「フラガ少佐? 一体どうなさったのですか?」
 何の前触れもなく一人で戻ってきたフラガに、ラミアスだけではなく、全員が驚きの視線を向けてくる。
「ちょーっと、艦長達と相談しなければならない事柄が持ち上がったんでな。それも、内密で」
 他の連中の耳に入らない場所でな……と付け加えれば、事態の重大さに気がついたのだろう。
「わかりました。私の私室でかまわないでしょうか」
 こう言いながら、ラミアスが艦長席から立ち上がる。
「あぁ……出来れば、バジルール中尉にも同席して貰いたいんだが」
 代わりに艦長席に座ろうとした彼女に向かって、フラガはさらに声をかけた。
「自分もでありますか?」
 フラガのこの言葉に、バジルールは不審そうに眉を寄せる。艦の決定権を持つ上官が全員、ブリッジを離れるという事態は認められない、とその表情が告げていた。
「非常事態だ。まぁ、あちらも戦闘どころじゃなさそうだし……そう長い時間じゃない」
 フラガがまじめな口調でこういう。さすがにこれには本当の異常事態だと判断したのだろう。
「……わかりました……」
 それでもまだなにかが気がかりだ、と言う表情を崩さないまま、バジルールは頷いてみせる。
「ノイマン少尉」
 そして、自分たちに告いで階級が高いノイマンに向かって『後を頼む』と告げた。
「了解です」
 彼にしても何か起こっている、と感じ取ったのだろう。即座に頷いてみせる。
「では、移動しましょう。早いほうがいいのでしょう?」
 それで議論は終わり、と言うようにラミアスがこう言った。普段は少々頼りないか、と思える彼女だが、この切り替えの早さは好ましいとフラガは思う。同時に、人情かでもある彼女が、これから告げる事実をどう受け止めるだろうか、とも思う。
 はっきり言って、自分でもかなり衝撃を受けたのだ。
 女性陣がそれを受け止められるかどうか、と言うと疑問だとしか言いようがない。だが、伝えないわけにもいかないだろう。
 苦虫を噛み潰したような表情をしたまま、フラガはラミアス達と共にブリッジを後にする。そして、そのままラミアスの私室へと向かった。
 どのようなときにでもすぐに対処が取れるように……と言うことなのだろう。フラガやキラのそれが比較的格納庫に近いところにあるように、彼女の私室はブリッジに近い場所にある。
 そして、極秘会議を行う可能性も考慮されているのか。かなりの防音設備が施されていた。
「……それで、何があったのでしょうか」
 部屋のドアが閉じると同時に、ラミアスがフラガを見つめてくる。その隣では同じようにバジルールが彼を睨み付けていた。
「その前に確認したいが……お前さん達はキラをどうしたいんだ?」
 微かに雰囲気を和らげて、フラガは逆にこう聞き返す。
「どう、とは?」
 もちろん、その意図が彼女たちにわかるわけもない。さらに不審そうな表情を作ってフラガの顔を見つめ返してきた。
「アークエンジェルが無事に地球軍の支配地域に着くまでの戦えればいいのか、それとも、あいつが生きて元の生活に戻れる方がいいのか……どっちだ?」
 真実を告げる前に、もう少し様子を見たい。そう思って、フラガは彼女たちにさらに問いかけの言葉をかける。
「それは……」
「元の生活……に戻してあげられるとは言いかねます。でも、キラ君には無事に生き抜いて欲しいとは思っていますわ……それを確約してあげられないのは事実ですが……」
 キラを戦いに巻き込んでしまったからだろう。ラミアスはこう言いながら視線を伏せた。その表情と彼女の性格を合わせれば、それが本音なのだろうとフラガにもわかる。
「お前さんはどうなんだ?」
 問題は彼女の方か……と思いながら、フラガは視線をバジルールへと向けた。
「私も、ラミアス艦長と同じです。あの子に生き抜いて欲しいと」
 だが、それは杞憂だったのか。バジルールもまた即答を返してきた。それを文字通りに受け取っていいものか。だが、いつまでも疑っていれば話は進まない。そう判断すると同時にフラガは大きなため息をついた。
