傀儡の恋
20
自分につけられた監視は幸いなことにあの男ではなかった。
だが、逆の意味で厄介だと言えるかもしれない。
「……ソウキス……」
目の前に現れた相手を見た瞬間、ラウはそう呟いていた。
「はい。御当主の指示により、あなたに同行させていただきます」
平坦な声音でソウキスはそう言ってくる。
「好きにすればいい」
今の自分は首輪をつけられている状況だ。それを食い破りたくても、まだそれだけの力がない。
だから、現状に甘んじるしかないのだ。
だが、未来もそうだとは限らない。
状況次第では自分自身の命を捨てでも一矢を報いることになるだろう。今の自分でもそのくらいは出来るはずだ。
「問題は、すむところか」
周囲から不審の目を向けられるのは困る。そのためにも適切な対処を取らなければいけないだろう。
「それに関しては既に用意できております」
いったい、どこまで監視を強めるつもりなのか。ラウは心の中だけで舌打ちをする。
「こちらの希望は無視か」
ため息とともにそう言ってみた。
「後日、変更するのは自由だと言われております。当面は、周囲に溶け込むための実績造りと割り切ってください」
つまり、自分という存在がかつての自分と別人であると周囲に知らしめないと言うことか。
そのような小細工をしてもばれるときはばれるだろうに、と心の中だけで吐き捨てる。
「仕方がないだろう。マルキオ師の孤児院の監視のための機器は用意できているのかね?」
個人所有の島であればそう簡単に乗り込むわけにはいかない。言外にそうにじませながら問いかける。
「クルージング用の小型艇を用意してあります。海洋資源の調査の名目を使いますから、近くまでは行けるでしょう」
つまり、自分の身分は学生と言うことになるのか。見せかけの年齢を考えればちょうどいいと言える。
「そうか……まぁ、まじめに調査しておくべきだろうな」
何かあったときのために、とラウは呟く。
「問題は、そのための知識を私が持っていないことか」
「あちらにつくまでに、促成で学習していただきます」
平然と言葉を返される。どうやら、この体はそう言う点に関してはかなり便利に出来ているらしい。
だが、それだからこそ逆に、自分が普通の人間ではないと思い知らされるのだ。
ブレアの表情はそのせいかのだろうか。
それとも別の理由からか。
ふっとそんなことを考えてしまう。
気にならないと言えば嘘になる。だが、自分から積極的に関わり合いたいとは思えない。
それがどうしてなのか。ラウ自身にもわからなかった。
「キラお兄ちゃん!」
孤児院の子供達が彼の名を呼びながら駆け寄ってくる。
「今日のパンは、私も手伝ったの」
そう言われて、キラは淡い笑みを浮かべた。
「がんばったんだね」
そう言いながら髪をなでてあげれば、彼女は嬉しそうに笑い声を上げる。
「ずるい! 僕も」
次の瞬間、他の子が割り込んできた。
「順番にね」
そう告げれば、子供達は喜んで並び始める。
自分がなでるだけでどうしてそんなに喜ぶだろうか。自分はそんなたいそうな人間ではない。
いや、人間かどうかすらわからないのに、と心の中で呟く。
だからと言って、それを子供達に投げつけるわけにはいかない。
喜んでくれるならば、それでいいではないか。
そう考えて、そっと手を動かす。
「お兄ちゃん、もっと!」
少女が目を細めてそう言った。
「ずるいぞ」
即座にそんな声が上がる。
「また今度してあげるから」
こんなたわいのない約束だけでも子供達は喜んでくれた。自分も昔はこうだったのだろうか。
そんなことを考えながら、キラは手を動かしていた。