しようがありませんな」
 本当に、とため息をつくマードックの方をフラガは軽く叩いた。
「それに関しては諦めるしかねぇだろう。人の意識なんて、そう簡単に変えられねぇんだし……俺達が知っていればキラは十分だって言うさ」
 そんな奴だろう、あいつは……と言いながらフラガが笑えば、マードックも納得したらしい。小さく頷いてみせる。
「と言うことで、俺はこれを艦長に報告しに言ってくるわ」
 ついでに、今後の話し合いもしないといけねぇだろうな……と言いながら、フラガは歩き出した。
「了解です。キラによろしく」
 背中を追いかけてきた言葉に、フラガは了解というように手を振ってみせる。だが、その表情はかなり険しいものだった。
 今は辛うじて《キラ》のおかげで均衡が保たれている。
 しかし、それは本当に薄氷を踏むようなものなのだ。いつ、あっさりとそれが打ち破られるかわかったものではない。
 最悪、キラを残してでもこの場から逃げ出さなければならないのだ。
「問題は……他の嬢ちゃん達か……」
 彼らをどうするか。
 ここに残すにしても、無事にオーブへ辿り着けるかどうかわからない。だが、ここであれば、バルトフェルドがそれなりに保護してくれるのではないか、とフラガは思っていた。実際、アイシャにはそれらしきセリフを言われたのだ。
「それと……あの嬢ちゃんだろうなぁ……」
 キラがああなってから、カガリの行動が不気味だ……と言っていたのはラミアスだったろうか。最近はレジスタンス達の所へは戻らずにここに居座っているとも聞いている。
「本当、あれこれ厄介だねぇ」
 だが、それもこれも、自分たちがあの子供を巻き込んでしまったからだ。ならば、その責任だけは取らないわけにはいかないだろう。
 こんな事を考えながら歩いていくうちに、フラガは食堂の前を通りかかる。その中からはフレイ達の楽しげな声が響いていた。

「……キサカ……」
 アークエンジェルの展望室の中から砂漠を見つめながら、カガリが小さな声で自分の護衛官に向かって呼びかけた。
「どうしました、カガリ?」
 そんな彼女に向かって、すぐにキサカが聞き返してくる。
「私は……どうしたらいいんだろうな」
 キラのことも、元はと言えば、自分を先に避難させてくれたせいだ。それがなければ、キラはきっと今頃オーブ本国に保護されていたに決まっている。
 いや、キラだけではない。
 他のものだってそうだったのかもしれない……とカガリは心の中で付け加える。
「どうするもこうするも……貴方が考えなければならないことですよ、カガリ」
 他の誰も変わってやることは出来ないのだ、とキサカは諭すような口調でカガリに語りかけた。
「わかっている。わかっているが……」
 だが、どうすればいいのか、わからないんだ……とカガリは口にする。
「そして、時間がない。それが一番の問題かもしれないな」
 言葉と共にカガリは何かを探るかのように空を見上げた。

 ふっと誰かに呼ばれたような気がして、キラは視線をあげる。
「どうかしたのか?」
 そんなキラの様子に気がついたのだろう。イザークが即座にこう問いかけの言葉を口にした。
「何でもありません。きっと、気のせいです」
 だから心配しなくていい……とキラは微笑む。
「ならいいんだが……」
 それでも、何かを心配しているかのようにイザークはキラの側へと歩み寄ってきた。そして、そうっとその頬へを触れてくる。
「本当ですよ。ただ、誰かに呼ばれたような気がしただけで……」
 でも、気のせいだったようです、と言い返せば、ようやく納得をしたようだ。
「話は戻すけど……キラちゃん、本国に知り合いはいないの?」
 いてくれれば、こっそりと手を回せるんだけど……とアイシャは微笑んでみせる。その瞬間、キラの脳裏に浮かんだのは、もちろん、自分の幼なじみのことだ。だが、彼には今の自分のことを知られたくないと思ってしまう。
 後は……と言えば、彼女しかいないだろう。
 だが、それほど親しかったかと言われれば悩むしかない。
「いないとは言いませんが……本当に、顔を知っているだけの方ですから……」
 果たして力を貸してもらえるかどうか、とキラは視線を伏せる。
「話すだけ話してみてくんねぇ? 俺らの誰かが知っているかもしれないしさ」
 それならば、こっちからも話が出来るぞ……と口にしてきたのはディアッカだ。
「そうだな。そう言う人間がいれば、こちらとしてもそれなりの対処が出来そうだ」
 イザークもそんな彼に同意を見せる。
「……と言っても、アークエンジェルであったので……あちらが僕にいい感情を持っていらっしゃるか、と言うと……」
 疑問だ、とキラが呟いたときだ。同じ時期に宇宙にいた二人にはキラが指している人物が誰かわかったらしい。
「ラクス嬢か……」
「……まぁ、あの方のことだ。よほどひどいことをされなきゃ、大丈夫だと思うが……って、まさかと思うんだが、彼女を足つきから連れ出したのって……」
 お前か、と問いかけられて、キラは素直に頷いて見せた。今更隠すことでもないだろうと思ったのだ。
「……なら、話は簡単だ。うちの父からシーゲル議長に話を通して貰えばいいだけだし……」
 だからなにも心配はいらない……とディアッカが笑う。
「……ですが……」
「今はそんなことは考えるな。な」
 キラが言いかけた言葉をイザークが遮った。
「そうね。今は体を丈夫にすることを先に考えた方がいいわね」
 アイシャにまでこう言われて、キラはどうしようかと思う。
「……でも、どうして彼女を逃がしてあげたの?」
 同じコーディネイターだから? とさらに問いかけって来るアイシャにキラは、
「幼なじみの婚約者だって聞いたから……」
 とついついこう言ってしまった。その瞬間、イザークとディアッカが目を丸くしている。そして、自分の失言に気づいてしまったキラもまたその場で硬直をしてしまった。



アスランのことをばらしてしまいましたねぇ、キラ……他にもあちらこちらでそれぞれが動き始めています。