「……ともかく、次に戻ってこられるようになるまで、考えていてくれ……こっちの坊主達のことも含めてな」 こう言いながら、フラガはトリィを軍服の下へと押し込む。そして、他に必要だと思われる荷物を詰めたバックを背負った。 「わかりました。こちらのことはご心配なさらずに。それよりも、キラ君のことをお願いいたします」 キラの容態が安定するまでに答えは出せるだろう……とラミアスはフラガへと微笑み返す。 「すまんな」 そんな彼女にフラガもまた笑みを返してくる。そして、そのままぽんっとラミアスの肩を叩くと、フラガは乗ってきたバイクへとまたがった。 「極力、連絡を入れるようにする。まぁ、キラに関しては心配いらないと思うがな」 フレイ嬢ちゃんの存在が不安だ……とフラガは口にしながら、エンジンをかける。 「わかりました。キラ君の状況だけでかまいませんので、教えてください」 他のことは相手に聞かれるとまずいこともあるだろうから……と言外に付け加えれば、 「了解。お前さんもあんまり無理をするなよ」 フラガは軽く手を挙げながらこういった。そして、そのままバイクを走らせていく。 「……それは貴方にも当てはまると思いますけどね……」 フラガの後ろ姿に向かってこう呟くと、ラミアスはきびすを返した。そこにはバジルールが立っている。 「……どうかしたのかしら、ナタル?」 不安を押しつぶすと、ラミアスは微笑みと共にこう問いかけた。 「艦長は……どうなさるのが一番だと思われますか?」 そんな彼女に向かって、バジルールはいつもと変わらない口調で問いかけてくる。だが、それが表面だけのことだ、とラミアスにもわかっていた。 「……キラ君のことを考えれば、解放してあげるのが一番なのでしょうね……MIA認定だろうと、傷病兵扱いだろうと、いくらでも抜け道はあるのだもの……」 少なくとも、そうすれば彼――いや、彼女は死ぬことはないのだ。プラントの者の手の中にあれば、確実に命を長らえることが可能だろうと。 「そうだとは、自分も思うのですが……」 だが……と言いかけて、彼女が飲み込んだ言葉もラミアスには想像が付いてしまう。 「ともかく、まずはキラ君の体のことを考えましょう? 今、一番ショックを受けているのは、間違いなくあの子だわ」 自分たちなら、いくらでも戦える。今までだって、かなりこんなんだと思える戦いも生き延びてきたのだから……とラミアスは自分に言い聞かせる。 もちろん、それがキラのおかげだ、と言うこともラミアスにはわかっていた。だが、そうだからとは言って、いつまでもキラを自分たちに縛り付けておくわけにもいかないだろう、とも思う。 「本当に、厄介なものですね……だから、コーディネイターは必要ないのだ……と言い切れればいいのでしょうが……」 そうすれば《キラ》の存在も否定しなければならなくなる……とバジルールは口にした。 「昔の貴方なら、必要ないと切り捨てていたのではないかしら?」 もっとも、今のバジルールの方が個人的には好みだが……とラミアスは柔らかな声で告げる。軍人としてはいいこととは言い切ればいだろうが、とも。 「……ザフトなら《敵》ですみますが、オーブのコーディネイターまで同義にくくるわけにはいかないだろうと判断したまでです。個人的に、ヤマト少尉が気に入っている……という事実は否定できませんが、それはあくまでも彼――申し訳ありません。今は彼女、でしたね――の性格が好ましいものだ、と思えるからで……」 そんなラミアスに、バジルールは次第に支離滅裂になりながら言い訳をし始める。 「いいのよ。キラ君だけが特別でも……」 ある意味、大切なのはそれだけだろう……と口にしながら、ラミアスは歩き出す。そして、バジルールの脇をすり抜けるとき彼女の肩を叩いた。 「そのキラ君のために、一番いいと思われる方法を探してあげましょう?」 そしてこう口にする。 「そうですね……戦闘がない以上、我々がしなければならないのはそれですね」 ラミアスの言葉に、バジルールもまた頷いて見せた。 いつの間に眠ってしまっていたのだろうか。 点滴をして貰ったことだけは覚えているのだが……と思いながら、キラはそうっと目を開く。そのまま周囲を見回してみるが、そこには誰もいない。 「……フレイ?」 きっと、退屈になって席を外しているのだろう。そう思いながら、キラは彼女の名を呼んだ。 「目が覚めたか?」 しかし、戻ってきたのはフレイの声ではない。しかし、それが誰のものかも今のキラにはわかっていた。 「イザーク、さん?」 どうして彼がここにいるのだろう……と含ませながら、キラは彼の名を呼ぶ。 「赤毛の女なら、さっき、エンデュミオンの鷹が戻ってきたと言って出て行ったぞ。その間、俺がお前の護衛代わりにここにいるだけだ」 他の連中が不埒な真似をしないようにな……と付け加える彼に、キラは小首をかしげてみせる。 「どうして……そこまでして頂けるのですか?」 イザークの好意が、どう考えても同情の域を超えているような気がしてならない。 「……自分でも不思議だったんだが……あの女の言葉を認めるのは癪だが、一番近いのは《一目惚れ》と言うところかもしれないな」 キラのことが気にかかって仕方がないのだ、とイザークは苦笑混じりに告げる。 「お前が現在の所《敵》だ……というのはわかっているんだが……どうしても目が離せない」 ついでに、守ってやりたくなってしまう……と言いながら、イザークはキラの方へ向かって手を差し伸べてきた。その意図がわからず、キラは思わず身を固くしてしまう。 「別に、今すぐどうこうしよう、とは思っていない。無理強いをするような最低な人間ではないつもりだからな」 点滴が終わったから、針を抜くぞ……とイザークはキラに告げる。どうやら、自分をどうこうしたいと彼が思っていたわけではないらしい……とキラは理解をした。同時に、自分が彼を誤解していたのだと。 「……すみません……」 キラは傷口を消毒してくれている彼に向かって謝罪の言葉を口にした。 「謝ることではないだろう。俺達が敵対していたのは、間違いのない事実だ。お前の反応も理解できないわけではない」 そうでない方がおかしいだろう……とイザークが微笑んでみせる。 「でも……」 「気にするな、と言っている。どうせ、お前はまだここにいるんだ。その間に知り合っていけばいいだけのことだ」 違うか? と問いかけられて、キラは思わず頷いてしまった。 「素直なのはいいことだ」 言葉と共に、キラはイザークの腕にまた抱え上げられてしまう。 「あの……」 「ドクターからの厳命だ。お前に体力を使わせるな、と。あいつらの所に行きたいのだろう?」 だから、俺が連れて行ってやる……とイザークはキラの顔を覗き込んでくる。 「ですが、僕は……」 「気にするな。俺がこうして歩きたいだけだ」 キラの反論を、イザークは柔らかく拒絶した。そして、それ以上話を聞くつもりはない、と言うように歩き出す。 こうされてしまえば、キラにしてもそれ以上何も言うことは出来ない。 少しでも彼が歩きやすいように、と自分の腕を彼の首に絡めた。そして、そのまま甘えるように頭を彼の肩に預ける。 その瞬間、イザークの口から柔らかな笑みがこぼれ落ちたのがキラにもわかった。 キラが点滴を受けている間に何かを悟ったのでしょうかねぇ(^_^; ようやく、話が進みそうです(苦笑) |