「キラ……疲れたの?」
 この言葉に、キラは自分がため息を繰り返していた、と言う事実に気がつく。
「……そう言うわけじゃないけど……」
 何もすることがないからだろうか……とキラは小首をかしげてみせる。いつもはもっと忙しくあれこれ動いているから……と。
 だが、そんなキラのセリフを鵜呑みにしてくれるような相手ではない。
「それとも、外にいる連中が鬱陶しいとか?」
 はっきり言いなさいよ! とフレイはキラに詰め寄ってくる。しかも、彼女はキラが明確な答えを返すまで解放してくれるつもりはないらしい。
「……ちょっと、視線がね……」
 慣れているつもりだったのだが……とキラが付け加えれば、その意図がわかったのだろう。フレイが気まずそうに視線を伏せた。
「フレイがそんな表情をする事じゃないだろう? あの時は仕方がなかったんだし……それに、逃げ場もあったから……」
 だから、大丈夫だったよ……とキラは微笑む。
「本当に……あんたはバカなんだから……」
 そんなセリフ、信じると思っているの……とフレイは泣き笑いの表情を作った。キラの気遣いは嬉しいが、そのせいでどれだけ傷ついていたか知っているのだ、彼女は。
「そう言うバカだから、いつまでも憎んでいられなかったのよね……」
 だから、あんたはそのままでいなさい……とフレイはキラに抱きついてくる。
「……それって、ほめられているって事なのかな……」
 そんなフレイの背中を抱き返しながら、キラは苦笑を浮かべた。
「そんなの……自分で判断しなさいよ! 少なくとも、そんなあんただから、私達はみんな気に入っているって言うのは事実だけどね」
 だから、そのままでいなさい。と、囁かれた言葉に、キラはしっかりと頷いてみせる。
 そんな二人の耳に、ドアの向こうから響いてくるざわめきが届いた。
「……ったく……」
 それを耳にした瞬間だ。今まで気づかないふりをしていたらしいフレイが、いきなりこんなセリフを呟く。
「ザフトって、デバガメ好きなの?」
 次の瞬間、廊下にも聞こえるであろう大きさでこう告げた。
「フレイ」
 それって……とキラが慌てて止めようとする。だが、かなり鬱憤がたまっていたらしい彼女がその言葉程度で収まってくれるわけはなかった。
「だってそうじゃない! あの人達がいなくなったらとたんに覗きに来る奴がいるなんて……そりゃ、キラは可愛いわよ。だからって、失礼じゃない」
 気になるなら堂々と入ってくればいいのよ! それができないから、こそこそと覗いているんじゃないの……とフレイはさらに言葉を吐き出す。それは、いつもの彼女の言動だと言っていい。だが、この場でもそれが許されるか……というとかなり疑問だ。
「……フレイ……僕が可愛いって言うのは……」
 恥ずかしいからやめて欲しい……とキラは彼女に訴える。
「可愛いのものは可愛いの! それに、あんたは今女の子なんだから、それはほめ言葉だって自覚しなさい!」
 これからもいっぱい言われるんだから……と言う言葉には何と言い返せばいいのだろうか。キラがそう考えたときだ。ふらっとキラの体がふらついてしまう。
「キラ!」
 そんなキラをフレイが慌てて支える。
「やっぱり疲れているんじゃないの!」
 ともかく、座りなさい……とフレイがキラに優しく囁く。と同時に、
「お前ら! 何をやっているんだ!」
 ドアの外からここで聞き慣れつつある声が響いてくる。一瞬間を置いて、ばたばたと誰か――それも複数だ――が駆け出していく足音がそれに続く。
「……あの無礼者も、少しは役に立つのね」
 キラを強引にソファーへと導いていきながらフレイが呟いた。
「まぁ、そうでなきゃ、意味ないけど」
 でなければ、あんな奴、必要ないじゃない……と付け加える言葉は、間違いなくフレイの本音だろう。しかし、それが仕方がないことだとわかっていても、キラは悲しくなってしまう。ひょっとしたら、自分もそう言われていたのではないか、と思ったのだ。
「だから、キラのことを言ったわけじゃないって」
 ザフトの人間だからそう言ったのだ、とフレイが慌ててキラの顔を覗き込む。
「それよりも、やっぱり顔色が悪いわよ、あんた」
 アイシャが戻ってきたら、さっさと休めるような部屋を用意して貰わないと……といいながら、フレイはそのまま額をキラのそれへと押し当てる。
「熱は……ないようね。なら、疲れているだけなのかしら」
 それとも何なのか……とフレイは心配そうに口にした。
「ともかく……」
 少しでも休まないと……と彼女が言う声に
「入ってもかまわないな?」
 と言うイザークの声が被さる。それでも、最初の出会いのように勝手に入ってこないあたり、フレイの言葉が彼の中で引っかかっている、と言うことなのだろうか。キラはそう考えながら、フレイの言うとおり再びソファーへと腰を下ろす。それだけではない。引き倒されるように、隣に座ったフレイの膝へと頭を預けることになってしまった。
「いやだ、って言ったらどうするの?」
 キラの髪をフレイの細い指が優しく撫でる。その体勢のまま、彼女はドアの向こうへと声を投げつけた。
「……困るな……ドクターが呼んでいるんだが」
 それに対し、イザークはこう言い返してくる。
「先にそう言いなさいよ! 入れば」
 医師が呼んでいるのであれば、キラの体に関わることに決まっているだろう。あるいは、何かいい打開策が見つかったのかもしれないし……とキラだけではなく、フレイも考えた。だから、彼女は即答をする。
「失礼」
 言葉と共にイザークがドアを開けて入ってきた。そして、キラの様子を見て眉を寄せる。
「どうしたんだ?」
 そして、足早に――だが、足音は極力殺して――歩み寄ってきながら、こう問いかけてきた。
「どうした? あんただって見たでしょ。さっきから覗かれっぱなしよ。そんなんじゃ、キラが具合を悪くしても当然じゃない」
 違うの? とフレイは彼に向かって言い放つ。
「……そうか……バルトフェルド隊長には言っておこう」
 こう言いながら、彼はキラの体をそのまま抱きかかえる。
「なっ!」
「ちょっと!」
 何をするんだ、と二人がイザークに問いかけた。
「体調が悪いのだろう? なら、こちらの方が負担が軽い」
 他の連中に対しての牽制にもなるしな……と言う言葉の意味はわからない。だが、こうやって抱きかかえられて運ばれる、と言う事実はキラにとっては認めがたい。
 これがフラガであればまだ違うのだろうが、相手は自分とそう変わらない――と言っても、一回りは大きいだろう――体格の持ち主なのだ。
「下ろしてください! 自分で……」
「いいから大人しくしていろ。お前の一人ぐらい抱えて歩けないほど、俺はやわじゃないからな」
 キラの言葉を、イザークは敢えて無視をするとそのまま歩き始める。
「あ、あの……」
「……いいから、そのままでいなさいな、キラ。大人しく運搬役を務めて貰えばいいじゃない」
 もっとも、不埒なことをしたらただじゃすまないんだから……とフレイは言う。それに、キラは逃げ道を塞がれてしまったのだった。



キラは自分がどうして人気があるのか理解していないけれど、フレイはもちろん気づいています。そして、イザークはこまめにポイントを稼いでいますね(苦笑)