傀儡の恋
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ラクス・クラインからの呼びかけはすぐに行われた。回線越しにカガリとの話し合いを提案し来たのだ。
しかし、それはこちらも手ぐすね引いて待っていたものでもある。
切々とこちらの非を訴える彼女はたいした役者だと思える。
そう。あくまでも役者だ。その言葉だけではなく視線や手の動きといったものもすべて計算し尽くされたものを覚えただけだろう。
「わたくしはそれを望んでおりませんわ」
だから、それは言葉と共にカガリの隣へと歩み寄った本物の《ラクス》の存在に打ち消された。
ただ、そこに立っているだけなのに、圧倒的な存在感を与える彼女に、まがい物が叶うはずがない。
まして、その唇からこぼれ落ちる言葉を耳にすればなおさらだ。
「格の違いを見せつけられたね」
ラウはこうつぶやく。
「あちらの《ラクス・クライン》もかわいそうに」
「処分されなければいいんだが」
その言葉を耳にしたからか。アスランが顔をしかめた。
「ミーアは議長の口車に乗せられただけなのに」
確かに最初はそうだったのかもしれない。だが、とラウは視線を向ける。
「それも彼女が選んだことではないのかな?」
「……彼女はただ、歌いたかっただけだ」
自由に歌える場所があればデュランダルの提案に乗ることはなかっただろう。アスランはそう言う。
「あるいは、それすらも計画されていたことかもしれない」
ラクスと同じ声を持っているというならばそれなりに有名だったのだろう。そんな彼女を追い詰めることぐらい、あの男ならばするのではないか。
「だからといって、積極的に助けるわけにはいかないだろうね」
彼女はあくまでもプラントの人間だ。オーブが手を出すわけにはいかない。
「……ですが」
「優しいのは美点の一つかもしれないが、八方美人はね。人にはできることに限りがあるのだと学習したらどうかな?」
いい加減、とラウはいう。
「君のその態度が誰かを傷付けるとは思わないのかね?」
この言葉に、アスランは目を丸くする。どうやらそんなことは考えたこともなかったらしい。
「いい加減、優先順位をつけることを覚えるのだね」
取捨選択をすることは一見すれば冷たく見えるかもしれない。だが、本当に大切なものを守るにはそれが一番いい方法なのだ。
「それができればいいんですけどね」
「まぁ、できなければできないでいいのかもしれないよ。もっとも女性陣にどう言われるかはわからないが」
ラウの言葉にアスランが頬を引きつらせる。まるでそれを待っていたかのように二人の《ラクス・クライン》の対決に幕が下ろされた。もちろん、目の前にいる彼女の圧勝だ。
「ずいぶんと粘ったと言うべきかね」
もっともあの男から見れば不満の一言しかないだろうが。
「……とりあえず、彼女の動向は確認させておきましょう」
あてがあるのだろう。ラクスがこう言う。
「そうだな。今回のことで彼女が処分されるのは寝覚めが悪い。と言っても、何もできない可能性の方が大きいが」
彼女自身がどう動くかを決めない限り、とカガリは付け加える。
「ともかく、これからどうするかだな」
さらにそう続けた。
「宇宙に上がることになりますわね」
「そうなるか」
「と言っても、カガリはここで留守番ですよ? 宇宙のことはわたくし達に任せてください」
不本意かもしれないが、とラクスが彼女を見つめる。
「仕方がない。本土の復旧も考えなければいけないしな」
ついでにデュランダル議長の計画に反対する国々をまとめておこう。カガリはそう言った。
「お前にまた負担をかけるかもしれないが」
そのまま視線をキラへと移す。
「仕方がないよ」
淡く微笑むキラを支えるには何をすればいいのか。まずはそれを話し合わなければ。ラウはそのための人選を始めていた。