傀儡の恋
31
「帰還指示?」
いきなりどうしたというのだろうか。そう思いながらラウはソウキスを見つめる。
「わかりません。ただ、大至急とつけられていました」
何か問題ごとが起きたのか。それとも、と思わずにいられない。
だが、例えどのような理由からだろうと、自分には逆らう権利はない。
「……戻るしかないだろうね。ここの後始末は?」
ため息とともに問いかける。
「別のものがこのまま維持します。監視の解除は命令されておりません」
ソウキスの平坦な言葉にラウは少しだけ眉根を寄せた。どうやら、キラはまだ危険人物に認定されているらしい。
今のあの子にはそこまで気力はないはずなのに、と思わずにいられない。
「そうか」
それでも、今後もキラの様子がわかるというのであれば妥協するしかないだろう。
「では、最低限だけ持っていけばいいな」
不本意だが、と言外ににじませながらラウは口にする。
「そうですね。ご自分の分はお任せしても?」
「もちろんだ」
うかつに触れられてあれこれと見つかっては困るものもあるのだ。
もちろん、そのようなものがあると知られていないとは考えていない。だが、中身までは完全に把握されていないと信じている。
「では、明朝までにご用意ください」
彼はそう告げると部屋を出て行く。
「さて……何を持っていくべきかな」
軍人はいつ戦死するかわからない。だから、私物は最低限にすべきだ。その考えは今でも抜けきれない。そのせいで、今も大切なものと言えばほんのわずかだ。
その中でも、あれこれと書き込んでいる手帳の山だけは置いていくわけにはいかない。
他には着替え等だろうか。
そんなことを考えつつ、手を動かしていく。
「君の状況をリアルタイムで確認できないのは残念だよ」
それが出来るからこそ、ここにいるのは楽しかったのに。そのつぶやきは、間違いなく本心だった。
手を止めると、キラは小さくため息をつく。
「何でこんなに簡単に理解できるんだろうね。専門的に学習したことはないのに」
まるでどこかにインプットされたデーターを呼び出しているようだ。
それとも、これはただの偶然なのか。
そんなはずはない、とすぐにその考えを否定する。
実母はともかく実父は自分を優れた存在にしたかったらしい。だから、人工子宮の中にいたときからあれこれと情報を記憶させていた可能性はあるのではないか。
それが医療や遺伝子関係だったと言うだけだろう。
おかげで、と言っては何なのかもしれないが、こっそりと学習していても問題はない。
「……自分で身につけたものじゃないのに、ね」
それでもこう考えてしまうのは、どこか納得できていないからだろう。
「ここじゃ、知識だけは手に入れられても実践できないし」
理解できるようになるまでにもっと時間がかかると思っていたから、そこまでは考えていなかったのだ。
だからと言って、そのための機材を搬入してもらうわけにもいかない。
今使っているパソコンですら、欲しいと切り出したときにカガリ達にあれこれ言われたのだ。ラクスやマルキオ、そしてカリダが賛成してくれなかったら、絶対に手元に来なかったに決まっている。
しかし、あの二人はどうしてあそこまで反対したのだろうか。
それもわからない。
ただ、自分を気遣ってくれていることだけは間違いないだろう。
しかし、自分はそこまで弱くないと思っている。だから、そこまで過保護にしてくれなくていいのに。そう思いながらキラはキーボードを操作する。
モニターに映し出されていた画面が別のものへと変わると同時にドアがノックされる。
「キラ?」
「開いてているよ、母さん」
そう声をかければ、すぐにドアが開く。そして、カリダが顔を覗かせた。
「バルトフェルドさんがいらしているわ。顔を出せる?」
「今、行くよ」
そう言いながらも、パソコンの電源を落とす。そしてゆっくりと立ち上がった。