傀儡の恋
92
ジブリールが死んだからだろうか。それとも別の理由からか。ブルーコスモスのライブラリのセキュリティが弱まった。
その中に納められていた《一族》の記録。
暗号がかけられてあったそれを解析したのはキラだ。そして、その中から必要なデーターを見つけたのはラウである。
「……これがあれば、あの子も助かるかもしれないね」
何よりもあの男との取引材料に使えるだろう。
ここに書かれてあるデーターが正しいのであれば、あの男のラボならば再現可能だろうし、とそう続ける。
「そうなったとしても、あの子は変わらないだろうね」
あの男のそばにいることを選ぶだろう。
では、自分は?
自分はいつまであの子のそばにいることを許されるだろうか。
そんな疑問がわき上がってくる。
「考えても仕方がないことだね」
戦場にいる以上、自分たちの未来は不確定なものでしかない。明日には命を散らしているかもしれないのだ。
だから、とラウは笑う。
厄介なことはすべてが終わってから考えればいい。
軍人としてオーブに残るのもいいだろうし、とそう続けた。
「問題はあちらだろうね」
巻き引きがどうなるのか。それはまだ見えない。
ただ、不幸な終わりにだけはならなければいい。そんなことを考えていた。
展望室から星を見つめる。
視線の先にプラントがあるはずだ。
そこには一人の為政者がいる。彼は間違いなく優秀な人間なのだろう。
だが、彼の中ではどうしても許せないものがあるらしい。それがあの宣言につながったらしい。
「……どうして、生まれてすぐに人の未来を決めようとするんだろう」
その結果、傷つく人間がいるのではないか──そう、自分のように。キラはそうつぶやく。
「傲慢だからだろう」
そんな彼の耳に聞き慣れた声が届いた。
「こんなところにいたのか」
さらにあきれたような声が続けられる。
「バルトフェルド隊長」
何故、と思いながら視線を向けた。
「ちょっとお前と話がしたくてな」
できればラクス達のいないところで、と彼は付け加える。
「……僕と、ですか?」
何か失敗しただろうか、と思わず首をかしげてしまう。それにバルトフェルドは『違う』と言うような笑みを浮かべる。
「あいつらの前だと聞きにくくてな」
色々とうるさい、と彼は続けた。
「なんですか?」
「これは余計なことかもしれないが……お前、あいつのことをどう思っているんだ?」
いきなりこう聞かれてキラは首をかしげる。
「あいつって、ネオさんですか?」
真っ先に思い浮かんだのは彼の存在だ。どうしても自分たちが知っている《ムウ》と彼を重ねてしまう。記憶がない彼は別人と思わなくてはいけないと理解しているのに、だ。
「……あっちについては、お前よりもラミアス艦長だな」
いろいろな意味で、とバルトフェルドはつぶやく。
「それでは、誰ですか? アスラン以外は関係が悪いとは思えませんが」
アスランに関しては許す許せない以前の問題かもしれない。おそらく、あの日、自分たちの中にあった親愛関係は断ち切れたのだろう。今はただの同僚という思い以上のものを抱くことはできない。
「あいつはラクスがなんとかするだろう。ラウのことだ」
全く、とバルトフェルドがため息をついている。
「ラウ君……」
「あぁ。大人の老婆心だがな」
ムウがいれば自分が口を出すことではないのかもしれない、とバルトフェルドは続けた。しかし、彼がいない以上、他に適任がいない。そうも続ける。
「……ラウ君は、嫌いじゃないです。このままそばにいてくれたらいいな、と……でも」
「でも、何だ?」
「……それがあの人と彼を重ねているからなのか、違うのか。それがわからないんです」
だから、この感情がなんなのか。それがわからない。そう続けた。
「……そうか」
バルトフェルドはそれについてこう言っただけである。
「まぁ、この戦争が終わるまで、ゆっくり悩めばいい。その後もな。そのための時間はあるだろう」
そうだといいのだけど、とキラは心の中だけで付け加えた。