「……嫌われてはいないか……」
 ディアッカの言葉に、イザークは苦笑を返す。
「だが、どうすればいいのかわからないのは俺も同じか」
 どうすれば、キラの心の傷をいやしてやれるのか、わからないのだ。ただ、愛しいと思う気持ちだけは押さえようがない、とイザークは心の中で付け加える。
「……赤毛の嬢ちゃんの隙を見て、顔だけは出すんだな、とりあえず」
 ともかく自分をアピールしないとだめだぞ……とディアッカは口にした。でなければ、悪印象もぬぐえないとも。
「そうだな……」
 こういう状況にあっても、自分はキラを守ってやりたいと思う。それは間違いなく、自分の本心なのであろう。
「少しでも望みがあるのであれば、努力するべきか」
 そして、その望みは不相応と言うわけではないのだ。少なくとも、キラが悩む程度には好かれているらしい。こだわりがあるとすれば、ただ一点だけなのだろう。
「……しかし、あの時の自分を殴りたくなるな、俺は……」
 怒りに我を忘れていたからとは言え、確認することをなく引き金を引いてしまった自分に……とイザークは呟く。
「気持ちはわかるが……あまり過去にとらわれても、いい結果はでねぇと思うぞ?」
 お前もキラも……とディアッカは付け加えた。
「まぁ、キラに対する憎しみが消えたんなら、とっととその傷を消すことを考えるんだな」
 それがある限り、キラの罪悪感も消えないはずだ……というディアッカの指摘はもっともなものだ。しかし、とも思う。これが自分たちをつなぐ絆のようにもイザークには思えてならない。
「……キラが、俺の物になってくれたら、消すさ」
 だから、ついついこう言い返してしまう。
「お前……」
 本当に……とディアッカがため息をつく。
「それで、キラに嫌われないようにしろよ?」
 そのこだわりの強さで……と言われれば、イザークは苦笑を浮かべるしかない。だが、それでもすぐに傷を消すつもりになれないのだ。
「心しておこう」
 だが、ディアッカの指摘ももっともだ、とイザークは思う。キラが本気でこれを嫌がったり、心の傷を広げるようであれば即座に消してもかまわないか、と心の中で付け加える。
「そっちの方はいいとして……後はあちらさんの出方だけか」
 足つきの連中がキラをどうするつもりなのか、とディアッカが呟く。
「あいつらに、キラを治療できるとも思えないな……バルトフェルド隊長とあの女がそんな暴挙を許すとも考えられないし……だが、万が一の時はあいつを連れてここから逃げ出すさ」
 カーペンタリア基地へ戻れば、地球軍は追いかけてこないだろう。そこから本国へとキラを連れていく方法もあるのではないか、とイザークは口にした。
「そうだな……家の父にでも口をきけば、本国で治療は受けさせられるだろうして……第一、あいつは今は《女》だからな。いくらでもつじつまを合わせられるか」
 その手のことはニコルの方が得意そうだが……と呟く声をイザークは無視をする。
「ともかく……少しでも動かせるようにならないとな……」
 そうでなければ、自分たちもあちらもどうすることも出来ないだろう。
「その間に、せっせと誠意を見せるんだな」
「当たり前だ」
 ディアッカの言葉に、イザークは即座に言い返した。

 ベッドの上から動くな、と厳命されているせいで、キラは完全にひまをもてあましていた。そうすれば、どうしても考えなくてもいいことまで考えてしまう。
「……僕がしてきたことって……」
 何の意味を持っていたのだろうか、とキラは呟く。もし、あの場に自分がいなければ――あるいはラミアスの手を拒んでいれば――全ては終わっていたのではないかとも思う。
 あるいは、あそこで救命ポットを拾っていなければ……とも。
「キラ……な〜にくだらねぇ事を考えてんだ、お前さんは」
 そんなキラの頭に、大きな手が降りてくる。
「少佐」
 バルトフェルドから借りたのだろうか。それとも、街まで行って購入してきたのか。彼は私服を身にまとっている。
「ほらよ」
