次の日から、ザフト側の者たちの目を盗むようにして、キラはフラガに言われた作業を始める。
 もっとも、これに関してはそう難しいことではなかった。ドクター以外でここを訪れるのはフラガとフレイ、それにアイシャとイザーク達ぐらいなものだ。そして、アイシャ達は必ず入ってくる前に声をかけてくれる。だから、その時はすぐにシャットダウンをすればいいだけ、のことだった。
 そして、疲労の方もキラが気にかけることはない。
「キラ。そこまでよ。後は休憩をしてから」
 適当な時間を見計らってフレイがキラからパソコンを取り上げるのだ。
「……わかっているんだけど……」
 時間がないかもしれないだろう……とキラは口にする。その言葉の裏に『自分に』と言う感情が隠されていたのは言うまでもないだろう。
「キラ……少佐も言ってたでしょ? キラが動けなくても、あんたがみんなといたいって言うなら、背負ってでも連れて行くって……それは、少佐だけじゃなく私達も同じ気持ちなんだからね」
 だから、変なことは考えないの! といいながら、フレイはキラの脇に腰を下ろしてくる。そして、キラの体を抱きしめた。
「……わかっているんだけど……でも……」
「迷惑なら、私達の方がかけたじゃない!」
 だから、あんたは遠慮しなくていいの……といいながら、フレイはキラを抱きしめる腕に力を込める。そこから伝わる微かな痛みとぬくもりが、キラの心に安堵感を生み出す。
「みんな、今、何しているのかな……」
 そして、ふっと肩から力を抜きながら、こう呟く。
「……元気でいると思うんだけど……私もわからないの。ごめん」
 フレイが本気ですまなそうにこう告げる。
 考えてみれば当然だろう。彼女は、ここに来てからずっとキラの世話をしてくれていたのだ。機会を見て戻っているらしいフラガとは違って彼女はずっとここにいる。それがフレイにはストレスになっているのではないだろうか、とキラは今更ながらに気がついた。
「今度……少佐が向こうに帰るとき、一緒に戻ってくれば?」
 ミリィ達とおしゃべりしてくればいい……とキラは口にする。
「だめよ!」
 そんなことしたいけど、出来ない……とフレイは叫んだ。
「あんたを一人でここに残していったら、あの害虫共が何をするかわからないじゃない!」
 そちらの方が自分にとっては重要だ、とも付け加える。
「……フレイ……害虫って……イザークさん達のこと?」
 彼女がどうしてこう言うのかわかっていながらも、キラは思わずこう問いかけてしまう。
「そうよ! あんな連中にキラを渡してなるものですか!」
 だったら、まだフラガの方が百倍マシ! と言う彼女の言葉に頷いていいものなのだろうか。キラは思わず悩んでしまう。
「……それって、少佐をほめているわけ?」
「んなわけないでしょう! パイロットとしてのあの人は凄いと思うけど、普段のあの人はただのスケベオヤジだわ!」
 きっぱりと言い切れるフレイはさすがだ、と言うべきなのだろうか……とキラは本気で頭を抱えたくなってきた。
「あら、それは正論ね」
 だが、そんなフレイの言葉に同意を示す声がする。慌てて二人が視線を向ければ、そこにいたのはアイシャだった。だが、いつの間に、と思わずにはいられない。
「ゴメンね。ノックしたんだけど、答えがなかったから」
 何かあったかと思ったの……といいながら舌を出してみせる彼女に、フレイもキラも文句を言うことは出来ないだろう。
「すみません」
「何かあったんですか?」
 この時間はいつもバルトフェルドの所でしょう? とフレイは眉を寄せる。
「ちょっとおいしい果物が手に入ったの。果物なら、キラちゃん、食べられるでしょう?」
 だから、持ってきたのよ……と彼女は微笑み返した。だから、心配いらないと。
「そうなんですか。丁度良かったです。今、キラに休憩を取らせようと思っていたところですから」
 その瞬間、フレイの表情が柔らかな物へと変化した。どうやら、彼女の中ではフラガよりもアイシャの方が信用度が高いらしい。それとも、この前聞いた、彼女とバルトフェルドのなれそめのせいなのだろうか、ともキラは思う。
「フレイもミリィも……そう言う話、好きだったもんね」
 ふっと思い出したというようにキラは呟いた。それはしっかりとフレイの耳に届いたらしい。
「何の話?」
 即座にこう聞き返される。
「アイシャさんとバルトフェルドさんの話」
 それに言葉を返せば、フレイは納得したようだ。
「当然でしょう。ドラマチックだもの」
 そう言う話が女は好きなの……と言われても、キラには納得することが出来ない。キラにしてみれば、まだまだプログラムに関する文献の方が興味深いのだ。それでも、彼女たちが好きだ、と言うことに関してまでは否定しようとはしない。
「……そう言うことなんだ……」
 よくわかんないけど……と付け加えながら、キラはフレイに微笑み返す。
「そう思ってくれるのは、アナタ達が《軍人》じゃないからなのよね」
 まぁ、その方がいいんだけど……と微笑みながら、アイシャは持ってきたフルーツを切り分け始める。その手際はフレイよりも安心してみていられる……と口に出せば、本人に怒られるんだろうな、とキラは心の中で付け加えた。
「軍人じゃない……ですか」
 そんな自分が戦わなければならなかったのか、とキラは自嘲の笑みを浮かべたくなる。それは確かに最終的には自分で決断したことだ。だが……とも思う。もし、あの時フラガ達のと言葉を拒んでいたら……とも思うのも事実だ。それもまた、最近考えるようになったことではある。
「そう。アナタ達はまだ《軍人》じゃないの。立場はともかく、心はね」
 だから、やめるなら今のうちだ……とアイシャは付け加えた。
「ですが……」
 果たしてそれが許されるのか……とキラだけではなくフレイも考えてしまう。ここで彼らを見捨てていいのか、と。そのくらいなら、とっくにストライクを降りていたのではないか、ともキラは思うのだ。
「と言うことは、そこまでにしておきましょう。今は、食べることに専念をする」
 でないと、消化に悪いわ……といいながら、アイシャは綺麗に切り分けられたフルーツをキラの膝の上へと置く。
「アナタの分はこっちね」
 こう言いながら、フレイにもお皿を差し出してくる。
「ありがとうございます」
 フレイもこちらは素直に受け取った。
「キラ、大丈夫? ちゃんと食べられる?」
 そして、ふっと思いついたようにこう問いかけてくる。何なら、食べさせてあげるわよ、と。
「フレイ……僕は赤ちゃんじゃないんだから」
 自分で食べられるってば……とキラは頬をふくらませる。
「疲れているかなって思っただけよ」
 それに、甘やかしてやりたいし……とフレイは微笑みを返した。せめて、ここにいる間は、と。
「でないと、あいつらに取られちゃうもの」
 この言葉に、キラはまた困ったような笑みを浮かべるはめになった。



フレイ、がんばる……の回かな?
ひたすら甘やかしていますねぇ、キラを。