傀儡の恋
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ラクスが持ってきたのは二機の新型だった。そのフォルムから判断してフリーダムとジャスティスの後継機だろう。
『ストライクフリーダムはキラに、ラウさんはストライクに乗り換えてくださいな』
開口一番、ラクスがこう言ってくる。
『プロビデンスの後継機は間に合いませんでしたの』
さらに彼女はそう続けた。
「わかっていたが、君の人脈はどこまで広がっているのか……」
そんなものを開発しているとはあの男も知らないだろう。
逆に言えば、あの男の目から隠しおおせるだけの人材を彼女は味方につけていると言うことだ。
怖い、と思う。
彼女はオーブに出てからマルキオが住んでいたあの島を出たことがないはず。それなのに的確に指示を出していたと言うことだろう。
それがバルトフェルドと同年代ならばまだ納得できる。
彼等には《経験》と言う大きなアドバンテージがあるからだ。
しかし、ラクスにはそれがない。
彼女は自分の思考だけで最適な状況を作り出していると言うことだ。それがラウには怖いと思う。
もし、自分に彼女と同じ才能があったならばどうなっていただろう。そんなことまで考えてしまう。
「キラ……急いで移動を」
だが、どれも今はどうでもいいことだ。
第一、ここは戦場である。そんな余計なことを考えている場合ではないとすぐに思い直す。
『はい』
時間を無駄にできないと彼も考えていたのか。素直に同意をしてくれる。
次の瞬間、ストライクのハッチが開かれた。そのままストライクフリーダムのハッチへと移動していく。海上でやるのは危険とも思える行為だが、時間がない以上、仕方がない。
万が一の時にはすぐにフォローできる位置を確保しながらラウは周囲を確認する。
『ラウさん』
「どうやら使えるようだね」
そのあたりは心配いらないと思うが、と言外に続けた。
「では、早急に移動しよう。ラクスさん、ストライクを保持できますか?」
できなければ自分がやらなければいけないだろう。しかし、できればそれは避けたい。
『そのくらいは。でも、よろしいのですか?』
「残念ながら時間切れのようです」
モニターには近づいてくる機影が映し出されている。このままでは後二、三分で遭遇するだろう。
残念ながら、自分に合うようにストライクのOSを変更する時間はない。
「キラも無理はしないように。どこに不具合が出てくるかわからないからね」
『わかっています』
キラならば即座に対処できるだろう。しかし、足手まといがいればそちらを優先しなければいけない。それを考えれば少しでも不安要素は減らすべきだろう。
「ラクスさんは絶対前に出ないように」
念のために注意をしておく。
『わかっております』
即座にそう言い返された。
『お二人も無理はなさらないでくださいませ』
ラクスはそしてこう付け加える。
「もちろんです」
こんなところで死ぬわけにはいかない。けがをしてもキラは悲しむだろう。
それでは今自分がここにいる意味がない。
『ラウさん、来ました。おそらくザクウォーリアですね』
キーを打つ音を背景にキラがこう言ってくる。
「わかった。では、私が先行しよう」
『ラウさん?』
「その機体になれる時間も必要だろう。ザクウォーリアであればこの機体でも十分相手ができるからね」
さて、とつぶやきながら操縦桿を握りしめる。どこか心が高揚してくるのはこれから戦闘が始まるからだろうか。
「カガリさんに怒られない程度には動かないとね」
アスランの二の舞はごめんだ。そうつぶやく声が耳に届いたのか。ラクスの軽やかな笑い声が少しだけ緊張を和らげてくれた。