「本当に、彼女の《ザフト》嫌いは徹底しているわね」
 くすくすと笑いを漏らしながら、アイシャはコーヒーに口を付けた。
「父親を殺されたそうだからね。仕方があるまい」
 それも、親一人子一人だったそうだからね……とバルトフェルドが言葉を返す。
「肉親を殺された者の怒りがどれだけ深いか、我々が一番よく知っているからね」
 それでなければ――あるいは、いっそその存在がなかったものとしてちょっかいを出さずにいてくれれば――あるいは戦争は起こらなかったかもしれない。
 だが、地球連合の首脳部は、コーディネイターの人権は無視しても利用はしたいと思っていた。だから、彼らが自立をしようと作り上げた農業プラントを《核》で破壊したのだろう。
 そこから生まれた憎しみ。
 それがプラントを戦争へと追い込み、地球連合の者たちを泥沼へとかきたてているのではないか。バルトフェルドはそう指摘する。
「かもしれないわね。悲しいけど」
 自分のようにそれすらも乗り越えられるような出会いをすれば話は別であろうが、そんな機会なんか早々落ちているわけではない。だからこそ、とアイシャは思う。
「せめて、あの子達だけでも何とかなってくれればいいんだけど……」
 アイシャが思い描いているのは、キラとイザークだ。
「彼らか……少なくとも、あの子に関しては責任を取らないといけないのだろうね」
 意図していなかったとは言え、自分のせいで人生その物がひっくり返されてしまったのだから……とバルトフェルドは口にする。だが、その言葉の裏にどこか面白そうな感情が見え隠れしているのは、アイシャの気のせいだろうか。
「……アンディ……責任を取るのはいいけど、遊んじゃだめよ?」
 せめて、大丈夫だ、と言う確信が持てるようになるまでは……とアイシャはため息をついて見せた。
「ひどいな、アイシャ。僕がそうするとでも思っているのかな?」
「思っているから言うんじゃないの」
 実際、彼らを煽って楽しんでいるでしょう? とアイシャが指摘をすれば、バルトフェルドは苦笑を浮かべる。
「いいじゃないか。でないと、彼はあの子を見守るだけで満足しそうだしね」
 個人的には、あの二人はお似合いだと思うよ……と付け加えられた言葉にはアイシャも同意だった。
「そうね。彼なら間違いなくキラちゃんを守ってくれるでしょうね」
 そして、彼の実家が他の外圧からも守るのではないか……とアイシャは思う。そんな風に《家柄》にこだわるのは馬鹿馬鹿しいとは思うが、あの少女を守ることが出来るのであれば悪魔にでもすがりたいと思うのもまた事実だった。
「いざとなれば、僕の養女……と言うことでIDを収得し直してもかまわないだろうし」
 記憶がないとかなんとか理由を付ければ可能であろう、とバルトフェルドは呟く。
「それは、あの子がここに残ることを選択したら……の話でしょう?」
 今のままでは動けるようになり次第、あちらに戻る可能性も否定できないのだ。
「だからだよ。彼らをたきつけているのは」
 キラがあちらに戻りたいと思うのは友人達のため。ならば、こちらにもそれと同じだけの存在があればいいのではないか、と思ったのだ、と。
「かなり、卑怯な手だけど、まぁ、妥協してあげましょう?」
 くすりっとアイシャは笑いを漏らす。
「そのためには、あの子達を少し引き離す必要があるでしょうね」
 ちょっと裏工作が必要かしら……とアイシャは小首をかしげる。
「そうだね。ちょっと手を回すか」
 それに、バルトフェルドもまた頷き返した。

 女性に対しては、極力紳士的な態度で接するように……というのが母親から受けた教育だった。しかし、イザークはそれを無視したくなってしまう。
「だから、キラにあんたを会わせられるわけがないでしょう? また、倒れたらどうするのよ!」
 ドアの前に仁王立ちになったフレイが、イザークを睨み付けながらこう言ってきた。
「30分以内で、なおかつあいつを興奮させなければかまわない……とドクターからは許可を貰っている」
 それでも、相手は《キラ》にとって大切な友人だ……とイザークは自分を抑える。
「だからって!」
「俺から言わせれば、そうやって怒鳴るお前の方が、あいつにストレスを感じさせているような気もするが?」
 そして、出来るだけ冷静な口調でこういう。
「あんたねぇ!」
 本人もある程度は自覚していたのだろうか。フレイは顔を赤くしたり蒼くしたりしている。それはそれで楽しいかもしれないが、本来の目的が果たせない、とイザークは考えた。
「あいつは、果物であれば食べられると聞いた。昨日、街まで足を伸ばしたからな。ついでに、サイズを教えて貰ったから着替えも幾つか買ってきた。好きなのを選んで貰おうと思ったんだが……」
 邪魔をするのか、とイザークはさらにフレイに告げる。
「あぁ……お前にもいくつか選んできたが……見るか?」
 いらなければ捨てるだけだが……と付け加えれば、さすがのフレイも心を動かされたらしい。
「……キラがいいって言ったら、入れてあげる」
 そして、妥協してあげるんだからね……と付け加えると、彼女たちが使っている部屋の中へと戻っていく。その後ろ姿がドアの向こうに消えたところで、イザークは小さく笑いを漏らした。
「あいつもたまには為になることを教えてくれるものだな」
 そして、この場にいない親友の言葉に耳を貸してよかった、と心の中で付け加える。
 そうなのだ。キラの分だけではなく、フレイの分も買ってこいと知恵を付けてくれたのは彼なのだ。曰く、将を射るにはまず駒から……と言うことらしい。そして、それは正しかったようなのだ。
「後で、礼ぐらいは言わないとな……」
 こう呟いたときだ。ドアが開く。
「キラがいいって言っていたわ。入れば」
 そして、顔を出したフレイがこういう。
「すまんな」
 一応礼を言いながら、イザークは室内に足を踏み入れた。そうすれば、ベッドの上に体を起こしているキラの姿が見える。その手元には彼女が使っているパソコンがある……と言うことは、どうやら何か作業をしていたところだったらしい。
「……あまり無理をするなよ?」
 やめろと言っても聞く性格ではないのは、今までのつき合いからでもわかっていた。だから、せめてもの主張としてこう告げる。
「わかっています。フレイがちゃんと制止してくれるので」
 今のところは大丈夫だ、とキラは微笑みを返してきた。どうやら、その点でだけは彼女を認めてもいいか……とイザークは心の中で付け加える。
「あいつにも言ったが、街でお前が食べられそうな果物と着替えを買ってきた。気に入らなければ捨てていいぞ」
 こう言いながら、イザークはキラの膝の上にそうっと紙袋を置く。その中にはキラとフレイに、と思って購入してきた――これに関してはアイシャにも相談をしたが――服が何枚か入っている。そして、果物の方はベッドの脇に据え付けられたサイドテーブルの上へと置いた。
「開けて、いいのですか?」
 キラが小首をかしげながらこう問いかけてくる。そうすれば、少しだけ長くなった髪がさらりと揺れた。
「でなければ選べないだろう?」
 微笑み返せば、キラは少しだけ目元を染める。あるいは、少しだけ自分を意識してくれるようになったのだろうか。だとしたら嬉しいのだが……とイザークは心の中だけで呟いた。



イザークの行動が……まぁ、こういう事もあるでしょう。というか、何、入れ知恵をされているのかという気もしますが……まぁ、功を奏してくれてよかったですね(^_^;