諦めたのだろうか。腕の中のキラは大人しくなる。その事実に、イザークは思わず微笑みを浮かべてしまった。
 同時に、腕から伝わってくるキラの重みに安堵も感じてしまう。
 最初に抱き上げたときよりも確実にその重さは増していた。それは、同時にキラの体力が増しつつある、と言うことでもあろう――と言っても、MSの操縦などもってのほかだが――だが、それでも日常生活を送るには十分だろう。もちろん、目を離すことは出来ないことはわかっていたが。
「あの……重いですか?」
 何度か抱え直したからだろう。キラがこう問いかけてくる。
「いや、そう言うことじゃない。気にするな」
 落としそうで怖かっただけだ、とイザークは微笑みを浮かべた。
「さすがにな。惚れた相手を落とすのはまずいだろうと思うと、慎重にならずにはいられない、と言うことだ」
 さらりと言葉を返してやれば、キラはうっすらと頬を染める。それは、こういう事になれていないのではないか、とイザークに思わせた。あるいは、恋愛感情にかかわらず、他人から《好意》を寄せられることになれていないのかもしれないとも。
 もっとも、まったくいなかったわけではなさそうだ、と言うことはフラガ達を見ていればわかる。
 しかし、彼らにしても《キラ》が《コーディネイター》であるという事実をこだわっていないか、と言えば答えは《否》であろう。
 だからこそ、こうして、無条件で寄せられる《好意》に戸惑ってしまうのであろうか。
「イザークさん、冗談は!」
 案の定というかなんというか、キラはこう言ってくる。
「冗談など言っているつもりはないぞ」
 俺はお前がそう言う意味で好きなのだ、とイザークはさらに言葉を重ねた。
「だって……僕は……」
 イザークの顔に傷を付けてしまったのに……とキラは口にする。そんな自分をイザークが好きになるわけないとも。
「それでも、好きになってしまったものは仕方がないだろう?」
 自分の感情に嘘は付けない、とイザークは言い切る。
「そうだな……どうしても気になるというのであれば、責任を取って嫁に来い」
 そうして、一生自分の側にいろ……とイザークはそれこそ冗談めかして口にした。
「……イザークさん……」
 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。まさしくキラは目を丸くしている。
「言っておくが、俺は本気だからな」
 嫁に来てくれるなら、本気で守ってやる……と付け加えるイザークの言葉に、キラの頬がさらに赤くなっていく。
「僕は……そんなこと、まだ考えられません……」
 男に戻る方法がない以上、いずれは誰かとそうなるかもしれないが……まだ、そんな封に考えることは出来ないのだ、とキラは呟いた。
「わかっているから心配するな。俺だって、お前に強要するつもりはない。ただ、覚えていてくれればそれでいいだけだ」
 そして、踏ん切りが着いたら考えて欲しい……と口にする。そうすれば、キラは小さく頷いて見せた。
 今はそれだけでいい。
 キラの体を抱きしめる腕に力を込めながら、イザークはそう思う。自分たちにはまだまだ乗り越えなければならない壁が待っているのだから、と、彼は心の中で付け加えた。

「……アスラン?」
 背後から呼びかけられて、アスランは振り向いた。そうすれば、見慣れた若草色の髪が視界に飛び込んでくる。
「ニコルか」
 その場にとどまると、アスランは彼を待つ。そうすれば、すまなそうな表情をしてニコルが側まで寄ってきた。
「急がなくても良かったんだぞ」
 そんな彼に向かって、アスランは微笑みかける。
「いえ。お待たせするわけにはいきませんでしょう?」
 それに、早く行けばそれだけ艦内で割り当てられた部屋の整理が出来る……とニコル微笑み返してきた。
「そうだな」
 確かに、荷物はそう多くはない。だが、あれこれ暇つぶしの道具――と言っては語弊があるだろうか――を持ち込む以上、それなりに整理をしておきたい。そう思う気持ちはアスランも同じだ。
「そう言えば、アスラン……この休暇は楽しまれましたか?」
 並んで移動を開始すれば、ニコルがこう問いかけてくる。
「まぁ、な」
 それなりに、とアスランは言葉を濁した。
 十分、休息は取れたし、それなりに必要なものの買い出しや何かをすることが出来たのは事実だ。
 だが、と思う。
 心の方はそうかと言われると悩むしかないのだ。
 あの日、地球へと落ちていった白い機体。その中に乗り込んでいたはずの面影が、アスランの気持ちを沈ませるのだ。
 同時に落ちていった同僚達の様子を見れば、間違いなく生きていることだけは確信が持てる。しかし、その後適切な治療を受けられたか、と言うとかなり疑問があるのだ。
 いや、それ以上に、今彼が辛い思いをしていないか。
 そう思うだけで不安がアスランの中で膨れあがるのだ。
 しかも、彼らが落ちた場所は、ザフトでもクルーゼと並ぶ《名将》と呼ばれるバルトフェルドが支配している地域だったはず。ストライク以外に互角に戦うことが出来る機体を持たない足つきが、果たして無事に逃げ延びているだろうか。
 地球軍のナチュラルなんてどうなっていてもかまわない。ようは彼――キラが無事であればいいのだ。しかし、それを確認することは難しいだろう。ある意味、バルトフェルド隊の不手際を問いかけることと同じだからだ。
 もっとも、方法が全くないわけではない。
 今はバルトフェルド隊に合流しているはずの《同僚》に確認をすれば、間違いなくそれがわかるだろう。
 だが、そんなことをしたくはない。
 自分とキラの関係を知れば、あの男がどう出るかわからないのだ。
「アスラン、どうかなさいましたか?」
 急に黙ってしまったアスランを不審に思ったのだろう。ニコルが小首をかしげながらこう問いかけてきた。
「あぁ……あいつらがバルトフェルド隊長にご迷惑をかけていないか……と思っただけだ」
 この言葉に、ニコルは即座に意味ありげなものへと笑みをすり替える。
「そこまでバカではないと思いますけどね」
 可能性は否定できない、とニコルも同意を示す。
「俺もそう願うよ」
 そして、キラの無事も……とアスランは心の中で付け加える。
「僕たちもすぐに地球に降りるんですから、フォローできますしね」
 アスランの気持ちを知っているのかいないのか。ニコルは笑みを深めるとこういった。
「そうだな」
 その時こそは、きっと……
 アスランの心の中で呟かれた言葉を知るものは、誰もいなかった。



砂漠ではほのぼのですが……とうとうアスラン登場。と言っても、まだまだ再会にはいきませんが(^_^;