傀儡の恋
59
一度で懲りたわけではないのだろう。だが、あの日から今日まで襲撃はない。
「子供達にとってはいいことなのだろうがね」
だが、その裏で何が起きているのか。それがわからないのがいやだ。ラウはそう心の中でつぶやく。
「仕方がない。あの男に連絡を取るか」
不本意だが、とため息と共に続ける。
「それと……返事はないだろうが、ブレアにも連絡をすべきだろうね」
万が一でも連絡が来れば儲けものだ。
そう思いながらキーボードをたたく。バルトフェルド達に当てたメールはすぐに書き終わることができた。
だが、ブレア宛のそれはなかなか進まない。
間違いなく、それは自分の心情が大きく変化しているからだろう。
「……困ったものだね」
本当に人の欲は際限がない。一つ手に入れば次もほしくなる。
だが、それらを何処まで手にしていいのか。それもわからないのだ。
キラに何かあれば手を貸せる距離にいる。それだけで満足すべきなのだろう。
しかし、もっと近づきたいと思う気持ちも否定できないのだ。
それを気付かれたくない。
そう考えるのはわがままなのだろうか。
他の人間ならば簡単なのに。
「君が悪いわけではないのだけどね」
彼と同じ遺伝子を持っている相手が問題なのだ。
「……これもまた嫉妬というのかな?」
今はいない相手に対する、と苦笑と共に付け加える。
「それはおいておいでも、あちらが今どのような状況にあるのかわからない以上、こちらの弱みは見せられないしね」
自分の存在がキラの足かせになってはいけない。だから、と続ける。
それでも、だ。
ブレアはなぜかソウキスをこちらによこしてきた。その真意がわからない。
「そのくらいならば確認しても大丈夫だろうか」
真意がわからない以上、不審を抱かれかねない。そういう理由ならば可能ではないか。ラウはそう判断をする。
「周囲とあわせるというのは難しいものだね」
どうでもいいと思っていれば、こんなことに気を遣わない。相手の望む言葉を投げつけるだけで終わらせればいいだけだ。
だが、今は違う。
キラが守りたいものを自分も守りたい。そのためには表面上の言葉だけではだめなのだ。
他人との関わりに一線を画していたことを今になって後悔するとは思わなかった。
もっとも、そのおかげで余計なことを考えずにすんでいるのかもしれない。
たとえば、この箱庭がいつまで存在していられるのかなどだ。
キラ本人が望む望まずにかかわらず、世界は彼の力を放っては置かない。そして、ラクス・クラインの存在もだ。
カガリ達のこともある。おそらく、近いうちに世界の天秤は大きく傾くだろう。
その時、自分は彼のそばにいられるだろうか。
いられなかったとしても、彼を助けられる立場にあるのか。
「……鎖は、まだ完全に解かれていないからね」
《一族》が存在している限り、自分が自由になれる日は来ないだろう。
しかし、とラウはため息をつく。
「あの《一族》は地球の歴史の影だ。そう簡単に消えないだろうね」
だからこそ厄介なのだ、と付け加える。《一族》が掌握しているデーターの一部でも流出すれば、世界は大混乱に陥るだろう。
もっとも、現状で彼等がそれを選択するとは思えないが。
だが、天秤が彼等の望まぬ方向へ傾こうとするときは、遠慮なくその切り札を使うだろう。
それを押し戻すことができるかどうか。
「本当に厄介だね」
何度目になるかわからないつぶやきを漏らすとラウはキーボードに指を走らせる。それは時々止まりながらもしばらく続いていた。