一体どのような態度を取ればいいのか……とイザークは思う。
 あれほどに憎いと思っていた相手を戦いの中に突き落としたのは自分たちだったのだ。もし、あそこで違う選択肢を選んでいれば、誰も苦しまなかったかもしれない。フラガの言葉を聞いた後、ではそう判断するしかなかった。
 しかし、だからといって時間を巻き戻すこともできないのは事実。
 そして、それ以上の厄介事が相手の身の上に降りかかっているのだ。
「……ディアッカ……」
 今すぐ整理ができない事柄は、一度棚上げにしておこう。軍人としてはほめられないかもしれない態度だが、それ以外に自分ができることはない、とイザークは考えながら、友人へと声をかける。
「何だ?」
 どこか面白そうな口調で言葉を返された。それについては敢えて聞かなかったことにして、イザークはさらに口を開く。
「あいつについてのデーターを、タッドさまに送れば、解析してもらえるのか?」
 そして、治療方法を研究してもらえるのか、と付け加える。
「まぁな……先例があるんだし……その結果が結果だからな。バルトフェルド隊長のコーヒーを口にするものは少ないだろうけど、さ。偶然、似たような物体ができないって可能性はないと言い切れないし……」
 第一世代も、まだそれなりの人数が存在しているのだから……とディアッカは頷いて見せた。
「それにしても、お前にしては珍しくあいつにこだわっているじゃねぇか」
 だが、次の瞬間、からかうようにこう言ってくる。
「……ある意味、俺達の責任だからな……」
 あの頃はそんなことも考えたこともないのに……とイザークは口にした。そのせいで同胞が不幸になるとは思っても見なかったと。
「お前らしくねぇじゃねぇか」
「事実を事実として認めただけだ」
 でなければ、先には進めないからな……とイザークは口にする。だが、同時にそれだけではないと告げる声が彼の心の中にあることもまた事実だった。
「なるほどな。そう考えれば、確かにあいつの事を考えてやることも、せめてもの償いか」
 ディアッカもまた、イザークの言葉に頷いてみせる。彼にしても、先ほどのドクターが口にした内容は考えさせられるものがあったのだろう。
「それに、今は可愛い女の子、だしな、あいつは」
 声をかけてみるか……というセリフは、ディアッカにしてみればいつものものだと言っていい。だが、イザークにはそれが妙にしゃくに障る。
「やめておけ」
 だから、即座にこう言い返してしまった。
「何でよ」
 女の子は貴重なんだぞ……とディアッカが言い返してくる。
「……お前、自分が女になって、すぐに男に言い寄られたいと思うか?」
 しかも、敵軍の……と言い返す口調が何故か刺混じりになってしまう。だが、イザークはそんな自分を止めることができなかった。
「……まぁ、そうかもしれないが……」
 っていうか、自分ならごめんだ……とディアッカは付け加える。
「声をかけるにしても、落ち着いてからにしてやれ」
 こう付け加えながらも、イザークはディアッカがキラに声をかけるのは認められないと思ってしまう。
「お前……それにしても、よっぽどあいつのことが気に入ったんだな。一目惚れか?」
 だが、どうしてなのか……とその答えをイザークが見つけ出す前に、ディアッカがこんなセリフをかけてくる。
「そんなこと!」
 あるわけないだろう、とイザークが叫び返そうとしたときだ。
「できたわよ」
 言葉と共にアイシャがドアを開けて入ってくる。そして、その後ろには地球軍の制服ではなくアイシャのものらしい服を身にまとったキラとフレイの姿があった。
「……よく似合うじゃないか。見違えたよ」
 バルトフェルドが感心をしたようにこう口にする。
「でしょう? 元々可愛らしい顔立ちだから飾り甲斐があったわ。でも、サイズが今ひとつなのよね」
 状況が許せば、すぐにでも買い物に行きたいところだ……とアイシャは付け加えた。
「そうさせてやりたいのだが……彼女の無理は禁物だ、と言うのがドクターの見解でね。栄養不足と疲労が大きいから、できるだけ安静にさせるように……だそうだ」
 それもあって、フラガは一人で戻ることを決断したのだ……とバルトフェルドが何気なく付け加えたときだ。キラが唇を咬むのが見える。どうやら、その事実も自分のせいだ、と思っているらしい。
「本当にあいつは……」
 何故、あれほどまでに『自分が悪い』と思ってしまうのだろうか……とイザークは口の中だけで呟く。その声は、キラの耳には届いていないだろう。だが、ディアッカにはしっかりと聞こえたらしい。
「……まったく……」
 楽しげな呟きが彼の口から子おぼれ出す。だが、その後に続くであろうセリフはイザークの耳には届かなかった。
「ディアッカ!」
 何が言いたい、貴様は……とイザークは隣にいる相手を睨み付ける。
「何でもねぇよ……それより、あいつらいつまでも立たせておかねぇ方がいいんじゃねぇの?」
 ナチュラルの女の方はともかく、キラの方は疲れさせるわけにはいかないんだろう? と言うセリフを耳にすると同時に、イザークは無意識のうちに動き始めてしまった。
「何をしている。いつまでも突っ立っていないで、ソファーに座れ」
 キラ達の側まで歩み寄ると、こう声をかける。
「……あの……」
 イザークの言葉の本意がわからないのか――それとも、先ほどの一件がまだ尾を引いているのか――キラは不審そうな表情で彼を見つめてきた。その菫色の瞳に自分の姿がうちし出されている、と言う事実に、イザークは知らず知らずのうちに口元に笑みを刻んだ。
「女性をいつまでの立たせておくような野蛮人じゃないからな、俺達は。それに、お前は体調が芳しくないんだろうが」
 見ている方が不安でならないから……とイザークは口にしながら、キラの肩に手を置く。そして、半ば強引にソファーの方へ導いた。
「ちょっと! 何、気安くキラに触っているのよ、あんた!」
 キラのぬくもりが遠ざかったからだろうか。
 それとも、ようやく状況が飲み込めたのか。
 フレイがこう言いながら、イザークの手からキラを取り返す。
「キラに触らないで!」
 あんた達なんか……と言う言葉に憎しみがしっかりと表れている。
「……フレイ……別段、銃を突きつけられているわけでもないし……大丈夫だよ」
 ね? とそんなフレイをキラがなだめ始めていた。
「わかっているけど……ザフトなんて信用できないわよ!」
 中立のコロニーに平気で攻撃を加えられる連中なんて……という彼女の言葉に、イザークは怒りをかき消されてしまう。
 キラがあまりにそんな感情を見せないから気がつかなかったが、間違いなくこの方が普通の反応なのだ。
「でも……ケンカをしに来たわけじゃないし……悪い人じゃないと思うから……」
 だが、こう言って静かに微笑んでいる。その微笑みから、イザークは目を離すことができない。
「まぁまぁ……座った方がいいというのは本当のことでしょ? 文句はそれからでも言えるわ」
 ね、と意味ありげな微笑みを浮かべながらアイシャが口を挟んでくる。
「でも……」
「キラ君の方が先決。そうでしょ?」
 さすがのフレイも、彼女には逆らえないらしい。素直に頷いている。
 その事実よりも、キラが座ったという方がイザークには重要なことだった。



無意識の行動の意味に、イザークが気づくのはいつの日か……と言いつつ、ここは焦っても仕方がないので、まだまだ続きます(^_^;