 こう言いながらフラガが指しだしてきた手の中にいたのはトリィだった。トリィは主人を認めた瞬間、フラガの手の中から飛び出す。そして、キラの肩に舞い降りてくる。その事実に、キラは頬身を浮かべながらも、
「トリィ……でも、どうして……」
 今まで……とキラは呟く。連れてきてくれていたのであれば、もっと早く自分の所へ連れてきてくれてもよかったのではないか、と。
「あちらに副官――ダコスタって言ったかな。そいつが、危険物でないかどうかをチェックするまで渡せないって言い出してな」
 副長というのは、どうして何処もにたようなタイプになるんだろうな……とフラガは苦笑を浮かべてみせる。彼の脳裏に浮かんでいるのは、バジルールの姿だろう。
「……仕方がないのかもしれませんよ……ラミアス艦長はともかく、バルトフェルドさんはかなり変わっているような気がしますし……」
 元地球軍の女性と平気で恋愛をするような相手だから……とキラは付け加えた。
「僕としては……そう言う方は嫌いじゃないですけど……」
 だが、そう言う人間をコントロールするにはダコスタのような人間でなければ無理なのかもしれない……とキラは口にする。
「まぁ、否定は出来ないがな」
 おかげで、自分たちも自由に出来る……とフラガは笑い返す。そして、そのまま手近にあったいすに腰を下ろした。
「おかげで、こういう物も持ち込めたし」
 そして、今度はパソコンを一つ取り出す。
「……少佐?」
 何でかれがそのような物を持ち込んだのだろうか……とキラは不審に思った。目の前の相手が一番嫌がっているのがディスクワークのはずなのだ。
「ちょっと、キラに頼みたいことがあってな」
 だがその疑問はすぐに解消される。どうやら、キラに何かプログラムを作らせようと考えてのことらしい。確かに、今でも根を詰めなければそのくらいの作業は出来るだろうし、暇つぶしには丁度いいはずなのだ。
「何でしょうか?」
 だから、キラは気軽にこう聞き返す。
「……ストライクのOSをな……俺でも使えるように出来ないか、と思うんだが……」
 だが、次の瞬間、彼の口から出た言葉にキラは硬直してしまった。
 それはつまり、彼らがキラを切り捨てようとしている、と言うことではないだろうか。
 確かに、今の自分では彼らを守るために戦うことは出来ない。だから、仕方はないとは思っても、衝撃を受けないわけではないのだ。
「あのな……誤解をするなよ? お前をここに捨てていこうって思っているわけじゃない」
 強張った表情から、キラが何を考えているのかわかったのだろう。フラガが小さくため息をつきながら言葉を口にし始める。
「お前が残りたいって言うなら別だが、そうでないなら、抱えてでも背負ってでも連れて行ってやる。ただ、そのためには俺達がお前を守ってやれなければならないだろう? それでなくても、今のお前に連中と戦うことは出来ないだろうしな」
 デュエルやバスターの坊や達も含めて……と付け加えられれば、キラは納得するしかないだろう。だが、それはフラガ達も同じなのではないか、とも思う。
「俺や艦長達はな。ちゃんとした訓練を受けている。それには意識的なものも含まれているんだ。だから、明日こいつらと戦え、と言われても出来る……だから、だよ」
 お前が出来ないときは自分がするために、ストライクのOSをフラガにも適応できるようにして欲しいのだ……と彼は説明をしてきた。
「……少佐……」
 その言葉も理解できる。
 だが……とも思うのだ。
「……僕は……」
 どうしたらいいのか、と言うようにフラガの顔を見つめる。
「キラ……頼む」
 そんなキラに向かって、フラガが頭を下げた。お前のためにもそうして欲しいと付け加える。その言葉に嘘は感じられない。
「……わかりました……」
 キラにはこう答える以外の道が見つけられなかった……



それぞれが動き始めました。しかし、予定ではとっくの昔に過ぎているはずのシーンだったのに(^_^;
まぁ、それもいつものことですけどね。