「あんたを一人残していくのは心配だわ」
 フレイはこう言ってキラの顔を覗き込んでくる。
「……でも、みんなの様子も知りたいし……あれも持っていって欲しいから……」
 だから、お願い……と付け加えれば、フレイも納得をしたのだろうか――それとも、彼女は心の中では戻りたいと思っていたからだろうか――頷いてくれた。
「わかったわ。みんなにあれこれ持っていきたいし……」
 キラが貰ったもので悪いけど……とフレイが付け加える。
「いいよ……僕一人じゃ食べきれないし……服も、ミリィのほうが似合いそうじゃない、あれ?」
 サイズが少し不安だけど……とキラは小首をかしげた。
「大丈夫よ。あれなら直せるはずだわ」
 だから、持っていってあげよう……とフレイは微笑む。そうすれば、ミリィの気持ちも明るくなるはずだから……と付け加える。
「でもね。私がいないときにもあいつらを入れちゃだめよ? 何をされるかわからないんだから」
 今のキラは女の子なんだし……と言う言葉の意味がわからないキラではない。でも、とも思う。少なくとも、イザークはそんな暴挙にでないのではないか、とも思うのだ。
「そっちも心配いらないと思うよ。アイシャさんだっているんだし」
 だから、フレイが戻ってくるくらいの間は大丈夫だよ……とキラは笑みを深める。
「本当にあんたは……」
 困った子なんだから……と苦笑を浮かべながら、フレイはキラの頬に触れてきた。
「いいから、気を付けるの。わかったわね?」
 でないと、本当に心配でいけないわよ……と彼女は囁く。
「……気を付けるよ。だから、本当に心配しないで?」
 ね、と微笑み返す。それでもまだ不安が残っているような表情を彼女は作っている。だが、そこに
「フレイ嬢ちゃん、行くぞ!」
 こう言いながらフラガが顔を出してきた。
「少佐」
 そんな彼に向かって、二人がそれぞれ微妙に違う意味合いを含ませた声で呼びかける。
「何だ? まだごねているのか」
 キラ達の様子を見ただけでフラガには状況が理解できたらしい。ため息と共にこう言ってきた。
「だって……」
「デイビスが責任を持つ、と言っているんだ。任せておけばいい。それよりも、嬢ちゃんにも仕事があるだろうが」
 それを放り出しても、キラが困るだけだぞ、と彼が口にすれば、さすがのフレイもそれ以上何も言えなかったらしい。
「……わかりました……」
 本気で渋々と言った様子で言葉を口にすると、キラから離れた。そしてそのままフラガの所へ行きかけて、足を止める。
「キラ! 本当にあいつらには気を付けるのよ!」
 そして、いきなり振り向いたかと思うと同時にこう言ってきた。
「わかっているよ、フレイ。みんなによろしくね」
「そうそう。みんなにキラの様子を伝えるのも嬢ちゃんの仕事。と言うわけで、行ってくるからな」
 いい子にしてろよ……とキラに向かっていいながらフラガはフレイの肩に手を置く。そして、そのまま部屋から出て行った。
 その後ろ姿が見えなくなった瞬間、キラは小さくため息をつく。
「……何をしようかな……」
 フラガが持っていたOSのデーターが戻ってこなければ、あれこれしようにもすることが出来ない。また、フレイがいなければおしゃべりをする相手もいないのだ。
「アイシャさんは、たぶんお忙しいだろうし……」
 他の者たちはなおさらだろう。
 そう思いながら、ゆっくりと布団に潜り込むと、キラは目を閉じる。こうなれば、少しでも体を休めることに専念した方がいいかもしれない……と思ったのだ。
 開け放たれた窓から吹き込んでくる風が心地よい。
 そして、今日は珍しく外から音が響いてこなかった。
 そのせいだろうか。
 キラの意識は緩やかに眠りの中へと滑り込んでしまう。
 本当は、こんな無防備な状況で寝るな、とフレイには言われているのだ。それでも、気持ちいいのだからいいだろうと。
 それからどれだけの時間が過ぎただろう。
 ふっとキラの意識が眠りの中から浮かび上がってきた。
 よくよく周囲を見れば、もう空は夕焼けに赤く染まっている。
 それだけならばキラも驚かなかっただろう。やっぱり疲れていたのかもしれない、と思っただけですませることが出来たはずだ。
 だが、窓際に空に負けないくらいの《紅》を身にまとった人物の姿を見つけてはそう言うわけにいかない。
 一体誰が……と思って目をこらせば、そこにいたのは空の色を移しているせいで赤く見える銀髪の人物。その髪の色と身にまとっている軍服を見れば答えは一人しかいない。
「……イザークさん?」
 おそるおそる問いかければ、窓の外を見ていた彼が視線を向けてくる。
「起こしたか?」
 こう問いかけてくる彼に、キラは首を横に振って否定の意を告げた。
「あの……いつから……」
 ここにいたのだろうか、とキラは問いかける。今さっききたばかりなのであればいいのであればいいのだが、そうでなければ申し訳ないとも思ってしまう。
「気にするな。俺が好きでやっていることだ」
 しかし、イザークはそれを軽くかわした。
「それよりも、大丈夫か? 体調が優れないのであれば、ドクターを呼んでくるが」
 そして、キラを驚かせないかと言うつもりなのか、ゆっくりと歩み寄ってくる。そして、キラの顔を覗き込んできた。
「いえ……そう言うわけではありません」
 反射的にキラは微笑みを浮かべる。
「風が気持ちよかったので、つい」
 眠ってしまったのだ、と言えば、彼は安心したように口元に笑みを刻んだ。その事実に、キラもほっとする。
「それよりも、何かご用だったのではないですか?」
 そして、逆にこう問いかける。
「お前の体調が良ければ、バルトフェルド隊長がお茶を一緒に……とおっしゃっていたのだが……どうする?」
 いやであれば断ってもかまわない、と彼は口にした。それに、キラは思わず小首をかしげてしまう。
 彼らと話をするのはいやではない。だが……とも思うのだ。
「……コーヒーでなければ……」
 おつき合いします……とキラは結論を出す。
「当然だな」
 言葉と共に、イザークはキラを抱き上げた。
「あの!」
「今更だろう?」
 その事実に慌てて声を上げれば、イザークはこう言い返してくる。それもそうなのだが……とキラが考えているうちに、イザークはそのままさっさと歩き始めてしまった。



鬼の居ぬ間の何とやら……でしょうか。イザーク、頑張れ……と言うところですね。フレイの心配もあながち外れていないかも(^_^;