傀儡の恋
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ストライクフリーダムの性能は圧倒的なものだった。それを目にしたからか。ザフトはあっけないほどあっさりと撤退してくれる。
「何かあるな」
目の前の状況だけで判断してはいけないか、とカガリがつぶやく。
「そうですわね。そんな甘い方ではありませんもの、デュランダル議長は」
ラクスはそう言ってうなずいている。
「ですが、あちらが動かないうちはこちらもできることは限られていますね」
「あぁ……でも、兵達を休ませてやれる。後は……」
「ジブリールの行方だね」
キラがため息と共にそうつぶやいた。
「もう一つあるのではないかな」
ラウもそう口にした。
「むしろ、こちらの方が根が深いかもしれない」
彼はそう続ける。
「プラントですか?」
「正確には議長殿のあの宣言だね」
ラウの言葉にラクスは納得したというようにうなずいてみせた。
「彼の理想を実現するためにはオーブを無視できないだろう」
オーブを取り込めるかどうか。それが成否に関わってくると言っていい。
「そうですわね。カガリとキラの二人が賛同すればもう誰も反対できないでしょう」
本人達が直接賛同しなくてもいいのだ。彼等が『言った』とオーブの人間が証言すればいいだけである。
だが、二人がうなずくはずがない。それもわかっているはずだ。
そうなれば、あちらがとるべき行動は一つしかないだろう。
「もう一度、攻撃してくるか?」
「あるいはこちらを悪者にするかですね」
ラクスがため息と共に言葉を綴る。
「そのために利用するのはわたくしでしょう」
だから、と彼女は唇に笑みを刻む。
「わたくしが降りて来たのですわ」
本当の《ラクス・クライン》はデュランダル議長の望む世界を受け入れられない。そう表明するために、と彼女は続けた。
確かに、あちらの《ラクス・クライン》と彼女では役者が違いすぎる。あの男の渡したシナリオ通りにしか話せない人形では太刀打ちできるはずがないのだ。
「……デュランダル議長の望みは何なのかな」
キラが小さな声でそうつぶやく。
「こんなことを言い出すのには理由があるはずだよね」
納得できるかどうかは別にして知りたい。彼はそう続けた。
「何か知っているか?」
カガリが当然のように声をかけてくる。
「考えられるのは二つかな」
少し考えたところでラウは口を開く。
「一つは婚姻統制のために恋人と別れることになったこと。地球に左遷されても平然としていたバルトフェルド氏のようには逝かなかったらしい」
相手の方が子どもをほしがったのだと記憶の中にある、と続ける。
「……女性は子どもが欲しいものなのか?」
今まで黙って話を聞いていたネオがふっとそんなセリフを口にした。
「本当に大切な相手なら、子どもができなくてもそばにいたいと思うものじゃないのか」
真顔でそう言われて女性陣が複雑な表情を作る。
「それに関しては後にしましょう。もう一つはなんですか?」
ラクスが話を戻そうとするかのようにそう聞いてきた。
「ラウ・ル・クルーゼが死んだことだろうね。いや、少し違うか。ギルバート・デュランダルの実力では彼の命を長らえることができなかった、と言うことかな? その結果、もう一人も死ぬことがわかってしまったからだろう」
どちらも《アル・ダ・フラガ》のクローンだから、とそう付け加える。その瞬間、キラの表情が曇った。
「君のせいではないよ。すべては自分自身の思い通りにしようとして失敗した愚かな男が原因だ」
人の寿命は変えられない。それ以前に、戦争で死ぬ可能性の方が大きいだろうに。ラウはそう続ける。
「……クローンの寿命……」
「伸ばすことは不可能だよ。可能性があるとすれば、私のように他の肉体に記憶を移植することだ。もっとも私もどうやってそうされたのかはわからないがね」
調べれば出てくるのだろうか。だが《一族》のライブラリはそのほとんどが暗号化されている。あるいは彼女が死んだときに破棄されているのかもしれない。
「そのあたりはいずれ、だな。今は目の前の厄介ごとを片付けるだけだ」
カガリがこう締めくくる。
「もっとも、調べたいなら好きにしていいぞ。ただし、睡眠時間と休憩はきっちりと取るならな」
きっちりと釘を刺すあたり、キラの性格を良く理解していると誰もが心の中でつぶやいていた。