「ダコスタくんと仲良くなったようだね」
 小さくため息をつきながら、バルトフェルドがキラに声をかける。
「……すみません……」
 ぐったりとした彼の様子に、ひょっとしたら自分は余計なことをしてしまったのだろうか、とキラは思う。
「あら、謝ることはないわよ。どう聞いても、アンディが悪いんでしょ」
 仕事を投げ出すなんて……といいながら、アイシャが背後からキラに抱きつく。
「……たまの息抜きぐらい認めて欲しいんだがな」
 最近よく聞くようになったバルトフェルドの愚痴に、キラは小首をかしげる。
「……仕事を終わらせてしまえば……誰も文句言わないと思うんですけど……」
 キラが小首をかしげつつこう口にした。
「それでは気晴らしにならないだろう?」
 それにバルトフェルドは胸を張ってこう言い返してきた。
「アンディ!」
 即座にアイシャの怒声が彼に飛ぶ。
「人が出かけているときに限ってそんなことをするなんて、かまって欲しい子供と同じじゃない! キラにまで迷惑をかけるなんて、それでも保護者なの?」
 反面教師にはなるかもしれないけどね、と彼女は付け加える。その言葉にバルトフェルドは思わず肩をすくめていた。
「……いいじゃないか。まじめ一方では、キラも息が詰まるだろうし」
 パーフェクトな保護者には最初からなるつもりはないのだ、と彼は開き直る。
「あら、どうして?」
 あなたは何でも完璧が好きだったでしょう、とアイシャが驚いたように彼を見つめた。
「パーフェクトなのはキラの本当のご両親だけでいい。違うかな?」
 この言葉に驚いたのはアイシャだけではなくキラも同じである。
「……バルトフェルドさん……」
 どういう意味ですか、とキラの瞳が訴えていた。
「本当に、君は言葉より視線の方が雄弁だね」
 それに気づいたバルトフェルドが笑いながら手を伸ばしてくる。
「キラのご両親がどうしてここに来ようと思ったか……僕には送られてきた書類に書かれてあることだけしかわからない。だけどね、あの方々が君を愛していたことだけは推測できる。そして、君もご両親を大切に思っていたこともね」
 だから、僕たちがその役目を取り返してしまうわけにはいかないだろう、と彼は付け加えた。
「そうね。男は遺伝子を提供するだけだけど、女は実際に自分の体の中で子供を育てるんだものね」
 その日々からはぐくまれてきた感情を自分に向けて欲しいというのは望みすぎよね、とアイシャも納得をしたように頷く。
「……でも……」
 キラがそんな二人に向かって言葉を口にしようとする。だが、それは直ぐに閉じられてしまった。
「キーラ。言いたいことはちゃんといいなさいね。飲み込んじゃダメよ」
 ね、と言いながら、アイシャはキラの頭をこつんと叩く。
「そうだな。君はいい子だけど……もう少しわがままを言ってくれてもいいと思うよ、僕も」
 あまりにいい子過ぎると、逆に心配になる、と彼は付け加える。
「でも、あまりに居心地がいいと……僕、忘れそうになってしまうから……」
 何を、と言わなくても二人には伝わったらしい。彼らは一瞬目を丸くすると、次の瞬間爆笑をした。
「……あの……」
 先ほどと同じセリフだが、今度はニュアンスが違う。それに気づいた二人はとりあえず笑いを納める。
「馬鹿ね……忘れると言っても、完全に忘れることなんてないでしょ?」
「生きているんだ。少しぐらいは記憶が薄れることはあるさ。そして、それは生きていく上で必要なことなんだよ。でないと、悲しみで死んでしまうかもしれないだろう?」
 そして、最初に忘れるのはその人の嫌な部分だ、とバルトフェルドは付け加える。
「最後に残るのは、純粋で幸せな想いだけなんだよ。それでいい、とは思わないかな?」
 ご両親にしても、いつまでもキラが悩むことを望んでいないと思うが……といいながら、バルトフェルドはキラの顔を覗き込んできた。
「そう、なのでしょうか」
 キラは視線を揺らしながら呟く。
「そうだよ。誰だって、子供には幸せになって欲しいと思っているものだ。それなのに、自分たちのせいでいつまでも君が悩んでいるのは不本意だと思うよ」
 それよりも、幸せな思い出だけを覚えていて欲しいと願っているものだ、とバルトフェルドはキラに言い聞かせる。
 だが、それがある意味詭弁だとバルトフェルドだけではなくアイシャにもわかっていただろう。あるいはキラにも伝わっていたかもしれない。それでも、キラの心を救えるなら亡くなったキラの両親も許してくれるだろうと。
「そして、僕たちも君に幸せになって欲しいと思う」
 君を家族だと思っているから……とバルトフェルドは微笑む。
「……家族、ですか?」
「そう、家族。血のつながりはなくても、他の絆で結ばれているからね、僕たちは」
 だから、僕たちは家族なんだ、とバルトフェルドは力説をした。
「だから、ちゃんと言いたいことは言うの。いいわね」
 アイシャもキラを抱きしめる力を強める。
「でも、ご両親を忘れなさい……とは言わないわ。と言うより、話せるようになってからでいいから教えてくれると嬉しいわね」
 そうすれば、記憶を共有できるし、キラもご両親を忘れないでいいでしょう? とも。
「……うん……」
 本当にいいのだろうかと思いながら、キラは頷いた。
「と言うことで、キラの問題は終わり。今度はあなたの方よね」
 にっこりと微笑みながらアイシャはバルトフェルドへと視線を向け直す。
「アイシャ?」
「明日から、イスに縛り付けておいた方がいいのかしら? それとも、入口に鍵? 好きな方を選ばせてあげるわよ」
 その迫力に、バルトフェルドの顔から血の気が失せていく。
「……これから監視が二人だものね。そう簡単に逃げられると思わない方がいいわよ」
 鮮やかなその笑みに、男性陣二人は口を挟むことができなかった。