「あんた、キラに何をしたのよ!」
 医務室のドアの前で、フレイがイザークにこう詰め寄っている。
「少しでもいい奴だって思ったのが間違いだったわ!」
 この言葉に、イザークも返す言葉はない。ただ、黙って唇をかみしめているだけだ。そんな彼の姿は珍しいと思うと同様、仕方がないのだ。間違いなくキラが倒れたのは、イザークが《デュエル》のパイロットだったからに決まっている。
「……デュエルとストライク……一体、何があったって言うんだよ」
 それぞれが、それぞれに何かこだわりを持っているような気がする……とディアッカが呟いた声が耳に届いたのだろう。
「何をしたなんて、決まっているじゃない! この人殺し!」
 フレイが視線を向けながら叫んだ。
「……人殺しって……俺たちは戦争をしているんだぞ?」
 地球軍の連中を殺すのは当然の事じゃないか、とディアッカは言い返す。
「違うわよ! 貴方達が殺したのは、私のパパやヘリオポリスの民間人よ! あと一息で、地球に帰れるはずだった人たちなのよ! そのせいで、キラがどれだけ傷ついたと思っているの」
 そんな奴だと知っていたら、キラに近づけなかったのに……とフレイはさらに叫ぶ。
「……ヘリオポリスの……民間人?」
 一体いつ……と目を剥いたのはディアッカだけではない。フレイに襟首を掴まれたままのイザークも同じだ。
「……俺達は、民間人には手を出していない……」
 武装をしていない民間人を攻撃するような行為をするはずがないだろう……とイザークは呟く。
「嘘つき!」
 だが、フレイは少しも糾弾の手を止めようとはしない。
「キラの前で撃ったじゃない! みんなが乗ったシャトルを」
 そして付け加えられた言葉に、イザークは心臓が止まるような衝撃を受けた。
 確かに、自分はストライクとデュエルの間に割り込んできたシャトルを撃った。
 だが、それは……
「あれは……あれは、戦場から逃げ出そうとした臆病者の兵士が乗ったシャトルじゃなかったのか!」
 そうだと思っていたから自分はライフルを撃ったのだ――ストライクを仕留められない腹いせに――
「違うわよ! ようやく地球軍と合流できて、安全なところにいけると思ったのに……ひょっとしたら、私やキラも、あれに乗っていたかもしれないのよ!」
 フレイの叫びにイザークの表情がさらに強張る。
「貴方達がパパを殺したから……私は志願して……そうしたら、みんなも残って……私達を守るために、キラも残ってくれたのよ! でなければ、今頃キラは、生きてここにいないわ!」
 そんなイザークに向かって、フレイがさらに言葉をぶつけてきた。その内容は、イザークにしてもディアッカにしても眉を寄せずにはいられない。しかし、結果的にキラが生きているのであれば、妥協してもいいのではないか、と思えるものだった。
「……俺は……俺は知らなかった……知っていたら、俺の命に替えてでも、そいつらを守ってやったさ」
 例えナチュラルであろうと、民間人は守らなければならないものだ。まして、それがオーブの民間人であれば当然かもしれない。そう思えるくらいのイザークの心境は変化していたというのは事実だ。
「きれい事を言わないでよ! みんなが死んでしまったのは事実でしょう」
 そんなイザークに、フレイがさらに糾弾の言葉を投げつけようとする。しかし、
「そこまでだ」
 そんな彼女を押しとどめる声が彼らの耳に届いた。視線を向ければ、医務室から出てくるフラガの姿が確認できる。
「お前さんの声がでかすぎて、中まで筒抜けだぞ」
 キラに聞こえている……と言われた瞬間、フレイは口を閉じた。
「それと、そっちの坊主……キラが話をしたいとさ」
 こう言いながら、フラガはイザークを指さす。その事実に一番驚いたのは、イザーク本人だったかもしれない。
「……俺、に?」
 キラが何を話すというのか……とイザークは思う。
 糾弾だろうか。
 それとも、ののしりの言葉か。
 どちらにしても、自分が民間人の命を奪ったのは間違いはない事実なのだろう。そして、それがキラを傷つけた……というのであれば、甘んじて受けなければならないのではないか。イザークはそう判断をする。
「わかりました」
 そして、それでキラの気持ちが少しでも軽くなるならかまわないではないか、とも。
「わかっていると思うが……」
「あいつを興奮させません」
 今のキラは、ほんの少しの興奮でも命に関わるかもしれない。
 例えどれほど、憎まれても、もう自分はキラを失えないのだ……とイザークは心の中で付け加える。
「頼むな」
 そんなイザークの肩をフラガは叩く。そして、そのまま彼の脇を抜けるとフレイの側に歩み寄っていった。
「少佐!」
 どうして、とフレイは彼にすがりつく。
「……どちらにしろ、俺達が口を出す事じゃない。キラが決めることだ……そうじゃないのか?」
 このままここにいるのも、それとも、アークエンジェルに帰るのかも……と言いながらフラガは彼女の背中を優しく叩いていた。だが、それは誰も認められるわけがない事実だろう。そうすれば、どうなるか、キラ以外の者は知っているはずなのだ。
「わかっています……わかっていますけど……」
 許せないのだ、と 口にしながら、フレイはフラガの胸で泣き出す。そんな彼女を尻目に、イザークは静かに医務室内へと足を踏み入れた。
 その瞬間、枕に上半身を預けてこちらを見つめている菫色の瞳と視線がぶつかる。
「……貴方の……その顔の傷は……僕が付けたものですか?」
 弱々しいがしっかりとした口調でキラがこう問いかけてきた。
「そうだ……」
 今更誤魔化しても仕方がない。そう判断をして、イザークは素直に頷く。
「……だから、シャトルを撃ったのですか?」
 キラはさらに問いかけてくる。
「だとしたら……」
 それは自分のせいだ……とキラは顔をしかめた。それをやめさせたくて、イザークは彼女に向かってそうっと手を伸ばす。だが、その柔らかな頬に触れる寸前で動きを止めた。果たして、自分が今のキラに触れていいものかわからなかったのだ。
「それは違う。してしまったことに関して、今更言い訳をするつもりはない。だが、俺は、あれに民間人が乗っていると知っていれば、決して撃たなかった。いや、足つきに民間人が乗っていると知って言えれば、俺達は皆、あそこまで執拗な攻撃を加えなかった」
 それだけは疑わないで欲しい……とイザークは口にする。
「お前が、あまりに優秀すぎたから……まさか《民間人》だったなんて、考えもしなかったんだ、俺は」
 すまない……と付け加えれば、キラは小さく首を横に振ってみせる。その目尻から水晶のような涙がこぼれ落ちた。
「……触れても、いいか?」
 涙をぬぐってやりたい、とイザークは口にする。
「……僕は……」
 死んでいた方がよかったのだろうか……とキラは口にした。
「そんなことを言うな……そうすれば、こうして出逢えなかったんだぞ……」
 そして、自分の罪を償うことも出来なかったはずだ……とイザークは言い返す。同時に、その腕が優しくキラの肩を抱く。
「俺に償う機会をくれ……お前を、俺が守るから……」
 だから、死ぬことは考えるな……というイザークに、キラは答えを返してはくれなかった。



と言うわけで、望みがないわけではなさそうです……と言うより、イザークが諦めるはずがないと(^_^;
さて、これからどうなるのか(苦笑)