傀儡の恋

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 ラウの、ある意味無為な日々は唐突に終わりを告げた。
「すみません。また、オーブに行ってきてもらえますか?」
 久々に顔を見せたブレアがいきなりこんなセリフを投げつけてくる。
「それはかまわないが……」
「詳しいことはこの中に。ともかく、時間がないので……」
 そう言いながら、ブレアは一枚のデータディスクを差し出してきた。彼のその仕草に、本当に時間がないのか、とラウは顔をしかめる。
「よかろう」
 いったい何が起きているのか。そこまではまだわからない。だが、彼が困っているなら力を貸してやろう。そう思う程度には目の前の相手が気に入っている。
「ありがとうございます」
 ほっとしたような表情でブレアはそう告げた。
「君が気にすることではない」
 彼自身が望んでついた役目ではないはずだ。だから、と言外に続ける。
「お気をつけて」
 代わりに彼はそう声をかけてきた。それにラウは小さくうなずき返す。そして、部屋を出るために歩き出した。

 データディスクの中にあったのは《マーシャン》と呼ばれる火星近郊にいる者達との交渉の話とオーブにあるある店への地図と日付のメモだけだった。
「ここに行けと言うことか?」
 推測できることはそれしかない。
 そう考えてラウは書かれていた日時にその店へと向かった。
 だが、店内に足を踏み入れた瞬間、そのまま回れ右をしようとする。もっとも、それはかなえられなかったが。
「人の顔を見て逃げだそうとするとはいい度胸だな」
 いつの間にかすぐそばまで来ていた相手に襟首を捕まれたのだ。
「忘れ物に気づいただけです」
 いったいどこまで知られているのか。そう思いながらもしらばっくれることにする。
「第一、あなたとは初対面だと思いますが?」
 さらに真顔でこう付け加えた。
「忘れ物?」
「預かってきたデータディスクです。あの中にプロテクトがかかっていた領域がありましたから。それを渡すのが私の役目だと判断したのですが?」
 ホテルについ忘れてきた。そう付け加える。
「……何処まで本当なんだか」
 相変わらず疑り深い。
 もっとも、それでなければあの状況で彼らを守れなかったのだろうが。
 だが、はっきり言って面倒だ。
「何でしたらここで身体検査をされますか? 何なら脱ぎますけど?」
 にっこり笑ってそう付け加える。
「……それはやめておけ。一部喜びそうな連中もいるがな」
 そう言いながら周囲を見回す。そうすれば数名の客の姿が確認できた。その中にデーターだけで知っていたアークエンジェルのクルーも確認できる。ほかの者達も、間違いなくこの男の関係者だろう。
「そこまでにしておいてください、バルトフェルド隊長」  そしてもう一人。そこには盲目の男がいた。
「……マルキオ師」
 そうか。彼が本来会わなければいけない相手だったのか。それならば、この状況も理解できる。
「とりあえず、忘れてきたお荷物をお持ちくださいませんか?」
 微笑みながら彼はそう告げた。
「こちらの方が手を放してくださるならば、すぐにでも」
 即座にラウはそう言い返す。
「……それで逃げられちゃたまらねぇからな」
 何処まで信用がないのか。過去の自分の言動を棚に上げてラウはそう思う。
「見張っていてもいいというなら、放してやってもいいぞ?」
 そう言われては仕方がない。
「わかりました」
 こういう以外、方法はなかった。

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最遊釈厄伝