「……第一世代で……ある物質を摂取した場合、性別が変わってしまう事例はないわけではないそうだ……ただ、それが表沙汰にならなかったのはそれなりの理由がある」
 この言葉に彼女たちは興味を隠せないという表情でフラガの次の言葉を待っている。その瞳の奧に、それであれば対処法があるのではないか……と言う希望が見え隠れしていた。
「そのほとんどが、今、生きていないからだとよ」
 しかし、その希望をフラガはあっさりと打ち壊す。
「……生きていない、のですか?」
 つまり、その命は失われたのだ……と言う事実に、ラミアスは衝撃を隠せないらしい。その顔から血の気が失せている。
「そうだ。生き残っている者にしても、徹底的なバックアップ体制があって初めて……と言うことらしい」
 つまり、アークエンジェルでは無理なのだ……とフラガは言外に告げた。ここにいれば、キラは間違いなく死ぬだろうと。
「ですが……」
 それを認めたくないのか。それとも別の理由からなのか。バジルールが言葉を口にしようとしてくる。
「……遺伝子レベルで体が作り替えられちまったんだ。今のキラの体は少しの疲労でも危険なんだとよ。ストライクに乗って戦い続けていれば、間違いなくあいつの命は消える」
 戦場に身を置いている以上、いつあの世に行ってもおかしくはない。そして、自分たちは皆その覚悟で軍人になったのだ。だが、同時に自分の技量が高ければ生き残ることが出来る可能性が高いのもまた戦場という場所である。
 しかし、だ。
 今のキラは、戦場に一度出ただけでその命が確実に失われる。
 それは変えようのない事実なのだ、とフラガは彼女たちに告げた。
「……そんな……」
「信じられません!」
 この反応もまた、予想範囲の中のものだった。と言うよりも、自分も同じ反応を見せたのだ、と言うべきなのか。
「俺だって信じたくはなかったさ……だがな、あれだけのデーターをこの期間で作り上げるのは不可能だろうし……何よりも、人一人の命がかかっているんだ。こちらとしては慎重にならないわけにはいかないだろうが」
 もっとも、お前さん達がキラを『ただの道具』と思っているなら話が別だが……とも付け加えた。
「……どうするもこうするも……そう言う状況であれば……キラ君を下ろすしかないのでしょうが……」
 その後のことを考えると……とラミアスは言葉を濁す。
「確かにな……こちらの戦力は十分の一になると言っても過言じゃねぇし……」
 しかし、キラの命には替えられないだろう……とフラガは告げる。
「ですが……キラ・ヤマトを傷病兵扱いで退役させるにしても……ここでは……」
 あの子供の命が保証されるとは限らないだろう……とバジルールは口にした。その言葉の裏に、キラを下ろすのには反対だと見え隠れしている。その理由も、フラガには簡単に想像が付いた。
「まぁな。だが、それに関してはいざとなれば、キラにあれを俺が使えるようにしてもらえればいいだけなんだが……」
 キラであれば――そして、今までの戦闘データーが蓄積されたストライクであれば――可能だろう。
「問題は、あいつが大人しく言うことを聞いてくれるかどうか……」
 キラがこの艦に残ったのは、仲間達を守るためだ。彼らが残ると知れば、キラが素直に降りるとは考えられない、とフラガは告げる。
「そうですね」
 ラミアス達もその可能性に気がついたのだろう。さらに難しい表情を作った。
「で、もう一つの厄介事があるんだが……」
 さて、これを話すべきかどうか、フラガは一瞬悩む。だが、そうでなければ話が進まないと考え直す。
「個人的に言えば、キラの一件よりも厄介かもしれないぞ」
 お前さん達にとって見れば……とフラガはため息をつく。
「なんせ、死んだと思っていた奴がしっかりと生き残って、ザフトにいやがったからな」
 さて、どうしたものかね……と言う言葉に、ラミアスだけではなくバジルールまで呆然としていた。



大人達の事情……ですか。キラの体の状況は最悪、と言うことですね……うん。どこまで続く、キラいじめ(^_^;