本当に、こいつがストライクを動かしていたのか…… イザークは改めてそう思ってしまう。それほど、腕の中の存在は華奢なのだ。確かに、男から女になったとは言え、それでも細すぎる、と思えてならない。こんな体で自分たちと互角以上に戦っていたと言う事実が信じられないほどだ。 「……あの……」 自分が黙ってしまったからだろうか。 腕の中のキラが不安そうな声をかけてくる。 「やっぱり、僕……」 「お前、軽すぎだ。心配になってくるぞ。それにバルトフェルド隊長からも、お前の様子には気を付けろ、と言われている」 キラがさらに言葉を口にする前に、自分が黙っていたのは、それのせいだと言外に滲ませながらイザークはこう告げた。 「僕は……軽くないと思います」 だから下ろして欲しい……とキラはまた訴えてくる。どうやら、こうして運ばれるのがいやなのだろう。それも無理はないのではないか、とイザークは考えた。腕の中の存在は少し前まで自分と同じ《男》だったのだ。今はそれが同じ男にいわゆるお姫様抱っこをされている。自分が同じ立場であれば、とても耐えられないだろうとも思う。 「お前は異常なくらいに軽い。それにさっきも言っただろう? お前一人ぐらい抱えて歩けないような鍛え方はしていない」 だから、大人しくしていろ……とイザークは口にする。 「お前が体調を崩す方が、俺達としては問題だ」 地球軍に何か言われるのはいやだからな……とキラに言葉を投げつけながらも、イザークは違う、と心の中で付け加えていた。 腕の中の存在が体調を崩していやなのは自分なのだ。 その理由まではまだわからない。 だが、それは、自分のライバルにこんな事で死なれてはいやだ、と言う気持ちからだろう……とイザークは思いこもうとする。 だが、それにしては自分の行動はおかしいという自覚も彼にはあった。 同じようにライバルとして考えているアスランには、こんな思いを抱いたことはないのだ。だが、それもこれも、キラが今は《女》だからかもしれない……とも考えてしまう。 キラが《女》だから…… 女だから、こんなにも親身になっているのか、自分は……とイザークは心の中で呟く。それでは、本当に自分が腕の中の相手に《一目惚れ》をしてしまったようではないか……とも。 「……僕が迷惑なら……そう言ってください。アークエンジェルに戻りますから」 キラはイザークの腕の中でこう呟く。 「キラ!」 それが聞こえたのだろう。フレイが慌ててキラの名を呼ぶ。 「誰が迷惑だと言った?」 その言葉を遮るかのように、イザークは言葉を口にする。 「お前の存在が迷惑なら、いくら命令でも面倒なんか見ないぞ、俺は」 無意識のうちに続けられた言葉に、イザークはぎくっとしてしまう。 そうなのだ。 なんだかんだと言っても、キラの存在が《迷惑》だと自分は感じていない。むしろ、積極的に面倒を見ているような気がしてならないのだ。 「ともかく、大人しく運ばれろ」 理由を考えるよりも、キラをドクターに診せる方が先だ。実際、このわずかの時間の間にも、彼女――そう《彼》ではなく《彼女》なのだ、今は。それがイザークを混乱に陥れている理由だ、と言うことも否定できない――の小さな顔からはさらに血の気が失せている。あの話が腕の中の存在にも当てはまるのであれば、対処を急がなくてはいけないだろう。 「キラ……忌々しいけど、その野蛮人の言うとおりにして。さすがに、見ている方が辛いわ」 フレイが小走りをするようにしてイザークの隣を移動しながら、こう囁いてくる。 「……うん……わかった……」 彼女の言葉に、キラは素直に頷き返す。 イザークよりもフレイの方をキラが信頼している、と言う理由もあるだろう。だが、それ以上に、キラの元々の性格が関係しているのかもしれない。 だから、地球軍に利用されたのだろうか。そう考えれば、忌々しいと言いたくなるのは自分の方だ……とイザークは思う。同時に、どうして、これほどまでにキラは自分を追いつめたがるのだろうか、とも。 「最初からそうして大人しくしていればいいんだ」 そんな自分に感じた怒りを誤魔化すかのように、イザークはこう吐き捨てる。 「……ごめん……」 即座にキラがこう呟く。 「だから、そこで謝るな!」 こっちが困るだろう……とキラに告げると、イザークはそのまま歩を早めた。 キラの顔を見た瞬間、ドクターは思いきり顔をしかめる。 「……言いたくはないが……一体、あちらでどのような生活をしてきたんだね、君は」 手早く点滴の準備をしながら、ドクターはため息をついた。 「どんなって……」 何と言えばいいのだろうか、とキラは小首をかしげてしまう。 「文句は貴方達の仲間に言ってくれる? キラが休む間もなく攻撃をしてきて……そのせいで、食欲が落ちちゃったのよ! 他の避難民からも、コーディネイターだというだけで文句を言われていたんだから」 自分も八つ当たりをしちゃったけど……とフレイは素直に自分の非を認める発言をする。 「……そうか……」 そう言う状況では仕方がないか、とドクターは言葉にしながら、キラの腕に点滴の針を刺した。一瞬の痛みがキラを襲う。それに思わず眉を寄せれば、 「すまなかったね……ちょっと痛かったか」 即座にこう返してくる。 「ここにいる者たちは皆、体だけではなく血管も太いのでね。君の血管は細くて、突き破りそうだ」 まぁ、だからといって、そんな不手際をするつもりはない……とドクターは微笑んで見せた。 「ただね。先ほどもいったとおり、君の体は今、生まれたばかりの赤ちゃんと同じように壊れやすい。少しでも不調を感じたときには、遠慮せずに言ってきなさい」 いいね……と言われて、キラは困ったような表情を作った。 「僕は……」 「我々の隊長の不手際だからね。責任を取らせて欲しい」 君の体調管理もその一環だ……と言われてしまえば、キラにはそれ以上反論をする余地がないだろう。何よりも、 「わかりました。少しでもおかしいと思ったら連絡をさせて頂きます」 とフレイが意気込んで口にする。 「私達は、キラを失いたくありませんから」 それは、地球に降りてきてから彼女がよく口にするようになったセリフだ。その言葉を、キラはある意味嬉しく感じていたのは事実。だが、この場で宣言しなくてもいいのではないか、とも思う。 「そうだな。今、そいつに死なれては俺達も寝覚めが悪い」 その上、イザークまでもがこう言ってきたのだ。 「……僕は、赤ちゃんじゃありません」 言われた以上、自分で注意をする、とキラは口にする。だが、それは即座にフレイによって却下されてしまった。 「何言っているの! あんたのやせ我慢はいつものことでしょう? こいつらが悪いんだから、あんたは威張っていればいいの。そうすれば、全部やってくれるんだから」 わかった? と言うフレイの迫力に押されて、キラは思わず頷いてしまう。だが、次の瞬間、まずいと言う表情を作ってしまった。 「そこまでいかなくても、少しでも負担だと思うことは遠慮なく言ってくれていい。でないと、ベッドに縛り付けなければならなくなるからね」 そんなキラに、ドクターは微苦笑を浮かべるとこう言葉をかけてくる。 「まずは、この点滴が終わるまで大人しくしているように。そちらのお嬢さんには、何かつまむものを用意してあげよう。そうすれば、二人でここにいられるだろう?」 それとも、本の方がいいかな? と言う言葉に、フレイは早速あれこれと注文を出し始めた。それをドクターは気軽に引き受けてくれる。 しかし、キラにはイザークの瞳の方が気になってならなかった…… そろそろキラもイザークを意識し始めたようです。 |