自分がどうすればいいのか、キラにはわからなかった。
 イザークの秀麗とも言える顔に傷を付けたのは、ストライクに乗っていた自分。そのせいで、あるいは彼らは撃墜されてしまったのかもしれない……と思えば、自分の命で償うしかないのだろうかとしか考えられない。
「……でも……僕が死んでも、なんにもならないんだよね……」
 そんなことをしても、失われた命は帰ってこないだろう。逆に、友人達を悲しませるだけのような気がしてならない。それでもこう口にしたくなるのは、キラが弱いからなのだろうぁ。
「そうそう。そんなことになったら、キレル奴がいるからやめてくれ」
 その瞬間だった。
 窓の外からいきなり声がかけられる。
「あっ……あの……」
 まさか独り言を聞かれるとは思っていなかったキラは、焦って視線を向けた。そうすれば、ディアッカが窓から顔を覗かせて手をひらひらと振っている姿が見える。
「ちょっといいか?」
 人好きするような笑顔のまま、彼はこう問いかけてきた。それに、キラはどうするべきか、と悩む。イザークの話から推測すれば、彼もまた《クルーゼ隊》の一員のはずだ。それは、キラと戦ってきた相手だと言うことでもある。
「別段、お前をどうこうしようって言うつもりはない。ただな。あれでも俺の友人でさ。黙ってみていられないって言うわけ」
 だから、ちょっと話をさせて貰いたいなと思ったのだ……と彼は口にする。
「……イザークさんは……」
 そう言えば、ここ数日、彼の姿を見かけていない……とキラは思う。それはあの一件からだ、とも。それ以前は日に何度も彼は顔を出してくれたのにと考えて、キラは自分が彼に会いたいと思っているのか、と悩んでしまった。
 彼が憎いのか、と言われればわからない。
 だが、許せないのだ。
 誤解からだとは言え、結果的にエル達を殺した彼が。
 しかし、その原因を作ったのは自分かもしれない……ともキラは思う。
「元気と言えば元気だな……お前のことを気にしてるのか、ぼーっとしていて、あいつらしくない失敗をしているようだが」
 それも無理はないんだろうが……と言いながら、ディアッカは窓枠を乗り越えて室内に入ってきた。その行動が誰かに似ている……と考えて、キラはすぐにそうかと結論を出す。彼の言動はどこかフラガににているのだ、と気づいたのだ。
「……僕が……」
「こらこら……可愛い顔が台無しだぞ」
 キラが言葉を口にする前に、ディアッカはこう言って笑いかけてくる。
「それに、お前のせいじゃないだろう? そんなことを言えば、元は俺達がヘリオポリスを急襲したせいだしな」
 だから、それに関してせめられるべきは俺達の方だろう? といいながらディアッカはいすに腰を下ろした。
「第一、訓練を受け、その上エリートと言われていた俺達が、ドシロウトであるお前にかなわなかったなんて……な。イザークにしても、それがひかかっているのさ」
 あいつ、プライドだけは高いから……と笑われても、キラはどうしていいのかわからない。
「……それは……きっと……」
 彼のせいだ、と言いかけて、キラは口をつぐむ。
「どうかしたのか?」
 だが、それを聞き逃すディアッカではない。即座に問いかけてきた。
「皆さんが、僕をナチュラルだと思っていたからじゃないか、と……」
 だから、どこか隙があったのだろうとキラは付け加える。
「それだけじゃないと思うが……まぁ、そう言うことにしておこうか」
 気が向いたら、本当のことを教えてくれ……と彼は素早く話題を打ち切った。
「でさ……率直に聞くぞ。お前、イザークのことをどう思っているわけ?」
 返答次第で、諦めるように説得をするから……と言われて、キラは困ったように小首をかしげてみせる。
「……それが……わからないんです……」
 どう思ったらいいのか……とキラは微笑む。その瞬間、ディアッカが意味ありげな表情を作った。
「つまり……まだ整理が着いていないってことなのか?」
 この言葉に、キラは素直に頷いてみせる。
「憎んでいいのか、それとも許すべきなのか……僕にもわからないんです……イザークさんがシャトルを撃ったのは、間違いなく、その前に僕が彼を傷つけてしまったからでしょう?」
 それがなければ……とキラは思う。
 しかし、彼を傷つけなければ自分が死んでいたかもしれない。その時点で、みんなが死んでいた可能性も否定できないのだ。
「……そっか……お互い複雑だよな……」
 キラにイザークを近づけまいとするフレイの態度も、そして、イザークを応援したいと思う自分の気持ちも、それぞれが当事者を大切に思っているからなのだろう……とディアッカは呟く。
「だが、イザークにしてもまだ望みはあるわけだ」
 悩むと言うことは……とディアッカは口調を変えてこう言ってきた。
「ディアッカさん?」
 一体何を、とキラは聞き返してしまう。
「わからないってことは、完全に嫌いじゃないからだろう? 本気で嫌いだったら悩むわけないしな」
 違うか、と言われて、キラはそうかもしれない……と思ってしまった。
「……だと、思います……」
 実際、イザークの顔が見えないことを寂しいと思っていたのだから、とキラは心の中で呟く。
「俺としては、イザークの恋が実ってくれればいいと思っているしさ」
 親友としてな……と彼が何気なく付け加えたときだ。
 キラの心の中をある面影が通り過ぎる。
 同じ隊であったのだから、当然、彼らは彼のことを知っているはずだ。だが、それを問いかけることはためらわれてしまう。今のイザーク達に、自分と彼がかつて《親友》と呼べる間柄であり、そして、あの時顔を合わせていたと言う事実を伝えない方がいいだろうという声が心の中でするのだ。
「……僕は……そう簡単に男性を恋愛対象としてみることは……」
「出来ないってか。まぁ、それに関しても納得できるんだけどさ」
 自分だって、そう言う状況じゃ心の切り替えなんてできないしな……とディアッカはさらに笑みを深める。
「あいつを異性としてではなく、一人の人間として見てやってくれないか?」
 そこから始めてくれればいい……と言う言葉にキラが頷き返したときだ。
「ちょと、あんた!」
 ドアが開く音と共にフレイの怒鳴り声が室内に響き渡る。
「フレイ?」
 戻ってきたの? と言うキラの言葉を、彼女は見事に無視をした。
「本当、人がちょっと席を外していれば……」
 ずかずかと歩み寄ってくる彼女に恐れをなしたわけではないだろう。だが、ここで騒動を起こすわけにはいかないと判断したらしい。
「またな、キラ」
 この言葉を残して、彼は来たとおり窓から出て行く。
「来なくていいわよ!」
 そんな彼の背中に向かってフレイがさらに怒鳴りつける。だが、意味がないと悟ったのか。今度はキラに視線を向けてきた。
「キラ、大丈夫? 何もされなかった?」
 そのまま顔を覗き込むようにして問いかけてくる彼女に、キラは素直に頷いてみせる。
「少し、話をしていただけ……お互いに、知らないことが多すぎるから……」
 だから、とキラが付け加えれば、フレイは小さくため息をつく。
「キラは優しいから……でも、無理をしちゃだめよ?」
 この言葉に、キラは素直に頷いて見せた。



ディアッカ、暗躍? どうやら、本気で応援する気らしいですね、彼は。それとも、ただの暇つぶしなのか。どちらでしょう(^_^;