傀儡の恋
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地球軍が事実的に壊滅した。
それだけではない。ブルーコスモスを裏から操っていた者達も白日の下にさらされた。こうなった以上、プラント──ギルバート・デュランダルの野望を阻むものはほとんどいない。
世界がその事実を認識した瞬間である。
《デスティニー・プラン》
デュランダルのその宣言は世界を大きく揺るがした。
「遺伝子により未来が決められる世界、か」
未来が決まっているのであれば楽だと考える人間は当然いるだろう。だがそれ以外の未来を自分自身の手でつかみ取りたいと思う者もいるはずだ。
どちらを選ぶのか。
一度は選んだというのに、改めて突きつけられると迷うのはどうしてだろうか。
「カガリ」
それは間違いなく、今、自分が彼のそばにいられるからだ。
「……そんな世界、認められるか」
そんなことを考えていれば、カガリの怒りを押し殺した低い声が耳に届く。
「人は夢を持つことで希望を抱くことができる。それを根本から奪うなんて、許されることじゃない!」
彼女はさらにそう続ける。
「そうね。そうなったら最悪、向上心すら失われるでしょうね」
どれだけ学んでも決められた職業しか選べない。それでは最低限の学力だけ身につけて終わりと考えるものが多いのではないか。
もちろん、職種によっては変わってくるだろう。
軍人のように己の努力によって上を目指せる職業では今まで以上に学ぼうとするはずだ。
しかし、それは『本人が望んでいれば』と言うことが前提になる。キラのように戦うことに才能はあっても、他人を傷付けることに忌避感を抱いている人間には逃げ出したいと感じるはずだ。
それが許されない世界を作ろうというのか。
あの男の行動の根底に自分の存在があったと考えるべきなのか、とラウは心の中でつぶやく。
それともレイだろうか。
「……オーブはそれを受け入れるでしょうか」
ラウはそう問いかける。
「無理だな。そうなれば、真っ先に自分たちが排除されるとわかっているはずだ」
セイランは、とカガリは言葉を返してきた。
「ならば、戻るべきだろうね」
セイランや彼等を支持する者達はともかく、民衆は守るべき存在だろう。ラウのその言葉にカガリはうなずく。
「そうだな。このままでは反対の声を上げても誰も耳を貸してくれない。それならば、まず、オーブを掌握することを優先するか」
そして、自分たちはあくまでも個人の希望が通る世界を目指す。彼女はそう続ける。
「確かにそれは必要だろうね」
キラもそう言ってうなずく。
「もっとも、今の僕にできることはないけど」
フリーダムを失った以上、と彼は続けた。
「それならばストライクを使えばいいだろう?」
部屋の隅で話を聞いていたアスランがこう告げる。
「カガリには軍を掌握してもらえばいい」
周囲を見ることができるときには有能なのに、と心の中でつぶやいたのはラウだけではないだろう。
「……不本意だが、それが一番か」
どうやらカガリにも異論はないらしい。
「それからラクスと合流だな」
にやり、と彼女は笑いを漏らす。
「覚悟しておけ、アスラン」
この言葉にアスランの表情がこわばった理由は簡単に想像ができる。どうやらカガリが素直に引き下がったのにはこれもあったようだ。
「あきらめるのね」
ミリアリアのこの言葉にアスランが肩を落とす。しかし、ラウとキラはそれを見なかったことにした。